今も昔も(書籍1巻発売記念SS)
本編5話(数年前)のフィリップ視点→すれ違いが解けたあとのヴィオラ視点のお話です。
「ねえ、ヴィオラは短髪と長髪の男性、どちらが好き?」
とある夜会にてヴィオラの姿を探していたところ、不意にそんな声が聞こえてきて、俺は思わず足を止めた。
視線の先には、彼女とその友人のプレストン男爵令嬢の姿がある。今日はヴィオラと共に参加する数少ない貴重な社交の場だというのに、俺はあちらこちらから呼ばれてしまい、彼女と一緒に過ごせずにいた。
淡いレモンカラーのドレスを着たヴィオラは、春の妖精かと思うくらいに可愛い。けれど口下手で意気地のない俺は、やはり気の利いた言葉のひとつも言えずにいた。
「どうしたの? 急に男性の髪型の話なんて」
「もう、察してよ」
首を傾げたヴィオラの耳元で、プレストン男爵令嬢は何かを囁く。すると、ヴィオラは呆れたような表情を浮かべた。
思い返せばヴィオラの異性の好みについて、俺は何ひとつ知らないのだ。正直、彼女の答えが気になって仕方ない。
長い付き合いではあるものの、ヴィオラが俺の見た目について何か言ったことも無かった。
「うーん……あ、短髪で」
やがてヴィオラがそう答えた瞬間、頭を思い切り殴られたような衝撃が走った。なんと彼女は短髪の男が好きらしい。
今の俺はと言うと腰まである長い紺色の髪を結んでおり、彼女の好みとは正反対だった。もっと早く知りたかったと頭を抱えていると、後ろからぽんと肩を叩かれた。
「フィリップ、どした? 死にそうな顔してるけど」
「……このナイフで、髪は切れるだろうか」
「ちょっと待って何の話?」
周りからは褒められるこの髪も、ヴィオラに好かれなければ何の意味もない。
今すぐにでも切り落とそうかと、近くのテーブルの上にあった軽食用のナイフに視線を落としたところ、レックスに全力で止められたのだった。
◇◇◇
フィルとの誤解が解け、数ヶ月が経った今日。馬車に揺られているわたし達は、夜会を終えて自宅へと向かっていた。
ふと窓の外を見上げれば、美しい月が輝いている。
「とても綺麗な月夜ですね」
「ああ。でも君の方が、その、綺麗だと思う」
「ふふ、ありがとうございます」
隣に座る彼の、月明かりを受けて輝く柔らかな紺髪があまりにも美しくて。思わず手を伸ばしてそっと触れれば、フィルは元々赤くなっていた頰を、更に赤く染めた。
「そう言えば、髪、伸びてきましたね」
「すまない。すぐに切る」
「えっ? いえ、別に切っていただかなくても……もう髪は伸ばさないんですか?」
「君は短髪が好きなんだろう?」
「……あ」
そんなフィルの言葉をきっかけに、記憶喪失のフリを始めた当初、そんな話をしたことを思い出していた。
『髪の毛、昔はとても長かったんですね。今も素敵ですけれど、どうして短くされたんですか?』
『君が、短い方が好きだと言っていたからだ』
『なるほど、わたしが……わたしが?』
『少しでもヴィオラに、良く思われたかった』
当時はまた適当な嘘を吐いていると思っていたけれど、彼の言葉は本当だったのだと、今なら分かる。
「ごめんなさい、わたしはフィルの長髪も好きですよ」
「本当に?」
「はい。今の短髪も似合っていて、素敵ですけれど」
そう答えると、フィルはどちらにしようかと本気で悩むような様子を見せた。
「ふふ、そんなに悩まなくても良いのに」
「少しでもヴィオラに好かれたいんだ。君が筋肉好きだと聞いてからは、トレーニングは欠かさずにいるんだが」
「筋肉……? それは本当に言った記憶がないんですが」
わたしは別に、筋肉に興味はない。もちろん、そんなことを言った記憶もない。なんだか嫌な予感がする。
「おかしいな。以前、レックスが言っていたんだが……」
「…………」
「まさか、嫌いだったのか……?」
どうせまた、レックスがふざけて言ったのをフィルが鵜呑みにしてしまったパターンだろうと、簡単に想像がついてしまった。いい加減にして欲しい。
「いえ、男性は逞しい方がいいです。それに、わたしのために努力してくれたんでしょう?」
「あ、ああ。君のためなら何でもする」
彼の首元に再び手を伸ばすと、少しだけ伸びた襟足が触れてくすぐったくなる。そのまま腕を回せば、今度はフィルの耳まで赤く染まっていく。
今も昔も、いつだってわたしに対して一生懸命なフィルが可愛くて、愛おしくて仕方がなかった。
「ありがとうございます、嬉しいです」
「……っ」
そんな彼が好きだという気持ちを込め、その頬に唇を押し当てる。動揺した彼が椅子からずり落ちるまで、あと3秒。




