誕生日2
「フィリップ様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう」
フィリップ様の誕生日当日。わたしは彼に贈られたドレスを着て、笑顔で彼の隣に立っていた。
……彼から頂いたドレスは、先日二人で行った人気店のオーダーメイドのもので、わたしにぴったりだった。かなり前から発注していたに違いない。一体、いつの間に。
深い青のドレスは本当に華やかで綺麗で、ドレスを着てみた直後は嬉しくて何度も鏡の前でくるくる回ってしまい、セルマに笑われてしまった。恥ずかしい。
わたしは次々と挨拶をしにくる招待客に、ひたすら笑顔を向けるだけ。フィリップ様が自分がフォローするから、わたしはほぼ喋らなくていいと言ってくれたのだ。誰よりも無口な彼がそう言ってくれたことに、ひどく胸を打たれた。それと同時に、どきどきと胸の鼓動が早くなっていく。
そもそも公爵家の嫡男ともなれば、招待客の数もかなりのもので、一人一人ゆっくり話すような時間はあまりないのだけれど。それでも、とてもありがたかった。
「フィリップ様、公爵様がお呼びです」
パーティーも中盤に差し掛かった頃、フィリップ様は公爵様に呼ばれて。彼は少し待つように告げると、会場内からレックスを探し出し「少しの間ヴィオラを頼む」と言った。
わたしが一人になって困らないよう、配慮してくれたのだろう。そんな優しさに、やっぱり胸が高鳴る。
「ん、任せて。それにしてもヴィオラを頼む、だなんて格好いいじゃん。婚約者を通り越して夫って感じ」
「フィル、ありがとうございます。ここで待っていますね」
そんなことを言い茶化すレックスの脇腹を肘でつつくと、わたしは笑顔でフィリップ様を送り出す。それでもしっかり彼の耳は赤くなっていて、わたしも内心照れてしまう。
「あ、そうだ。プレゼント渡せた?」
「……まだ渡せてない」
「はあ? 始まる前に時間あっただろ」
「やっぱり、恥ずかしくて」
わたしがそう言うと、レックスは盛大な溜め息をついてみせた。反省も後悔もしているから、許して欲しい。
「終わる頃にはバタバタして渡せないだろうし、途中で俺がうまいこと二人にしてやるから、そこで絶対に渡せよ」
「……ごめん、ありがとう。今度なんかお礼する」
「物なんていらないよ。これからもフィリップとの話をちゃんと俺に報告して、腹が痛くなるくらい笑わせてほしい」
彼は一体、わたし達のことをなんだと思っているんだろうか。それでもレックスにはかなり助けられているのも事実で、わたしは大人しく頷いた。
それからは時折、学園の同級生やレックスの知人なんかに声を掛けられたものの、レックスの完璧なフォローにより、わたしは何のボロも出ずに済んだ。そうして30分程経った頃、フィリップ様がこちらへ戻ってくるのが見えた。
けれど彼は数歩歩くたびにあちこちから声をかけられていて、全く歩みを進められていない。きっとわたしから近づいて行った方が早いと思い、彼に向かって歩き出す。
その途中で、フィリップ様は一人の令嬢に声をかけられていた。その顔には見覚えがある。彼女は確かわたし達の同級生で、彼と同じ特進クラスに在籍していたはず。
近づいて行くにつれ、二人の会話が聞こえてくる。
「フィリップ様? どうかされましたか?」
「……髪に、糸くずが」
「やだぁ、本当ですか? 誰かに見られては恥ずかしいので、このままフィリップ様が取って頂けません……?」
そんなもの、自分で軽くはらうか他の人にとって貰えばいいものを。名も知らない令嬢は頬を赤らめていて、彼に対して下心があるのがまるわかりだった。
けれどフィリップ様は、そんなことには全く気が付いていないらしい。その上、ただゴミを取ってやるくらいの感覚のようで、「わかった」などと言っている。
そして彼が、彼女の髪へと手を伸ばした時だった。
「っだめ、」
早足で駆け寄ったわたしは、両手でフィリップ様の腕をぎゅっと掴んでいて。気が付けばそんなことを口走っていた。
まるで時間が止まったかのように、フィリップ様も令嬢も固まってしまう。あれ、わたし、いま何を。
やがて令嬢ははっとしたような表情を浮かべ、気まずそうに「失礼します」と言うと、逃げるように去っていった。
「…………」
「…………」
我に返ったわたしは、慌ててフィリップ様の腕から手を離す。彼は未だに、何も言わず固まっているままで。
わたしも、なにひとつ言葉が出てこない。
「見ーちゃった」
すると永遠にも感じられる長く重い沈黙を破ったのは、ひどく楽しげな笑みを浮かべたレックスだった。
「ヴィオちゃん、焼きもち焼いちゃったんだ?」
レックスのそんな言葉に、フィリップ様の瞳が驚いたように見開かれる。けれど、驚いたのはわたしも同じで。
……焼きもち。つまり、嫉妬だ。わたしが、フィリップ様に対して、焼きもちを?
そんなはずはと思っても、先ほど彼が他の女性に触れようとした時に感じたのは、確かに「嫌だ」という感情だった。
それを自覚した途端、わたしはあまりの恥ずかしさに顔に熱が集まっていき、慌てて両手で顔を覆う。
「…………っ」
ああ、間違いなく、これは嫉妬だ。
「…………本当、に?」
すぐ近くから、フィリップ様のひどく動揺したような声が聞こえてくる。レックスの言葉をわたしが否定しないことで、彼も戸惑っているに違いない。
「ねえ、俺がこの場は何とかしておくからさ。二人で10分くらい抜け出して、話でもしてきたら?」
俺がなんとかするなんて言った彼は、ローレンソン家の人間でも何でもないのだけれど。レックスがそう言えば、本当に何とかなってしまうのだろう。
そしてきっとこれは、先程彼が言っていたプレゼントを渡すチャンスだ。正直、この状況で二人きりになったうえにプレゼントを渡すなんて難易度が高すぎるけれど、レックスの好意を無駄にする訳にはいかない。
フィリップ様も彼に対して「すまない、ありがとう」と言っていて、わたしの腕を引くと会場を後にしたのだった。
◇◇◇
腕を引かれ辿り着いたのは、パーティーが始まるまで休んでいた部屋で。二人で中へと入りドアを閉めた途端、フィリップ様は立ったままわたしに向き直った。
期待するような、縋るような彼の瞳の中に映る、ひどく女の子の顔をした自分と目が合う。
「……本当に、嫉妬、してくれたのか」
そんな彼の言葉に対し、わたしはあれだけ嘘をついてきたくせに、何故か「違う」という嘘だけはつけなくて。
躊躇いつつも小さく頷けば、フィリップ様は今にも泣き出しそうな顔をした後、わたしをきつくきつく抱きしめた。
「……嬉しすぎて、どうしたらいいかわからない」
「あ、あの」
「あんなことは二度としない。すまなかった」
「……っ」
「一生、君以外には触れないと誓う」
そんな言葉が、どうしようもなく嬉しいと思ってしまう。そしてフィリップ様は「好きだ」と呟くと、わたしを抱きしめる腕に力を込めた。
以前レックスが言っていた、触れたいとか触れられたいとか、キスしたいだとか。そういう感情はまだ、わたしにはわからないけれど。それでも。
……わたしはもう、自身の中で芽生え育っていく恋心から目を背けられなくなっていた。




