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まるで、世界が変わるような



 恥ずかしい話と答えると、フィリップ様は真剣な表情で「分かった」と頷く。


 そして少し躊躇う様子を見せた後、口を開いた。


「実は、先程の鳥のことなんだが」

「はい」

「あれはスズメではなく……インコなんだ」

「えっ」

 

 まさかそこの説明から入ると思っていなかったわたしの口からは、驚きの声が漏れてしまう。


 するとやはり知らなかったのか、みたいな顔をされ、とても悔しい気持ちになった。それくらい知っている。


「普段は部屋で飼っていて毎日のように話しかけていたから、その、ああいう風に喋ってしまったんだと思う」

「そ、そうなんですね」

「いつも君のことばかり話していたんだ」


 だからこそ、ヴィオちゃんはわたしのことばかり話していたのだと納得する。


 話を聞いているだけで、非常に恥ずかしいのだ。本人が今感じている恥ずかしさなど、想像もつかない。


「……引いた、だろう」


 そんなことを言い、戸惑いながらも顔を真っ赤にしている彼を見ていると「この人は本当に私を好きなんだ」という実感が、どんどん湧いてきてしまう。


 ──こんなにも綺麗な人が、わたしを好きなんて。


 ずっとフィリップ様は何もかもが完璧で、わたしなんかには釣り合わない、遠い人だと思っていた。


 けれど変な本を読んだり、インコに話しかけたり。知れば知るほど彼の人間らしい部分も見えてきて、いつのまにかそんな風には思えなくなっていた。


 18年も一緒にいたのに、彼のことを何も知らなかった。知ろうともしていなかったのかもしれない。

 

「あの、引いてはいませんよ」

「……本当に? 重たい男は嫌われると、子供の頃にレックスに言われたんだ。だから記憶を失う前の君にも、ヴィ……インコのことは隠していた」


 レックスも、妙なアドバイスだけするのはやめて欲しい。そして名前だけは、頑なに隠しているようだった。


 そもそも子供の頃に言われたということは、レックスはフィリップ様の気持ちを昔から知っていたのだろう。それでも彼はわたしに、自分で確かめろと言った。


 本当に、悔しいくらい彼は正しい。きっとこうして自身で気付かなければ、信じていなかっただろうから。


「そ、そんなにわたしのことが好きなんですか」

「ああ、好きだ」

「…………っ」

「寝ても覚めても、君のことばかり考えている」


 そんなことを、少しも躊躇わずに彼は言ってのけた。


 つい先日までは愛の言葉を囁かれたって、どうせ嘘だからと片付けられていたのに。今ではその一言一言が、まっすぐにわたしの中に入りこんで来てしまう。


 正直、訳がわからなかった。こないだまではあんなにも無口で、そんな素振りすら見せていなかったのに。


 けれど心臓は早鐘を打ち、体温が上がっていく。フィリップ様の視線に耐えられず、慌てて俯いた。

 

「……だから、君が他の男を好きだったとしても、俺は諦められそうにない」

「えっ?」

 

 そんな中、不意にフィリップ様は傷付いたような顔でそう呟いた。その言葉の意味がわからず、首を傾げる。


 そんなわたしに、彼は続けた。


「もう一つの話も、していいだろうか」

「はい」


 そちらは全く見当もつかなかったから、実はかなり気になっていた。心臓が潰れそうなくらいだ。余程辛い話に違いないとついつい身構え、次の言葉を待つ。


「……シリルを」

「はい」

「シリルを、好きになったのか」


 そして一拍置き、彼の口から飛び出したそんな突拍子もない質問に、思わず「え?」と聞き返してしまった。


 けれど冗談でもなんでもないらしく、フィリップ様はひどく真剣で、傷付いたような表情を浮かべている。


「あの、それはどういう……?」

「知人から、二人で会っていたと聞いた」

「ああ」


 先日、カフェでたまたま二人きりになってしまった10分ほどの間を、見られてしまっていたのだろう。


 それにしてもフィリップ様の知人も、本当に悪いタイミングで目撃してくれている。けれどそもそもは、そんな状況を作ってしまったわたしが悪いのだ。


「ごめんなさい、誤解です。少しの間シリル様と二人きりになってしまいましたが、ローラ様もいました」

「……だが、シリルが君のことを好きだと言っていて、その言葉に君もほっとした様子だったと」

「ええっ」


 その上、シリル様の言葉は中途半端に切り取られ、わたしの態度についてもとんでもない解釈をされていた。


 とにかく誤解だということを伝え、刺繍用の糸を買いに行ったこと、そこで偶然会ったことを全て説明する。


「わたしは、シリル様をお慕いしていません」


 そしてはっきりと目を見てそう言えば、フィリップ様はひどく安堵したような表情を浮かべ、やがて深い長い溜め息を吐いた。


「…………良かった」

「えっ?」

「君がシリルを好きになっていたらと思うと不安で、何も手につかなかった。まともに眠れさえしなかった」


 そんな言葉に、再びどきりと心臓が跳ねた。


 そう言われて初めて、彼の両目の下のクマの存在にも気が付く。思い返せばフィリップ様は今までも、シリル様のことをかなり気にしている様子だった。


『シリルと二人で居て、楽しかったか? 君は昔から、あいつといる時は楽しそうだった』


 あの言葉や態度も全て、そういった不安によるものだったのかもしれないと、今更ながらに思う。


 全て嘘かもしれないという認識がなくなり、彼が自分のことを好きだと確信した途端、まるで頭の中の霧が晴れていくかのように、すべての見方が変わっていく。


「本当に、君が好きなんだ」


 そう言ってフィリップ様は困ったように笑って、それと同時に苦しいくらいに胸が締め付けられた。

 

「フィル、誤解させるようなことをしてしまい、本当にすみません。今後は気を付けます」

「俺も他人の話を真に受けたのが悪い。すまない」


 そして彼は、片手で口元を押さえると「君のこととなると、何一つ自信が持てないんだ」と呟いた。


「…………」

「…………」


 それからはお互い、なんとなく気まずい沈黙が続く。けれど先程とは違い息苦しさのようなものは感じず、ソワソワとして落ち着かないようなものだった。


「刺繍、まだ続けているんだな」

「あ、はい。時間がある時に、少し練習していて」


 そう言われてふと、自身のバッグの中に入っている栞の存在を思い出す。最近はハンカチではなく、刺繍で飾り付けや縁取りをした栞を作っていたのだ。


 屋敷を出るまでは渡すかどうか、ずっと悩んでいたけれど。今は彼が喜んでくれるという確信があるせいか、渡してみようかなんて気持ちになってしまう。


 そして結局、わたしはバッグから栞を取り出すと、おずおずとテーブルの上に置いた。



いつも読んでくださり、ありがとうございます!感想のお返事が追いつかなくなってしまい、今後完結まではお返事をお休みさせて頂き、その時間を執筆にあてて頑張りたいと思います。


感想はいつも本当に!楽しく!何度も!読ませて頂いています……!何よりも励みになっています。

引き続き、お付き合いのほどよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
ヴィオちゃんはかすがい!? フィリップさまの素直な気持ちがヴィオラに伝わってよかったですね〜♡
[良い点] 場合によっては暗殺者とご対面になってたかもしれんなシリルは
[良い点] やっとフィリップの愛がビィオラに伝わった時は感動でした!よくやったビィオチャン!!あなたのお陰だ!!でも爆笑でお腹がよじれてしまうのはなぜなのか?真剣なはずなのに…(^з^)プッ
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