四の辺 独奏/Along with 後編
高校1年生の冬に同じクラスになった女子に告白されたことがあった。
どうして告白されたのか思い当たる節はないし、断る理由もないからと付き合うことを了承した。
これまでそういう経験もなく興味もあまりなかった僕は、普段通りに部活をこなし誘われた時だけ付き合っていた。
今なら当たり前のことと分かることではあるけれど、そんなことをしていれば相手が不安になるのは当然で、数か月も経った頃には自分のことを嫌いなのかと詰め寄られたことがあった。
嫌いというわけではないし好意がなければ一緒にはいない。
けれど、想ってもらえる程に気持ちを返せていない。
それは確かなことだった。
その時相手に言われた言葉で、自覚してなかった欠陥を初めて知ることになった。
自分に気持ちを見せてくれない。
君が何を考えているのか分からなくて不安になる。
それが不安の原因であり、それが僕の欠陥だった。
そうして不意に理解した。
僕は弱みを見せることに極端に憶病なのだと。
強くなければならないと、しっかりしなければいけないと、そういう思いが無意識のうちに誰かに頼るということを避けてきたということに。
ならばどうして僕は後輩の彼女だけを気にかけるのか。
家族と同じような気持ちを彼女に感じてしまうのか。
彼女の家の境遇が僕に似ていたことだけで、そこまでの気持ちになるのだろうか。
僕自身が理解できなかった。
彼女に直接関わることではないが、自分の進むべき道については、彼女の親から言われた言葉に影響を受けていることは確かだ。
小学校時代に彼女をかばっていた頃に、彼女の母親から感謝されたことがあった。
「この先もしも困ったらまた助けに来てくれる?」
その時言ったその言葉には深い意味はないのだろうが、僕が生きてく上での指針になったことは確かだ。
僕にも出来ることがある。
それは、早くに仕事をしたいと思ったその気持ちと相まって、僕のなりたいものはこの時決まったようなものだった。
自分の決めた道についてこれまで話をしたことがあるのは唯一母親だけだったが、高校生になってから同じクラスになった男子の一人に一度だけなりたいものについて話をしたことがあった。
話をした彼自身の人柄のせいもあったのだろう。
だが実際のきっかけは、高校で再会した彼女とその友人だった。
彼女はいつもまっすぐだった。
周りの環境のせいもある。
まっすぐなままでいなければ押しつぶされそうだったのだろう。
だからだろうか。
彼女も僕と同じように周りからは一歩引いて人と接しているようにみえた。
中学校の頃はそれでも周りとの差はそれほど目立っていなかったけれど、高校に入り人間関係が大きく変わることで、彼女は周りから浮いているように見えた。
心配ではあったけれど学年の違う僕に出来ることなどあまりなかった。
だが、そのうち、彼女の浮いた感じは気にならなくなってきた。彼女の周りの友人が彼女を支えていたからだ。
彼女は始め、「彼」と「彼女」のそうした態度に少し面喰っているように見えたが、やがてそうした三人の関係は、それが自然であるかのように周りに溶け込んでいきながら形成されていった。
誰かに頼る術を知らない僕にとって、その関係はとても新鮮な感じだった。
彼女はどこか僕に似ていて、誰かを頼ると言うことについてもおそらく今まで考えたことなどなかったと思うけれど、そんな彼女も信頼できると思えればあんな風に頼る誰かが出来るのだ。
だけどそんな友人はそうそう出来るわけじゃない。
彼女を見ていて気付いたことは人に信頼して欲しいならまずは自分を伝える努力が必要なのだということ、信頼おける相手かどうかは自分の肌で感じるしかない。
それについては僕にとってそれほど難しいことではなかった。
僕に欠けていたものは信じてもらうための努力。
相手が僕を信じてくれようと期待するのを待つのではなく、こいつならばと思った相手に自分を知ってもらう努力。
それが僕には足りないのだと彼女達を見ていて気付いた。
だから、自分のなりたいものについて話してみてもいいと思えるようになったのは、彼女たちの関係性を見たからだと思ってる。
大学を受験するか。
それは中学時代からの僕の大きな悩みだった。
早く手に職を付けたい。
その気持ちに変わりはない。
だけど僕のなりたいものにはそれではまだ手が届かない。
妹だって受験が控えかかるお金も安くはない。
大学にかかる費用だって、奨学金を使えたとしても負担はどうしてもなくせない。
そんな僕の背中を押したのが僕のなりたいものを知る、僕の数少ない友人だった。
「自分ひとりで背負いこむな。
家族と話して決めればいい。
方針さえ決まってしまえばこれから何をするべきかなんて
お前はすぐに決められるだろう」
思考がループしていた僕にはそんな当たり前のことにさえ気付かなくなっていた。
相談すれば母親は「大学に進め」と言うだろう。
それを負担と考えてやめてしまうのは僕の勝手だ。
けれどそれを母親が本当に望んでいるだろうか。
きっと母はそのためにやりたいことを諦めるなど望むことはないだろう。
もしかするとそのことでさらに後悔させてしまうかもしれない。だったら僕がやるべきことはそれほど難しいことじゃない。
負担をかけたくないのなら負担をかけないようにすればいい。気持ちの面でも生活の面でも。
そうして僕は受験を決めて新しくバイトを始めた。
それは僕がなりたいものに繋がるためのバイトだった。
ずっと続けた部活を引退する時に短いながら彼女と彼に話す機会があった。
彼女に対していくつかの言葉を伝えた。
気負い過ぎるな
時には振りかえれ
なりたいものをちゃんと探せ
それはまるで自分に言い聞かせる言葉のようでもあって、自分で言っていて可笑しくなった。
一方で彼女の友人に対してかける言葉は探してみたけど見つからなかった。
僕が彼女と話す間、彼は僕をじっと見てたが、僕が彼に目を移すと彼はただ頭を下げた。
僕の言葉は彼の言葉、そういうことだったのかもしれない。
だからずいぶん迷った後に、
「君なら大丈夫」
とだけ伝えた。
彼はもう一度僕を見つめると、再び深く頭を下げた。
そうした彼の態度を見て改めて彼女を見る。
これが正しい答えなのか、僕にもまだ分からない。
それでも彼女を気にかけたその理由の一端が、なんとなくわかった気がした。
彼女はきっと僕なのだ。
周りを囲む環境がほんの少し違うだけのもしかしたら自分だったかもしれないもう一人の僕なのだ。
最初はただ救いたかった。
僕自身を見ているようで。
けれどまっすぐ前を見てひた走るようになってからは、見守りたかったのだろう。
この先彼女がどこへ向かうか。
僕とは違う未来があるのか。
高校でも一緒になって嬉しい半面不安でもあった。
彼女が僕と似ているところは境遇だけに限らない。
他人を信頼できない点。
ただ先だけを見ている点。
心に余裕がない点も。
けれど、彼女は乗り越えるだろう。
彼女には彼がいる。
そしてここにはいないけど彼と一緒に彼女を支えてくれる子がいる。
それでも彼女は来るだろうか。
僕が進もうとする道を。
それが彼女の「選んだ」道なら僕は彼女を見守っていよう。
それが彼女の「進んだ」道なら、きっと諭してくれるだろう。彼女を支える二人の友人が。
だから僕はただ進もう。
いつかまた出会える日まで。
彼女の憧れが失望に変わらぬように、僕らしく。
スクエアはこれで完結となります。
それぞれのその後は敢えて描いていません。
もし機会があれば、
何らかの形で投稿したいと思います。
最後までお読みいただきありがとうございました。




