四の辺 独奏/Along 中編
何をするにしても、今は何が必要で、何が必要でないのか。
貯金も少なくわがままなど言えない、とそう考えていた僕は、自分なりに納得をつけながら物事を決める癖がついていてどうにも理屈っぽくなった。
早く手に職をつけよう。
自分の支出は出来るだけ減らそう。
そんな子供らしくないことを考え始めたのもおそらく同じ頃からだ。
母親は自分の気持ちを日記に書くようになったけれど、基本的に本心は隠したまま、悩みは一人で抱え込む方だったので、母親の言葉の裏をなるべく読みとれるようにいつも母の仕草や言動を気にかけるようにしていた。
お陰で人の言葉の裏にある想いをある程度は推測できるようになっていった。
そうして小学五年生になる頃には、自分を納得させる理由があればそれがどんな経緯であっても容認する、というのが僕のポリシーになっていた。
基本的には正論を通すが納得できれば悪戯も良し、理解できなきゃ許さない、そんな感じだ。
それがいいのか悪いのか。
面白ければそれでいいという同じ年代の男子達からは概ね僕の評判は悪く、主に繋がりを大切にする同じ年代の女子達からは男子と異なり評判が良かった。
可愛げのない子供なのに成人層の受けが一番良かったのは当時は意外だった。
今は、なんとなく分かる。
理屈が通じないというのは、とても疲れる。
僕の性格のメリットは、大人に対しては僕の行動の大半が説明せずともまかり通るようになった事。
僕の性格のデメリットは、同じ年頃の男子達と衝突することが多かった事。
自分のデメリットに気づいた僕はそれに伴うリスクも感じ、母親と相談をして身体を鍛えることを始めた。
そのまま伝えてしまっては母に心配をかけるため
「お母さんと妹を守る力が欲しいから」
と、なんとなくそれっぽいことを理由にしておくことにした。
小学校では部活がないため主に武道の稽古で鍛え、中学校では部活があるためただで身体が鍛えられるからと、武道をやめて部活に変えた。
中学校にもなる頃には僕はいつも周りから一歩引く場に立つようになった。
それは家庭環境や確立していた自分のスタンスというわけではなく、他人に対する好意や愛情が著しく欠落した感情が自然とそうさせたというだけだった。
より細かく言えば、人を気遣うことはしても誰かに頼ろうとする気持ちが全く芽生えてこなかったのだ。
人の信頼を得るためには自分も相手を信頼しなければならない。
だけど僕には誰かを信頼する、その方法が分からなかったのだ。
それを知るきっかけになったのは小さな頃から知っている幼馴染の女の子だった。
彼女が未だ幼い頃に父親が突如蒸発し、そのことで彼女の周囲は常に騒がしかった。
子供というのは敏感で、そういう周囲の奇異の目を自分なりの言葉に変えて相手にぶつけて遊んでしまう。
普通と違う反応を楽しいと感じるその気持ちは好奇心の延長線で仕方のないことなのだろうけど、僕にはそれが理解できずいつも彼らに苛立ちを抱え、彼らの行為を責めていた。
初めは理詰めで、その行為が如何に相手を傷つけるのかを伝えていたのだが、楽しければそれでいい彼らからすれば、なぜそれがいけないのか理解できなかったようだった。理解する気がない、と言い換えてもいい。
分かってもらえる相手もいたが、そうではない相手のほうが多く、理屈が通じない相手は面倒だと知ったのはこの頃だ。
僕自身、同じような環境だったからなおさら気になったのかもしれない。
幸いと言っていいのか、僕の方は比較的円満であったからか、そういう的になることはほとんどないと言ってよかった。
もしかするとその当時から既に僕自身に近寄りがたい雰囲気が出来ていたからかもしれない。
思い返せば、その頃から人の気持ちに興味を持って、どんな言い回しをすれば相手を動かせるのかについて、母親と話をしていた気がする。
僕が小学校を卒業する頃には、相手に繰り返し問い詰めていたせいか、さすがにそうした虐めはなくなっていった。
彼らも成長したからかもしれないし、そうした様子を見た周りの大人が、彼らに注意してくれるようなこともあったのかもしれない。
背景は分からないが、事実としてはそういう結果になった。
それでも彼女は、相変わらず僕と一緒にいようとしていた。
最初はいじめられることを恐れてのことかと思ったが、彼女の様子が明るくなってもいつも傍にいようとしたので、好意からくるものなのかとなんとなく思っていた。
中学校に入ってからも彼女はいつも近くにいた。
もともと気弱でひ弱な彼女が同じ部活になった時はちゃんとついてこれるのか心配になったものだけど、それは余計な心配だったと彼女の打ち込む姿から分かった。
自分と似た境遇の彼女だからか、彼女のことは何故か気になった。
部活帰りに声をかけたりそれ以外でも気にかけたのは、以前受けてたいじめのこともまだ心配だったからだし、彼女は何故か妹の姿に重なるからかもしれなかった。
時折同じクラスの男子に彼女との関係を聞かれることもあったが、それぐらいの気持ちだったので決まって「単なる後輩だ」と返すようにしていた。
彼らからしてみれば自分から話しかけることの少ない僕が彼女だけは気にかけるからそういう風に見えたのだろう。
実際僕もなぜ彼女だけ、と思うことはあったのだから。




