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第62話 マメタのお盆(中)


 宿毛さんちに精霊棚がつくられた。

 仏壇も位牌もないので、ごく簡易なものである。キャンプ用の折り畳み式の机に、おばあちゃんの写真を立て、その前にお供えや果物、マメタががんばって作った精霊馬を置く。香炉やろうそく立てを用意すると、なかなかそれらしい雰囲気だ。

 マメタはおばあちゃんに会えないのが納得いかないらしく、手伝いに来た的矢のまわりをクルクル回って困らせた。


「なんでなんで、なんでマメタはおばあちゃんに会えないの、なんでなんでなんで」

「宿毛先輩、まだマメタくんはあきらめてくれてないんですか……」

「的矢くんはゆうれいが見えるってゆってた! マメタもあいたい! あわせて的矢くん!」

「そう言われても、僕は霊媒(れいばい)としてはいまひとつだから……」

「マメタはこんなにいいこなのにー!」


 豆狸サークルに取り込まれた的矢樹は、力なくうなだれている。

 宿毛湊は黙ったまま的矢に向けて手を合わせている。ちょっとだけ眉頭が「ハ」の字になっていて、申し訳なさを表現していた。

 かろうじて迎え火をするころにはマメタの様子も少しは落ち着いた。

 やつかは盆の行事を行う家が多く、煙のにおいが漂って、どこか寂しい気分だ。


「おばあちゃん来てくれるかな。来たら的矢くん、おしえてくれる?」

「マメタ、それはおばあちゃんが決めることなんだ」


 見かねた宿毛湊がいさめると、今度は逆に元気がなくなってゆく。

 できれば的矢もマメタにつきっきりで、もしもおばあちゃんが現れたら仲立ちをしてやりたいところではあるのだが、お盆期間中は組合も繁忙期である。

 翌日は案の定、予定表に凄まじい量の仕事内容が書き込まれていて、事務所に顔をだす余裕もないくらいだった。

 このままでいくと様子を見に行けるのは夜になりそうだ。

 支部長も朝から町中を駆け回り、昼休憩で煙草が一本吸えるかどうかという忙しさであった。ようやくなんとか事務所にもどった支部長のもとに、景気の悪い顔をして的矢が声をかけた。


「支部長、折り入ってご相談が」

「なんだい」

「じつは笠利さんの法要が行われるお寺を探し出したんです。ですから、あの。見るのは自分がするので……自由度の高い支部長の魔法なら、なるべく霊体に負担をかけずに捕獲することもできると思うんです」

「そんじゃなにかい、俺とお前でお寺さんに乗り込んでってばあさんの魂を強奪するってわけか? とんでもねえ前代未聞の強盗犯だぞ、そりゃ……」

「うっ……」

「らしくないね、お前。普段はダメなもんはダメって性格じゃなかったかい。それに何より宿毛は、俺じゃなくお前に頼んでるんだ」

「それはそうなんですけど……」


 これまで、的矢樹はその飄々(ひょうひょう)とした性格のとおり、日ごろから取り立てて悩むこともなく仕事をこなしてきた。器用なタイプだと自分でも思っていた。だけど、相談者が尊敬する先輩となると話はがらりと変わってくる。

 何か役に立ちたい。少しでも。

 そう思うと、判断が狂うのだ。


「ま、お前は東京で俺の同期が育てた狩人だからって、これまで放任してたのも悪いがな」

「……」

「お前も宿毛も、どういうわけか人一倍の才能を持って生まれたヤツだ。だが、それでも何もできねえ、してやれねえってこともあるんだ。とくに人の生き死にのことはそうだ。今度のことで勉強させてもらいなさい」

「でも……」

「思うような成果がでなくても、誰もかけた梯子(はしご)を後から外すような真似はしねえから、とにかくお前の判断で最後までやるんだ。いいな」


 それ以上は言い訳も泣き言もさせないで、七尾支部長は重たい責任と激励だけ残して去って行った。





 すっかり日が落ちてから宿毛宅に向かうと、そこにはすでに諫早(いさはや)さくらと相模くんの姿があった。

 居間のテーブルにはちらし寿司やそうめんの準備があり、家全体に砂糖とあずきを煮た甘いにおいが漂っている。

 おはぎや笠利のレシピで作られたおはぎはとにかく大量にあった。お店で売るためのレシピなので当然なのだが、今回はマメタの要望により完全再現を目指したため、隣近所に配ってもなお冷蔵庫を圧迫するくらいのおはぎが完成したのだった。

 ちなみに相模くんはおはぎをおすそ分けするために呼ばれ、諫早さくらは呼んでもないのに来たらしい。


「ちらし寿司おいしそうね、マメタロウ~」

「マメタです~」


 さくらはマメタをひざに抱え、サーモンやアボガドを散らした寿司桶の中身をうっとりと覗き込んでいる。

 彼女の好物は何を隠そう、ちらし寿司なのだ。


「この近所では、ちらし寿司にしいたけを入れないと魔女が来ると言われて恐れられている……」


 宿毛湊は深刻そうな顔つきで言った。


「それもう魔女というよりそういう妖怪ですよ」

 

 的矢樹が呆れて言うと、むっとしたさくらが主張する。


「なによ、これでもちゃんと働いたのよ。ちらし寿司の気配を察して、お昼間、おうちに来たら、マメタがしくしくしてるじゃない? 気をきかして空の散歩に連れてってあげたのよ、わたし」


 そういって、縁側に立てかけられた昔ながらの竹ぼうきを指で示した。


「ほんとに飛べたんだ……」と相模くんが呟いた。


 ほんとに魔女だったんだ、というのとだいたい同じ意味あいであった。


「あなた、見える人なんでしょ。プロなんでしょ。口寄せしてあげればいいじゃない。できないの?」


 何事にも無頓着なさくらの発言が、ただでさえ参っている的矢の精神にきつめのボディブローを決めていく。


「可能か不可能かでいえば………できます」


 そう言った瞬間、マメタが再びちゃぶ台の周囲をクルクル回転しはじめた。


「マメタ、やめなさい! マメタ!」

「なんでなんでなんで! なんでなんでなんでー!?」


 その回転はすさまじく、虎ならバターになってしまっていただろう高速に達していた。小さくとも流石に怪異だ。あやしい風が吹き(とどろ)き、おはぎやビールや取り皿、お供えの果物を次々に吹き飛ばしていった。

 あわてて大人たちはそれぞれ寿司や飲み物を手に退避する。


「なんでなんで! ひどいひどいひどいひどい! マメタをだましたなーっ!!」

「マメタ、いいかげんにしなさい!」


 宿毛湊が怒鳴るが、かなしい気持ちにとらわれたマメタには届かない。

 仕方なく、米国式魔術メソッドの構えを取ったその顔面に、青のり味のおはぎと黒ゴマ味のおはぎがクリーンヒットした。


「うぐっ!」

「宿毛さん大丈夫ですか!?」

「相模さんは下がって!」


 視界がアンコでつぶれて前が見えない。

 さくらちゃんは寿司桶だけ抱えて、ホウキに乗り空中離脱していた。

 無駄なところで魔女なのだ。


「よくもよくもよくもー! マメタをだましたなーっ!」


 乗るのは禁止のちゃぶだいの真んなかに陣取ったマメタは、毛を逆立ててふくらんでいる。

 ぷくぷくの風船みたいにふくらんで、たちまち見上げるほどの大きさになった。

 ぶきみな風はなりやまず、このままだと家中がアンコだらけになるだけじゃなく、変身したマメタがもっともっともーっと大暴れすることになるだろう。

 そのとき。


 ばちーん!!


 軽快な音が鳴り響いた。

 マメタの怒りでふくらんだお尻を、すくい上げるように錫杖が思いっきり叩いた。

 お尻をぶたれたマメタは目を丸くしたまま、ゴムボールみたいに吹っ飛んだ。

 そして壁にぶつかり、天井をはねて、尻から急速に空気が抜けて元の大きさに戻り、相模くんがキャッチした。


「マメタくん、俺は別に騙したわけじゃないんだ……」


 的矢樹は悲しげな顔で、錫杖をくるりと回す。

 居間の畳を二回叩くと、シャンシャンと涼やかな音が立つ。

 その音に命令されたかのように暴れていた風はやみ、飛び交っていたおはぎたちが逆再生した映像みたいに皿の上に戻り、グラスや食器が行儀よく並んだ。


「話をきいてくれるかな」

「ききます」


 マメタは大人しかった。

 たぶん、悪さをこらしめられた昔話のタヌキはこんなかんじだろうと思われた。

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