第49話 コンビニくじ
相模くんはここのところ、コンビニくじに夢中だ。
コンビニくじというと六百円前後のくじを購入して引くと、アニメやゲーム、人気アイドルのコラボ商品がランダムに当たるアレである。
事務所に一番近いコンビニが先週からはじめたくじは、相模くんが小学生の頃から親しんできた人気ゲームのキャラクターをテーマにしたもので、ピンク色の真ん丸としたキャラクターがとても可愛らしいものだった。
くじの目玉となる特賞はこのキャラクターがプリントされた大きなクッションだ。
それを見た瞬間、相模くんは心臓を撃ちぬかれたような衝撃を受けた。
一目惚れと言ってよかった。
その日から、昼ごはんの買い出しの度にくじを購入する日々がはじまった。
ただ、そこはそれ、くじはくじである。
目的のクッションは一向に当たらず、末賞に近いステーショナリーがひとつ、またひとつと増えていった。
「相模さんて……意外と可愛いものが好きなんですね」
同僚の賀田さんが控えめに指摘するに至った頃、相模くんのデスク回りはピンクの丸いキャラクターであふれ返っていた。
マスキングテープやノートやメモ帳、ボールペン、柄違いのスタンプなどなど、ありとあらゆるステーショナリーがピンクの真ん丸キャラで統一されている。
いや、もはや侵食といってよかった。
「そういうわけじゃないんですけど、特賞のクッションがなかなか当たらなくて……気がついたらこんなことになっちゃいました」
「コンビニくじって、一回引くだけでけっこうしますよね。お金の無駄じゃないですか?」
「うっ……それはそうなんですけど」
賀田さんの冷静な論理が、相模くんを鋭く貫く。
日頃はどちらかといえば賀田さん寄りの思考をしているだけに、相模くんはショックが隠しきれないようだ。
「それって、近くのコンビニのくじですよね」
そんな二人の様子をうかがっていたのは、狩人の的矢樹である。
「相模さん、僕がお目当ての特賞を当ててきたら、うれしいですか?」
的矢は真面目にそう訊ねた。不思議な問いかけだった。
「え? でも、これ、くじですよ?」
どんなに欲しいと思っても、ねらって当てようと思って当てられるものではない。
なのに、的矢はなぜか自信ありげだ。
「大丈夫! 支部長、僕、午後から現場なんで、ちょっと早く昼休憩もらっていいですか?」
七尾支部長は背中をマッサージ機でコロコロしながら「ん」と二つ返事である。
それから三十分もしないで、的矢は帰ってきた。
宣言通りその手にはピンクの真ん丸クッションが抱えられていた。
「えっ、本当に当てたんですか!?」
「はい」
「もしかして、たくさん引いたんじゃないですか? あのコンビニ、お客さんも少なめだから、まだ商品もけっこう残ってますし……」
「いーえ、一回で当たりましたよ」
「そんな馬鹿な」
相模くんが何枚もくじを購入して一度も当てられなかったものを、一度で当てるなんて、理屈ではとても信じられない現象だ。
「僕の得意技だと思ってください。相模さんにはホリシンさんの件で命を助けてもらったわけですから、これはほんのお礼です」
「的矢さん……」
「でも、この商品は何か相模さんが持ってるものと《《交換》》にしましょう」
的矢樹にも恩返しという概念があったのだという驚きと、なんか怪しいぞ、という疑問が同時に湧く。
「交換? お礼なのに?」
「ん~、《《そういう決まり》》なので……」
「決まり?」
「えっと、じゃあ、おやつをくれたら交換ということで」
「決まりってなんですか?」
「えへへ、秘密です」
相模くんは不思議に思いながらも、おやつに取っていたチョコレートとクッションを交換する。
交換とはいっても、おやつの小袋とクッションなら、その価値はくらべるべくもないだろう。
手段はどうあれ、目的のものを手に入れた相模くんがその喜びに浸ろうとしたそのとき、七尾支部長が将棋雑誌から顔を上げた。
「的矢、それ、調子に乗ってあんまり使いすぎるんじゃないぞ」
「はーい」
的矢樹は軽く答えたが、七尾支部長のはいかにも釘をさした、といった様子の発言であった。
それって、何だろう。
どれを、いったいどうして使い過ぎてはいけないのか、相模くんにはわからない。
そこには支部長と的矢樹の間だけに通じる符丁があるようだった。
「待ってください、的矢さん。どうやってくじを当てたんですか?」
「相模さんは気にしなくて大丈夫ですよ」
的矢はいたずらっぽく片目をつぶって昼食に出かけて行った。
支部長もそれ以上は何も口にしない。
「……捨てたほうがよくないですか?」
「え、えぇ~…………」
こっそり賀田さんに訊ねられたが、しかしどうしても諦められない相模くんである。
相模くんはクッションを強く胸に抱きしめたのだった。




