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第27話 ターボババアVS爆走フードデリバリー (上)



「ターボババアが出た」



 真夜中の峠道で宿毛湊(すくもみなと)は言った。


「アンタ、それで通せば全部通ると思ってるでしょ。無理だからね! 深夜にこんなところまで連れて来られて、こっちは埋められるんじゃないかって本気で(あせ)ったわよ!」


 アパート海風から無理やり連れて来られた引きこもり魔女こと諫早(いさはや)さくらは、涙目になって訴える。

 ちなみに今日のさくらは頭がボサボサで分厚い眼鏡をかけ、高校時代のジャージを着て量販店で購入したゆったりサイズのワイドパンツを()いたバージョンのさくらである。


「もちろん説明する。ターボババアというのは、主に高速道路やトンネルに出没する現代妖怪だ。車で走行していると突然老婆が現れ、人間にはあり得ないスピードで並走してドライバーの注意を引く。事故につながることもある危険な怪異だ」

「ちょうどあたしの世代だから知ってんのよ、そこのところは……」


 さくらはものすごく悲しそうに言った。

 ちなみに、ターボババアは派生の多い怪異である。

 マッハババア、ロケットババアとも呼ばれ、高齢女性ではなく少女のパターンなんかもある。


「これがやつかトンネルで出現したという情報が入った。幸いにも警察がパトロール中に発見し、大きな事故には至らなかった。近いうちに組合が退治を行う予定でいる」

「予定……ってことは、今日集まってるこれは何なの?」


 トンネル近くの退避スペースには、さくらや湊のほかにも呼び出された人の姿があった。

 ひとりはお好み焼き屋の店員、リーさん。

 そして組合所属の狩人がもうひとり。的矢樹(まとやいつき)である。

 二人の狩人は、今日は揃って珍しく私服姿だ。的矢樹は有名スポーツブランドのウィンドブレーカーに、錫杖を携えていた。奇妙なアンバランスさだ。

 そして最後に、もうひとりいる。


「宿毛さんを呼び出したのは――俺だ」


 暗がりから愛(自転)車と共に現れたのは、やつか町最速と噂される男、はぁちゃんであった。


「頼む。みんな。俺にターボババアと一騎打ちをさせてくれ!」


 はぁちゃんは頭を下げた。

 

「……ということだ」と湊は言った。


「いや、それで納得はしないからね!?」とさくらは怒鳴り散らして地団駄(じだんだ)を踏んだ。





 そもそもの事のはじまりは、はぁちゃんが峠を越えて配達の品を届けていたときに起きた。

 峠を越えなければいけないような配達というのも何らかの怪異じみているが、現実に起きてしまったのだから仕方がない。それに多少むちゃくちゃな案件であっても、はあちゃんには『やれる』という確信があったのだろう。

 しかし、はぁちゃんがトンネルに入ったとき、それは起きた。

 それまですれ違う車も無かったというのに何者かがヒタヒタと背後をついて来る気配があった。しかも、あり得ないことに、それはエンジンの駆動音を立てるでもなく、あくまでも足音なのだ。

 誰かが背後を疾駆(しっく)している。

 それも人間にはあり得ないスピードで。

 焦燥にかられるはぁちゃんの横を、ひとりの老婆(ろうば)が追い抜いていった。

 はぁちゃんは驚き、運転を誤って転倒してしまった。

 老婆は尻もちをついているはぁちゃんを一瞬だけ振り返ると、ニヤリと笑って走り去っていった。それはまるで勝ち誇るかのような表情だったという。

 その後、はぁちゃんは速度違反の車両を捕まえるために張り込んでいたパトカーに助けられた。

 もちろんそんな気持ちの悪い経緯があれば、普通なら、もう二度とやつかトンネルに近づこうとはしないだろう。

 しかし相手はあのはぁちゃんである。


「どうしても、俺はターボババアに勝ちたいんだ!」


 ということになった。


「――っていうか、あのオッサン、前回星になってなかったか? どやって帰ってきた?」


 リーさんが奇妙なものを見る目つきではぁちゃんを眺めている。

 前回、というのは、はぁちゃんが迷惑系配信者と対決したときのことだろう。


「あの時のことは正直、覚えてません!」


 はぁちゃんは(さわ)やかに言って、親指を立ててみせた。

 スポーツマンらしい白い歯がキラリと光り、それに呼応するようにスキンヘッドも光った。

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