第25話 諫早さくらと明るい家
魔女は怪異と人間の間を行ったり来たりしているような、フワフワした存在だ。
狩人と違って免許とかは特にない。
勉強しても魔女になれない人もいるし、生まれてこの方ずっと魔女だというタイプもあるし、先月からとつぜん魔女になりました、というパターンもある。魔法使いもしかり。
とにかくフワフワしているのである。
豆狸と狸の関係みたいなものだろうか。
さて、諫早さくらは先日、往来で暴力行為に及んだことを咎められて矯正施設送りになった。
もちろん厳密には暴力ではなかったわけだが、公衆の面前で釘バットを振り回したことには違いなく、言い逃れができなかったのだ。
魔法使いと魔女専門の矯正施設はその名を『明るい家』という。
無機質なコンクリート造りの建物の玄関に掲げられた木札に墨の字で『明るい家』と書かれている。
素行不良な魔法使いや魔女は皆ここに収容される。
明るい家は彼らを拘束しておくこと以上に、社会に出ても問題なく生活できるよう矯正することに力を入れている施設だ。
明るい家に収容されたさくらには個室が与えられた。
ベッドと机とシャワーがあるだけの部屋で、食事は食堂で摂る。
ほかに座学の授業を受ける講義室や図書室、運動場などがある。
収容者にはそれぞれ個別のスケジュールが与えられる。
さくらの場合は一日に三本の映像を見て、その感想文を書き、就寝というものだ。
それが七日間続き、最後に施設長の面談があって合格すれば解放となる。
その間、黙っていても食事は出てくるし部屋の掃除もしなくていいのである。
娯楽がないのは不満点ではあるが、さくらにとっては快適で安全な場所だ。
彼女は一生懸命に施設が用意したVTRを見続けた。
内容は『不用意に使ってしまった呪文が重大な犯罪行為になってしまった魔法使いの再現ドキュメンタリードラマ』だとか『魔法犯罪に巻き込まれて死んでしまった被害者家族へのインタビュー映画』などの、ありがちだけれどそこそこショッキングなものが続く。
さくらは居眠りもせず真面目に映像を見続けた。
そして図書室にこもって完璧な感想文を書き上げた。
食事は残さず食べ、朝七時の起床時間と夜十時の就寝時間も完璧に守り通した。
何よりも収容期間中、彼女は一度もジャージを着なかった。
身支度を完璧にした状態で背筋を伸ばして暮らしていたのである。
最終日、諫早さくらはすべてのスケジュールを終えて施設長との面談に向かった。
明るい家の施設長は四十代くらいの小柄な女性で、名前を小松島晴海という。ショートヘアでセルロイドのふちの眼鏡をかけたにこやかな人だ。
魔女かどうかはわからない。
「今回も有意義な時間を過ごさせていただきました。多くの学びがありましたわ」
さくらはそう言って、出された紅茶に優雅なしぐさで手をつけた。
施設長は唇の左端を皮肉げに持ち上げた。
「さくらさん、あなたがここに来て平然として帰っていくのは何回目かしらね」
「五回目か、六回目くらいじゃなかったかしら」
「十五回目です。もうほとんどあなたの別荘みたいになっているのですよ。まさか光熱費とか食費を浮かせるために通ってるんじゃないわよね、あなた」
「まあ、そんな不届き者がいるんですか? そういう方にこそ、小松島施設長のもとで健全な社会生活を送るにふさわしい倫理感を育んでいきたいものですわね」
さくらは実に白々しいことを言った。
二人は三十秒くらい睨み合っていた。
折れたのは施設長であった。
彼女は長い溜息を吐いた。
「あのね。どんなに頑固な魔女でも三日あれば根を上げて、もう二度と明るい家には来たくないと思うものなんですよ、さくらさん」
「あら、どうしてです?」
「誰だって無理やりに内面を変えられるのはいやなものです」
「でもわたし、普段から清く正しく生きてますもの」
公道で釘バットを振るい、怪異を滅多打ちにした女が何か言っている。
結局、小松島施設長が音を上げる形で、さくらは『明るい家』を出た。
ロビーの外に出迎えが待っていた。
半分枯れかけた植え込みの影から、ちゃいろい毛玉が現れて、その場でグルグル回り、ちょこんと座った。
背中にがま口の財布を背負った豆狸のマメタであった。
「あら、宿毛湊が飼ってるペットじゃない」
「ペットじゃありません! マメタです。スクモさんがお仕事ちゅうなのでかわりにお迎えにまいりました! バス代もあずかってきましたのでごあんないします! ささっ、どうぞこちらへ、レディ」
まあるいお尻を向けて、バス停に案内しようとするマメタをさくらは指で摘まみ上げる。
マメタはおどろいて「ひゃあ~っ」と声を上げた。
「ねえマメタ、あんたは悪さして収容施設に入れられたことないの?」
「マメタはいいこだから、遊びに行ったことしかないです」
「ふーん……。じゃ、あたしは毛玉以下ってわけか。そっちのほうがちょっとへこむわね」
さくらはちょっと憂鬱そうに言った。
マメタは不思議そうに首をかしげた。
「ねえ、寄り道して帰ろうか。パフェおごったげる」
「ええっ、いいんですか?」
マメタはうれしそうにぱたぱた手足を動かした。
こうして諫早さくらの明るい家生活は平和に終わりを告げた。
もちろん、ふつうの魔女や魔法使いにとっての『明るい家』生活はこうはいかない。
たしかに施設に入ると衣食住の心配はない。
しかし施設内部はその名の通り、春の日の早朝のように鮮烈な明るい光に二十四時間満たされている。そして夜間でも、館内のどこにいても、就寝中でも消灯することがない。おまけに常に一定の爽やかな音楽が流されていて、それも途切れることがない。もちろん、どちらにも催眠効果があるという噂だ。
神経の細やかなタイプなら、三日で音を上げるというのもうなずける。
重大な人権侵害ではないかという意見もあるが、さくらみたいに何ら反省することなく宿泊所がわりにする奴もいるとなると、なかなか悩ましいところである。




