・ 狩人たちの言うことにゃ
ドッペルゲンガーの退治完了の報告がもたらされてからというもの、一仕事終えた狩人たちが続々と事務所に帰還してきた。
漂っていた張り詰めた緊張感はあっという間にほどけ、顔見知り同士談笑したり、煙草を吸ったりと和やかな雰囲気だ。
相模くんはくつろいでいる狩人たちの間を『お疲れ様会』という名の飲み会への参加希望者を募りながら駆け回っていた。
そのとき、的矢樹は猟銃二丁を担ぎ、パンパンにアンパンが詰め込まれたでかいビニール袋を提げて事務所に戻って来た。
彼はやつか支部の若手狩人三人組の一角であり、モデル雑誌から抜け出てきたような高身長のイケメンだった。それも、その顔面の輝きで二年連続で組合の勧誘ポスターのモデルにも選ばれているほど実績のあるイケメンなのだ。
「みなさん! 本日のVIPが帰還しましたよ!」
彼は満面の笑みであった。
まるで褒められることを疑ってもいない黒柴みたいな笑顔だ。
「的矢さんおかえりなさい」
相模くんは慌てて応対に出た。
ドッペルゲンガーを退治してくれたのは、宿毛湊とパートナーを組んでいた彼なのだ。
しかし的矢樹が戻ったのは他の誰よりも後だった。
しかも宿毛よりは多少ましとはいえ、彼のつなぎも、どう見ても今後の使用ができなくなるくらいには血に染まっていた。かなりの激闘だったに違いない。
「遅かったですけど、大丈夫でしたか?」
「ええ、車にはいつもビニールシート積んでるから全然大丈夫でしたよ」
彼はそう言ってニコニコしている。
はじめ何のことかわからなかったが、ビニールシートと車という単語から、もしかして汚れのことかと推理する。
「健康は問題ない前提なんですね……」
「あぁ、そっちを心配してくれてたんですかぁ? かすり傷ひとつ負ってないですよ。あとこれは商店街の方からもらった差し入れです」
「はぁ……」
的矢樹と話しているとき、相模くんはときどき宇宙人と話している気分になった。
東京からの出向だからなのか何なのか、どこかしらワンテンポずれているのだ。
雰囲気も独特で、他のやつか支部所属の狩人とはちょっと違う気がする。
アンパンの詰まった袋を受け取っていると、背後から七尾支部長が大声を出した。
「おい的矢、お前が一番遅いってのはどういうこった!」
「商店街に寄ってたんですよ。おばちゃんたちが怖いって言ってたから」
「愛想ふりまくのもいいが、猟銃持って町をウロつくな。荷物預けて先に事務所に帰らせた宿毛のが早かったら本末転倒だろうが」
「えー、折角がんばったのに怒られちゃった……。でもそれは俺が悪いです、すみませんでした!」
的矢樹は思いのほか深く頭を下げた。
意外と体育会系というか、サラリーマン的というか、きれいな角度の礼だ。
「こっち来て宿毛と一緒に報告しろ」
「はーい」
宇宙人要素はあるが、素直な性格ではある。
そんな的矢樹の不思議な世界観から解放された相模くんの肩を、両側から別々のおじさんの手が掴んだ。
右肩を、太くたくましい雄勝さんの手が、左肩を太くて柔らかな久美浜さんの手が。
どうあっても逃がさない、兼業狩人二人組鉄壁の構えである。
「見てたよ相模くん」と久美浜さんが言った。
「見てたぞ相模くん」と雄勝さんが言う。
相模くんは恐怖におののいた。
「なっ、なんですか、お二人共。見られちゃまずいことは何もありませんよ」
「いいんだいいんだ、わかってるから」と雄勝さんが顎のヒゲを撫でながら言った。
「何をわかってるんですか……?」
「さっき的矢くんと話してたでしょ。彼、他の狩人となんか違うなーって思ってなかった?」
久美浜さんの優しげな瞳がきらりと光る。するどい。
心中をずばりと当てられて、相模くんは戸惑いを隠せない。
「大丈夫だよぉ。それは僕らも同じだから。彼、うわさによると有名なお寺さんの息子さんでね。しかも調伏部隊出身なんだ」
「調伏部隊……ってなんですか」
相模君がたずねると、雄勝さんが訳知り顔で、反対の耳にささやいてくる。
「あだ名だよ。東京本部にある特殊部隊でさ、まあ、言っちゃえば、今回みたいに危険な怪異専門なの」
「ほら、僕たちの仕事って、怪異を倒すことってあまりないでしょ? それはまあ七尾支部長の方針だからってのもあるんだけど」
「他の地区の奴らは、封印とか退治とかもまあまああるみたいよ。で、それを専門に請け負うのが奴らなわけよ」
「なんか、漫画やアニメの話みたいですね」
「そうなのよ。ま、でも、でかい事故を出してから方針転換したみたいだけどな。だから的矢がうちで研修してるんだ」
「これからはむしろ、やつか支部のやり方が全体のロールモデルになるのかもしれないよね」
「あの、でかい事故って……?」
「それはまあ、置いとくとして」
思わせぶりにやってきておいて、なぜか、話の核心が曖昧だ。
「そういえば宿毛くんも、彼はやつかの子だけど、調伏部隊出身なんだよ。高校のときスカウトされてあっちで仕事を覚えたんだって」
「そそ。で、七尾支部長が連れ戻したんだよな?」
「な、なんですか、そのやたらと含みのある物言いは……! はっ、もしかして!」
相模くんは気がついた。
「お二人とも、知らないんですね……話の肝心なところは……」
相模君が無数のおじさんたちと触れ合い、とうとう自宅で小さいタイプのおじさんまで飼い出して達した真理にして心理――それは『おじさんたちもけっこう噂好き』というものだ。
ドラマや小説の世界では噂話に興じるのはおばさんばかりということになっているが、実際のところ、おじさんたちも適当でしょうもない噂話に興じて「へー」とか言うのが好きだ。
「しかも余計なことを吹き込んで、宿毛さんのプライベートを詮索させようとしてるでしょう……! 聞きたいことがあるなら自分で聞いてくださいよ。断固としてその手には乗りません。若者世代はプライバシーと信頼関係を大事にするんです!」
「くっ……意外とガードが堅いなあ、相模くんは」
「優柔不断のように見えて倫理感はかなりしっかりしててやりにくいですな」
「僕のことをそんなふうに扱う不埒者は、あっちへ行ってください。その前に経費として精算する領収書だけ提出してから散ってください。しっしっ!」
「まあまあそう言わず……」
「だあって僕らが聞いても教えてくれないんだもの」
おじさん二人に絡まれてる相模くんを見て、的矢樹は呟いた。
「ふふっ。相模さんもだいぶ事務所に馴染んできましたね」
ほとんど同時に宿毛湊と七尾支部長がツッコミを入れた。
「それはお前のセリフではないな」
「おじさん代表としては的矢くんに馴染む努力をしてもらいたいんだよ。わかってる?」
「はい、頑張ります!」
全然わかってない的矢樹であった。




