第8話 豆狸のマメタ
冬の路上に風呂敷を背負ったちいさな毛玉が落ちている。
大きさは片手にすっぽり収まるほどだ。
宿毛湊は雪がかすかに積もった毛玉を拾い上げた。
茶色い毛玉と見えたものには、短いながら手足が生えていた。顔の周りには黒い模様があり、頭には丸い耳、尻にはふっさりとした尻尾も生えている。
ずいぶん長い間そうしていたのか、全身が凍えてカチコチだ。
狩人はつなぎのポケットに豆狸を入れると、ホッカイロで暖めてやりながら帰路を急いだ。
*
毎度お馴染み、狩人の宿毛湊は豆狸を拾った。
名前はマメタ。
たぶん妖怪だ。厳密には狸ではないが、山に連れて行ったら狸になるかもしれない。そんなフワフワした存在だった。
マメタは、かつてやつかアーケード内にあった『おはぎや笠利』の飼い豆狸で、店主のおばあさんが元気だった頃は常連のお客さんの家におはぎを届ける仕事をして暮らしていた。
仕事といっても実にのんびりしたもので、マメタは毎朝、できたての美味しいおはぎを二つ風呂敷に包んでもらい、それを背負ってお客さんの家に行く。それからお客さんといっしょにマメタのぶんのおはぎを食べて帰ってくる。それだけである。
そんなのどかな暮らしを何年も続けていたある日、おばあさんが病気で入院することになった。
心臓がもうずいぶん悪くなっていたようで、おばあさんが店に戻ってくることはなかった。
さらに悪いことに、おばあさんの家族は店を売ってしまったので、マメタは家族と家を同時に失い、寒々しい冬の街に放り出されてしまった。
野良猫に追いかけ回され、とうとう力尽きたマメタの元に現れたのが狩人の宿毛というわけである。
湯たんぽで温められたぬくぬくのお布団にくるまり、差し出されたホットミルクをペロペロして、顔じゅうミルクだらけになったマメタは三つ指ついて頭を下げた。
「ぼくをここに置いてください。ほかに行くところがないんです」
狩人は仏頂面でしばらく考えた。
小さいとはいえ、立派な怪異だ。
だが、真ん丸おめめをウルウルさせられると、むげにもできない。
「……仕事は自分で探すんだぞ」
マメタは宿毛といっしょに暮らすことになった。
翌日、まるで宿毛湊がマメタを保護したのを見計らったかのように、怪異退治組合に封筒が届いた。
差出人は笠利綾子。
封筒の中には、『おはぎ屋に住み着いた豆狸の新しい飼い主を見つけてあげてください』と頼む旨を書いた手紙と、マメタが大好きなおはぎのレシピが書き込まれたノート、それからお金まで入っていた。
笠利さんはずいぶんマメタをかわいがっていたようだ。
この封筒を手渡しながら、七尾支部長は唇をとがらせ、わざとらしく渋い顔つきをしてみせた。
「これが相模君とかならまだしも、現役狩人が怪異に情をうつすなんてのは、あまりほめられんなあ。狸は狐ほど狡猾さはないが、ポテンシャルだけは同じくらいあるんだからよ」
「悪さをしたら、容赦しませんよ」
「そういう奴ほどほだされるんだよ。何度も言うが、あいつら、なんだかんだ現代まで生き残ってるんだからな。いいか、注意はしたからな」
そう言って、お気に入りの扇子でパタパタ扇ぐ。
今日の句は『これやこの行くも帰るも別れては知るも知らぬもあふ坂の関』である。
このときの支部長の言葉を、宿毛湊は帰宅後早々に思い出すことになる。
仕事帰りにスーパーマーケットに立ち寄り、小豆やもち米などを買い込んでから月額三万の借家に戻った狩人は、にわかには信じられないものを目にした。
「宿毛さん、ぼくらもおうちに置いてください!」
マメタが……いや、豆狸が増えていた。
ちいさいの、太ってるの、毛が長いの、寝てるの、さまざまな豆狸がざっと五十匹くらい布団の上に乗ってタヌキ団子になっている。
出ていけ。
しかし、その一言がどうしても出て来ない。
冬の間、狩人は豆狸に埋もれながら過ごすことになった。
光熱費は安く済んだが、組合の入り口には、ポカポカの春になってもまだ『豆狸の飼い主募集。レンタル可』の貼り紙が掲示されたままになっている。




