ダンテ×リオン
後日。花魔術院は長期休校になり、シルヴィアが残した爪痕の処理に追われた。傷ついた生徒や教師たちは、その間ゆっくり身体を休めた。
シルヴィアの消息は不明だが、奇跡の少女と賞賛されていた彼女は、一転魔女と呼ばれるようになり、賞金首をかけられて、指名手配されることになった。
ダンテは家に戻り、リオンは一人の生活に戻っていた。
そして進級をかけた、補修の日がやってきた。
★
心臓が、どくどく鳴っている。落ち着いて、ちゃんとできるはずなんだから……
リオンは、教室にて、実技試験に臨んでいた。前には、試験官の講師三人が並んで座っている。その中には、ルーベンスもいた。彼はリオンと目が合うと、微笑んで見せる。この人は、手加減なんかしないだろう──。
与えられた課題は、教師が放った攻撃を、防げるかどうかだった。ルーベンスと対峙したリオンは、息を吸いこむ。そうして、足元にたんぽぽを出現させた。ルーベンスは黄薔薇の蔓をぶん、と振る。
リオンは、ルーベンスが放った攻撃を、受けるのではなく、綿毛でふわりと包みこんだ。薔薇は力をなくし、垂れ下がる。それを見たルーベンスの瞳が細くなった。
教師たちが審議に入ったのを、廊下でドキドキしながら待つ。どうしよう、落ちていたら……。
ガラリとドアが開き、ルーベンスが出てきた。リオンは慌てて姿勢を正す。
「落ちた」
ルーベンスの言葉に、息を飲む。
「っ」
「冗談。合格だよ」
「どっちですか!」
彼はくすくす笑いながら、おめでとう、と言う。リオンはその言葉に、目を輝かせた。
「レストランの個室で、二人っきりでお祝いしようか?」
ルーベンスはそう囁いて、リオンの髪に指を絡める。切れ長の黒い瞳に、悪い意味で心臓が鳴る。
「い、いえ、遠慮します……
リオンが警戒しながら後ずさると、
「冗談だよ」
ルーベンスがまたそう言って、くすくす笑った。本当に、どこまでが冗談なのだろうか……。わからない人だ。
「でも、花魔術院は卒業試験もあるからね。もし卒業資格がとれなかったら、俺のお嫁さんにしてあげる」
「結構です!」
「冗談だよ。すぐ反応して面白いなあ」
笑うルーベンスは、リオンで遊んでいるとしか思えない。
「冗談ばっかり言ってると、いざという時本気にされないと思います」
リオンがそう言ったら、ルーベンスがキョトンとした。
(あ)
「その顔、ダンテにそっくり」
そう言って笑ったら、ルーベンスが目を細めた。
「僕を煽ってる? 本気で口説いてほしいのかな?」
「じ、冗談です」
二人は兄弟なのだし、似てるのは当たり前な気がするのだが。大体、そんなことをして困るのはルーベンスなのではないか。一応教師なのだから。
ところでダンテは元気ですか、と尋ねたら、知らない、と返ってきた。やはり相変わらず、ダンテとルーベンスは仲が悪いらしい……。
リオンは、ダンテがどうしているか気になっていた。授業が再開するまで、あと一週間はかかるというし。
「会いに行ったら?」
「え」
「ひねくれているから、あいつからは会いに来ないと思うよ」
じゃあ、俺は会議があるから。ルーベンスはそう言って歩いて行く。そうか、合格したよ、って、報告をすればいいんだ。
「あれ? でも、ロズウェルのうちって……」
★
リオンは、ダンテの大叔父、ミルテの家に来ていた。呼び鈴を押すと、家政婦が出てくる。
「あら、あなたは、ダンテ坊ちゃんの」
「リオン・オランジュです。ミルテさんに会いに来たんですが……」
「お一人で? ダンテ坊ちゃんは?」
家政婦は興味津々でリオンを見つめる。
「あの、ダンテの家、知らなくて……」
リオンが顔を赤らめたら、家政婦はまあまあそうですか、と言い、中に入るよう促した。家政婦は飲み物を淹れてくる、と言って去り、リオンはひとりでミルテの部屋へ向かう。
ミルテは、スケッチブックを持って、何かを描いていた。こんにちは、と声をかけると、こちらに紅い瞳が向く。
「ああ、たんぽぽの……」
「リオンです。ご無沙汰してます」
リオンが頭を下げたら、彼はスケッチブックを閉じて、椅子に座るよう勧めた。
「お元気そうですね」
「ああ、不思議なんだが……ある夢を見てね」
「夢、ですか?」
家政婦が、お茶を運んできた。一口飲んだリオンは、あ、と声をあげる。
「これ……たんぽぽのお茶」
「よくおわかりですね」
「お茶、好きなんです。あ、すいません……夢って、どんな?」
リオンはミルテに、話の続きを促した。
「傷だらけで砂漠に倒れていたら、ふわふわしたものが降ってきたんだ。それで、目覚めたら、身体が楽になっていた」
「ふわふわ……」
ミルテはカップを揺らした。
「あれは綿毛だったんじゃないかな、と私は思ってる」
彼は微笑んで、ありがとう、君のおかげだ、と言った。
「いえ、私はなにも」
「アルフレッドから聞いた。ダンテを救ったんだろう? きっと、君には特別な力があるんだ」
「特別なんかじゃないです」
何もないから、必死になれたのだ。
「ダンテを、助けたくて。ダンテは特別だから」
「そうかな? ダンテだって普通の少年だ。少々ひねくれてはいるけどね」
ミルテは描いていたスケッチを丸め、リボンで結んだ。
「ダンテに頼まれたものだ。渡しておいてくれるかい?」
「はい」
なんだろう? ダンテが欲しがる絵って──すごく気になる。
(だけど、勝手に見たらダメだよね)
ミルテはダンテの家の地図を渡して、リオンを、玄関先まで送ってくれた。差し出された手を、リオンは握る。
「絵本の発売、楽しみにしてます」
「ありがとう、ダンテによろしく。かわいいダンデライオン」
ミルテはそう言って微笑んだ。
★
ミルテに別れを告げたリオンは、ダンテの家へ向かった。ぽかんとしながら、目の前にある豪邸を見上げる。
「これが、ロズウェルの家……」
まるで小さな宮殿のようだ。こんな家に住んでいたら、リオンの家を倉庫と言い放つ気持ちもわかる。リオンが呼び鈴を押すと、アルフレッドが玄関に出てきた。
「おおリオン、よく来たな!」
明るい声に出迎えられたリオンは、ダンテはいますか、と尋ねた。
「ああ、ちょっと待て。ダンテー! リオンが来てるぞー!」
ダンテが来る気配はない。
「早く来ないとお兄ちゃんがちゅーしちゃうぞー!」
「!?」
リオンはギョッとした。アルフレッドはしばらく耳を澄ました後、あっさりと、
「いないみたいだな!」
(今のはなんだったんだ……)
「じ、じゃあ、戻ったらこの絵を……」
「はっ! しまった、花籠のラジオ中継が始まる! じゃあな、リオン!」
アルフレッドはリオンに二の句をつがせず、屋敷へ引っ込んだ。彼も、相変わらず元気なようだ。
「絵、渡し損ねちゃった……」
★
帰宅するまで、リオンは渡された絵を見ないようにするのを必死に我慢した。気になるけど、勝手にみたらいけないだろう。
にしても、ダンテはどこへ行ったのだろう? もしかしてデートとか……?
もやもやしながら自室の前に立ち、鍵を差し込んだ。が、手ごたえがない。リオンは鍵を抜き、ノブを回してみた。
(あれ? 開いてる。鍵をかけずに出たっけ……?)
「遅い」
(ん?)
リオンは、ぎぎ、と首を動かした。自分以外の人間が部屋にいたことに気づき、ギョッとする。
「!」
ダンテがソファに寝転がっていた。ゆるく腹の上で手を組んで、肘置きに足をかけている。完全に自宅モードだ。──彼の家ではないが。
「え、な、んで?」
彼は鍵を振り、
「ポストに合鍵入れるのはやめたほうがいい。泥棒ホイホイだぞ」
「泥棒っていうか、ダンテが不法進入!」
「おまえの家は俺の家。このソファは俺のものだ」
どこかの暴君みたいなことを言い出した。
「もう……相変わらず勝手だよ」
リオンはため息をついて、
「あっ、そうだ、私、進級試験合格したよ」
「ふーん」
ふーんって。もう少し関心を持ってくれてもいいのに。おめでとうくらい言ってもバチは当たるまい。ダンテはちら、とリオンの手元を見た。
「それは?」
「あ、アルフレッドさんがくれたの。綺麗だよね、白い薔薇」
そう言ったら、ダンテの眉が寄った。リオンは花瓶を用意して、水を溜めた。鼻歌を歌いながら白薔薇を飾っていたら、ふわっ、と甘い匂いがした。振り向くと、至近距離にダンテの顔があったのでびくりとする。
「な、に」
「黄色と白と紅い薔薇、どれがいい」
「え……全部、綺麗だとおも「紅だろ」
「強制!?」
「紅って言え」
「ちょっ」
リオンはじりじりと、ダンテから後ずさる。追い詰められて、ソファのへりに足が引っかかり、身体が倒れた。ダンテが背もたれに手をかけて、顔を近づけてくる。長いまつ毛が頰に影を落として、まるで芸術品みたいだ。
「おまえは、俺のことが一番好きだろ?」
その問いに、リオンはかあっと赤くなった。
「そ……れは」
「また一緒に住みたいだろ」
リオンは小さく頷いて、は? と問い返した。
「住みたいだろ?」
ダンテの唇が、リオンの耳たぶに接近する。吐息が触れて、リオンは小さく悲鳴をあげた。真っ赤になって言う。
「す、住みたいです!」
ダンテは満足そうに身を引いて、優雅な仕草でソファに座った。
「一か月ここで寝てたからな。むしろベッドは寝心地が悪い」
「もう……」
どこの国の王子様なのだ。
「あ、そうだ。ミルテさんから絵を預かったよ」
絵を差し出したら、彼はああ、と言って受け取る。
「そういえばそれ、なんの絵?」
ダンテはリボンをしゅるりとほどき、絵を広げて眺めた。ふ、と口元を緩める。
「実物よりいい」
「え?」
覗こうとしたら、さっ、と隠された。
「なんで隠すの? 見せてよ」
「いやだ」
伸ばした手を掴まれる。ぱさりと絵が落ちた。
紅い瞳がこちらを見つめる。
「俺のこと、すき?」
リオンはどくどく心臓を鳴らしながら、ダンテを見つめ返した。きれいな瞳。リオンをまっすぐ見てくれる、この目が好きだ。ダンテはリオンの頰を撫でた。
「すき、ダンテのことが、だいすきです」
彼が瞳を緩めて、顔を近づけてくる。触れ合った唇に、じん、と頭の奥が痺れた。甘くて、熱い感覚。リオンはダンテにしがみついて、キスを受け入れる。
足元に転がった絵には、笑顔のリオンが描かれていた。
ダンテ×リオンの花魔術/end
ご愛読ありがとうございました。




