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紅薔薇×黄薔薇

 ☆



「ねえ、リオン。リオンは当然紅薔薇派よね?」

「え?」

 いきなりそう問いかけられて、リオンは箒で掃く手を止めた。現在、花魔術院の裏庭を掃除しているところだった。


「ごめん、なんの話?」

「なにって、三薔薇会のことよ」

 三薔薇会? 不思議に思って聞き返すと、え、知らないの? と問い返された。

 ルーベンス・ロズウェルが赴任してくると、校内の女生徒たちはすぐさま彼のファンクラブを作った。かくして花魔術院(フラウィザードアカデミー)には、三薔薇の会ができたのである──。


「ルーベンス先生の魔術花は黄薔薇らしいわよ。ダンテは紅でしょ、アルフレッドさまが白」

「あ、ああ……」

 それで三薔薇。それぞれの派閥は、薔薇の色に準じて、ハンカチやアクセサリー、何かしら身につけているらしい。

「今日、紅薔薇派の会合をやるらしいわよ。行く?」

 リオンは想像してみた。紅薔薇派の子たちに取り囲まれ、詰問される様を……。


「いえ、遠慮する……」

「そう? 私はいこーっと」

 その言葉に、リオンは瞳を見開く。

「え、マリル、ダンテのこと……」

「好きよ。ダンテを嫌いな子なんていないわ。紅薔薇の王子様だもの。他の派閥より熱狂的だし」


 リオンは、そんな人と同居して、キスまでしてしまったのだ。なんだか気まずい。

「が、頑張って、ね」


 リオンはそそくさとその場をあとにした。ダンテはきっと第三理科室だろう。そちらへ向かおうとしたら、声をかけられた。

「リオン・オランジュさん」


 顔をあげたら、さらりと黒髪が揺れた。薔薇の匂い。眼鏡の向こうの切れ長の瞳。ルーベンス・ロズウェルが、階段の手すりに肘をかけ、こちらを見下ろしていた。この人はすごく──ダンテに似ている。兄弟なのだから当たり前かもしれないが。彼は微笑んで、

「いま、忙しいかな?」

「いえ……」


 見惚れていたのに気づいて、リオンは顔を赤らめる。ダンテはあんな風に微笑んだりしない。だからこそドキッとしたのだ。

「ちょっと頼みがあるんだ」

「なんでしょう」

「実験に付き合って欲しいんだけど」


 ダンテ、待ってるかな。でも、断るのも忍びない。すぐ終わらせればいいのだ。リオンはルーベンスに続き、階段を上がっていく。彼と一緒に、第一理科室に入った。彼はリオンに座るよう促し、

「アルフレッドに聞いたよ。ダンテは君のところにいるらしいね」

「う、はい」

「責めてるわけじゃないよ。呪いを緩和するためなんだろう? 弟が迷惑をかけているみたいだね」


 ルーベンスは器具を用意しながら言う。

「そ、んなことはない……です」

 リオンが言い淀むと、ルーベンスが笑った。

「正直だね。ダンテはひねくれてるから、君とは合わないんじゃないかな?」

「ひねくれてるけど、ダンテは優しいです」

「どんなふうに優しくされたの?」

「え? っ」


 ルーベンスが背後に立って、リオンの身体を囲うように手をついた。耳元に、ダンテによく似た声が降る。

「弟はね、昔から女の子に言い寄られても全くなびかなかった。君は違うみたいだ」

「る、ルーベンス、先生?」

「さらさらの白い髪。綿毛みたいだね。ダンテもこうやって、君の髪にキスしたのかな?」


 大きな手がさらりと髪をかきあげる。ちゅ、と柔らかい音が響いて、リオンはびくりとした。


「な、や、やめてください」

「大丈夫だよ。俺はダンテより優しい」

 ルーベンスの顔が、徐々に近づいてくる。


(いやっ)


 リオンはとっさに、手のひらをかざした。たんぽぽの花が足元に咲いて、ぶわっ、と綿毛が舞う。ルーベンスがおかしそうに笑った。

「ふわふわ。これじゃ攻撃されても痛くないね」

「っ」


 リオンは、カッとなってルーベンスを押しのけた。そのまま第一理科室を出て、第三理科室へ向かう。扉を開けたら、ダンテが振り向いた。

「なんだ、どうした……」

 リオンはダンテに駆け寄って、ぎゅっ、としがみつく。ダンテが息を飲んで、珍しく困惑している声を出した。

「リオン?」


 背後でかつり、と靴音が響く。ルーベンスだ。リオンは身体を強張らせ、よりいっそう強くダンテにしがみついた。

「リオンに何をした?」

 ダンテが声を尖らせたら、ルーベンスがくすくす笑う。

「冗談で口説いただけ。転勤早々、生徒に手を出したりしない」


 じゃあ、さようなら。早く帰るんだよ。その言葉の後に、去っていく靴音が聞こえる。リオンはホッ、と息を吐く。

「早々じゃなきゃ出すのか」

 ダンテはそうつぶやいて、

「何があった」


 リオンは目を泳がせ、

「か、髪にキス、された」

「……隙だらけだからそうなる」

「だって、実験だって言うから」

「なんでおまえに頼む。不自然だろ」

「私が悪いっていうの!?」


 怖かったのに。ダンテ以外にあんなことされて、嫌だったのに。ダンテは、リオンの頭を引き寄せて、ちゅ、と口付けた。なだめるように、リオンの背中を撫でる。


「ごめん。俺のせいだ」

「なんで……そんなこと」

「ルーベンスは、俺を憎んでるから」

 ダンテは暗い声で言った。

「俺が幸せになるのが、許せないんだ。俺は、母親を殺したから」


 そんなこと──ダンテのせいじゃないのに。

「ひどい。おにいさん、なのに」

「兄だからだよ。憎まれて当然なんだ」

「そんなこと、ない……」

 リオンは喉を震わせた。憎まれて当然なんて、ありえないのに。


「ダンテは、すごい、大人気なんだから」

「は?」

「女の子はみんな、ダンテのこと、すきなんだって。私だって、ダンテのこと、す、すきだから!」

 そう言い切って、リオンは真っ赤になった。


「……何言ってんだ、綿毛のくせに」

「綿毛じゃな……」

 反論しようとしたリオンは、ダンテの顔を見て目を瞬いた。

(あれ? 顔が赤い)


 ダンテは咳払いし、

「片づけるから、待ってろ」

 実験器具を片づけ始めた。ダンテでも、照れたりするんだ……。リオンは少しだけ赤くなったダンテの耳を、微笑ましく思った。



 ☆



 帰り道、ダンテがこう提案した。

「大叔父さんとこに寄ってくか」

 リオンはぱっ、と顔を明るくする。

「ほんと?」

「ああ。こないだ借りた本返したいし」


 ダンテとリオンは、トラムに乗って、ミルテの家がある最寄駅に向かった。トラムから降りて、夕暮れの下に建つミルテの家の前に立つ。ダンテが呼び鈴を押すと、こないだの家政婦が出てきた。彼女はダンテの顔を目にして、バツが悪そうに目を伏せた。


 ダンテはその反応に眉をしかめ、

「なにか──あったのか?」

「ミルテさまは……病状が悪化していまして」

 家政婦が口を濁す。ダンテはハッとした。


「まさか、植物化してるのか」

「はい……あ、ダンテさま!」

 ダンテは家政婦を押しのけ、屋敷の中に入った。足早に廊下を通り、奥の部屋へ向かうダンテを、リオンは慌てて追いかける。


 ミルテの部屋の入り口に、立ち尽くすダンテの背中が見えた。薔薇の蔓が足もとに伸びてきている。


 ダンテの肩越しに、薔薇の蔓に覆われたミルテが見えた。ベッドに寝かされて、微動だにしない。リオンは息を飲んで、目の前の光景を見つめた。ダンテはミルテに近づいていき、その顔を覗き込む。


 ミルテの身体は、蔓に覆われてほとんど見えない。顔だけはまだかろうじて見えているが、瞳は固く閉ざされ、まるで人形のようだった。


「リオン」

 ダンテに手招かれ、リオンはそちらに向かう。変わり果てたミルテの姿を見下ろして、呆然とつぶやいた。

「これは……なに?」


 部屋を覆う薔薇の蔓。死んだように横たわる、ダンテの大叔父。ダンテはミルテの顔を見下ろし、淡々と言った。


「植物化だ。呪いが末期まで進行するとこうなる。こうなったら……薔薇の棘が心臓を食い破るまで何もできることはない」

「そんな……」

「俺の末路だ」


 ダンテの言葉に、リオンは肩を跳ねさせた。そんな。ダンテもいずれこうなってしまうというのか。そんなこと──あってはならない。リオンは唇をきゅ、と噛み、ミルテに向かって手のひらをかざした。ダンテが声を尖らせる。

「無駄だ、こうなったら、もうどうしようもない」

「そんなこと、ない」


 リオンの足元にたんぽぽの花が咲き、ふわりと綿毛が舞った。その綿毛が、ミルテの身体を包んでいく。それはまるで、粉雪のようだった。しかし、蔓は動かない。リオンには、何もできない──。


 帰ろう、とダンテがつぶやいた。


 家政婦は、痛ましそうな顔で、ダンテとリオンを見送った。玄関を出たダンテは、リオンに背を向け、ぽつりとつぶやいた。

「大叔父は、俺以外の、唯一生き残ってる呪印の持ち主だった。生涯独身で、妻も子供も持とうとはしなかった」

「……どうして?」

「呪印の血を絶やすためだ。俺も、そうすべきだ、って考えてる」


 呪印の持ち主は一人で生きていくべきだ。あんな姿を、誰かに見せるべきじゃない。ダンテは淡々とそう続けた。

 リオンはなんと言っていいかわからず、ダンテの背中を見つめた。


 黙り込んだ2人が門から出たら、表に黒塗りの車が止まっているのが見えた。ドアが開き、一人の青年が出てくる。その人物を見て、ダンテが立ち止まった。緋色の瞳が、大きく見開かれる。


「……ルーベンス」

 その声に反応し、車から降りた青年が、こちらに視線を向けた。ダンテによく似た姿。違うのは、瞳が黒で、眼鏡をかけていること。彼は口元を緩め、

「おや、ダンテ。何をしてる?」

「そっちこそ」


 なにしてる、とダンテが続ける前に、車からすらりとした足が覗いた。かつりと靴を鳴らして、地面に少女が降り立つ。


 さらりと背中に流れた黒髪、真っ白な肌──リオンはその美しい少女を見て、あっ、と声をあげた。黒曜石のような瞳をこちらに向けた。


「あら、こんにちは。また会ったわね」

 ダンテは怪訝な目でリオンを見た。

「知り合いなのか?」

「う、ん。絵本をくれたの……」

 青年は眼鏡を押し上げ、

「彼女はシルヴィア・カークランド。おまえの婚約者だよ」

「!」


 リオンは息を飲んで、ダンテと少女を見比べた。ダンテは、少女をじっと見つめている。少女もこちらを見返して、柔らかく微笑む。ダンテはすでに興味を失ったかのように、平坦な声で尋ねる。


「で、その婚約者様がなんで大叔父の家にいる」

 ルーベンスはくすくす笑い、

「決まってるだろう? 大叔父さんの呪いを解くためだよ」

「なんだって?」

「そうだな──ちょうどいい。ダンテ、おまえも来なさい」


 促されたダンテは、兄について歩き始める。ダンテについて行こうとしたリオンに、ルーベンスが言う。

「これはロズウェルの問題だ。申し訳ないんだけど、部外者は立ち合わないでもらいたいな」

 柔らかいが、有無を言わせぬ口調だった。リオンは身体を強張らせる。

 ダンテが口を挟んだ。


「あいつは俺の呪いを緩和したんだ。部外者じゃない」

「でも、薔薇以外の花だろう?」


 兄の言葉に、ダンテは眉をしかめた。兄弟の間に流れた、ひどく冷たい空気を読み取ったリオンが、慌てて言う。

「いいの、ダンテ。私待ってる」

 リオンだって、何が行われるのか気になった。だがこんなところで睨み合っていても、なんにもならない。


「すぐ戻る」

 ダンテはそう言って、もう一度屋敷へと向かった。

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