花籠×長男
「許せ。まさかそういう最中だとは思わなかった」
ダンテからの攻撃を受けたアルフレッドが、さして悪そうでもなく言う。リオンはアルフレッドの手当てをしながら、
「そ、そういうって、べつに私たちは何も」
「ははは、いいんだ。若いって素晴らしい!」
「何しにきた」
ダンテはシャツを羽織りながら、不機嫌に問いかける。アルフレッドはうむ、と頷き、
「今度の休みなんだが、分校と花籠の練習試合があるんだ。助っ人をしてくれないか?」
「助っ人?」
「ああ。ひとり負傷者が出てしまってな。お兄ちゃんはキャプテンだから、かわりを探さねばならないんだ」
「お兄ちゃんっていうな。なんで俺が」
「スポーツはいいぞ! リオンといちゃこらするのが楽しいのはわかるが、たまには健全な遊びもしなくてはな」
「玉入れなんか興味ない」
「私、ダンテが花籠してるとこ、見たいな」
リオンがそう言ったら、ダンテがぴく、と肩を揺らした。
「……」
「ほらほら、リオンもこう言ってるぞ! 見せてやろう、熱いプレイを!」
「断る」
アルフレッドは唇を尖らせ、
「仕方ないなあ、他の選手を探すか……リオンは来てくれるだろう?」
「は、はい」
ついでに夕飯をご馳走になろうかな! と言うアルフレッドの背中を、ダンテはぐいぐい押す。アルフレッドが追い出されると、バタン、と扉が閉まった。リオンはソファに座り込んだダンテを、チラリと見る。
「いいじゃない、出てあげたら」
ダンテがぴく、と肩を揺らす。
「……いやにアルフレッドの肩を持つな」
「え? そんなことないよ」
「ふん」
彼は不機嫌にそっぽを向いた。
翌日曜日。リオンはお弁当を持って、アパートのドアに手をかけた。
「ダンテ、行ってくるね!」
声をかけたが、ソファで寝ているダンテは、うんともすんとも言わない。リオンは肩をすくめ、アパートを出た。
青空に、ふわりと花が舞う。色とりどりの花に乗った生徒たちが、球を奪い合っていた。リオンは、グラウンドが見渡せる石段に座り、試合の様子を見ていた。
「うわあ……アルフレッドさん、うまい」
あまり花魔球に詳しくないリオンでもわかる。アルフレッドの球さばきは、他の生徒たちと段違いだ。白いバラが舞う様子は、おとぎ話に出てくる白馬のようだった。彼がゴールを決めるたびに、女の子たちがきゃーきゃー黄色い声をあげる。きらきら輝く金髪と、明るい笑顔。まさに王子様だ。
(人気あるのもわかるなあ……)
少々変わっているが、明るいし、いい人だし。ダンテは意地悪だし、どっちかっていうと暗いし……リオンがアルフレッドを目で追っていたら、ふっ、と影が落ちた。ダンテが不機嫌な顔でこちらを見下ろしている。
「あ、ダンテ……うわっ」
彼はこちらに上着を投げつけ、さっさとグラウンドに向かった。
「もー……なに?」
受け取った上着から、ふわりと薔薇の匂いが漂った。
(あ、ダンテの匂いだ……)
思わず抱きしめてしまう。なんだか変態くさい気がして、リオンは慌てて上着を畳んだ。
★
「おお、ダンテ! よく来たな!」
ダンテは抱きついてこようとするアルフレッドを避けて、
「勝ってるのか?」
「ううむ、五分五分ってところかな?」
「しょぼいな。相手は分校だろ」
「こちらはベストメンバーじゃないからなあ」
ダンテは手のひらをかざし、足元に薔薇を出現させた。その大きさに、周りがざわつく。
「でか……」
「あれがロズウェルの紅薔薇か」
外野の声を無視し、薔薇に飛び乗る。
たしか、十点先取で勝ちだったはずだ。点数ボードは分校が八、こちらが八。まさに五分五分の勝利だ。ダンテは、上着を持って座っているリオンをちらりと見た。
「腹が減ってるんだ。五分で終わらせる」
「頼もしいな」
兄がにやりと笑った。
スコアボードに、八対十という数字が書かれている。
「ははは、さすが俺の弟、神ってたな!」
アルフレッドが抱きついてこようとしたので、さっ、と避ける。
「すごい、二人とも、かっこよかった!」
リオンが頰を上気させ、駆け寄ってきた。ダンテは目を細めて、彼女の持っている弁当箱に視線を向ける。
「弁当、なに?」
「あ、サンドイッチだよ」
会話するダンテとリオンに、アルフレッドが割り込んで来る。
「兄もご相伴に預ろう」
「来るな」
わいわい騒ぎながら、観戦席に向かう。ふと、手を叩く音が聞こえたので、顔をあげる。眼鏡の青年が、こちらを見下ろしていた。アルフレッドも気づいたのか、立ち止まる。
「……ルーベンス」
そこにいたのは、ルーベンス・ロズウェル──ダンテの兄だった。彼は手を叩きながら、観戦席の合間にある階段をおりてくる。ダンテの前まで来ると、拍手をやめて後ろ手を組み、
「さすがロズウェルの紅薔薇。見事だった」
微笑む。しかし、眼鏡の奥の瞳は笑ってはいない。
「ルーベンス! 俺もいるぞ! 褒めろ!」
ルーベンスはアルフレッドを無視し、
「実は、明日からここに赴任することになってね」
ダンテはぴく、と眉を動かした。
「赴任?」
「教師として。分校からの転勤だ」
ルーベンスはそう言って、リオンに目をやった。
「初めまして。ルーベンス・ロズウェルです。ダンテの兄です」
「あ、はい、初めまして。リオン・オランジュです」
「綺麗な髪だ」
ルーベンスが、リオンの髪に手を伸ばす。ダンテはそれをはたき落した。
「!」
「触るな」
ルーベンスはリオンとダンテを見比べ、含みのある笑みを浮かべた。
「なるほど」
彼は踵を返し、階段を登り始めた。リオンは慌てて声をかける。
「あの!」
振り向いたルーベンスに、バスケットを見せる。
「サンドイッチ、いかがですか」
ルーベンスは、ちらりとダンテを見て、
「弟が睨むからやめておくよ。ダンテは昔から、自分の取り分を奪われるのが嫌いなんだ。誰よりも恵まれているくせにね──」
再び階段を登り始めた。アルフレッドは腕組みをし、
「なぜ一回も俺と目を合わせないんだ?」
などと呟いている。
ダンテはルーベンスの後ろ姿を見送って、リオンに早く食おう、と告げた。




