第61話 天子との対面 その3
「ぬう、もう終わりなのか?続きは無いのか?」
封神演義は太公望が妲己のもとから命からがら逃れ、西岐の侯・姫昌(周の文王)を味方につけるべく西に向かうところで終わらせた。わざと物語が本格化するいいところで終わらせたのだ。そりゃ続きが気になってもらわなくては困る。
「申し訳ございません。大漢西域記とは違い封神演義については白馬寺は創作に加わっておりませぬゆえお答えすることあたいませぬ。こちらに控える奇妙が創作に関わっておりますので代わりにお答えいたします」
ここで事前の打ち合わせ通り支楼迦讖に封神演義の作者として紹介をしてもらった。淳于瓊は頭をさげたまま前に進み出る。ついにここまできた。
「封神演義の続きは未だ製作中にございますれば本日これ以上の上演はご容赦のほどを」
「うぬぬ、やむを得ぬか。ならばさわりだけでも教えてはくれぬか?これから太公望はどうなるのだ?」
「畏れながら不完全なままお耳汚しするよりも、しっかりと出来上がったものを奉るべきかと。その方が興趣も倍増いたしましょう。来年には続編をご披露奉ることが出来るかと存じます」
「ら、来年だと?いくらなんでも一年も待てぬぞ!」
「ならば代わりと申してはなんですが異国の昔噺などはいかがでございましょう?我らは封神演義に取り入れるべく古今東西の伝承を集めておりますが、その中には封神演義以上にお気に召されるであろう話もございますゆえ。お許しがあれば此処で披露することもできまする」
「なんだと、先ほどの絵解き以上に自信があるだと?随分と自信があるのだな。よかろう、奇妙とか申したか。その昔噺とやらを此処で語ってみせよ」
あえて封神演義の続きを引っ張って天子の飢餓感を充分に煽ったところで別の話を持ち出す。悪徳商法の典型的な手法に天子はあっさりと引っかかった。しかしまだまだ天子を淳于瓊の手のひらの上で踊らし続けなくてはならないのだから気は抜けない。
「それでは恐れ多くも陛下のお許しを頂きますれば、今からご披露いたしますは遥か西方の百年ほど前の昔噺、'大秦国の平民王'の話にございます」
こうして淳于瓊は次の切り札をきったのであった。
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「この話はおよそ百年前、はるか西方、大月氏や安息国よりもさらに西、大秦国の話にございます。大秦国の王統が途絶え、大貴族たちが王位を我が物にせんと争いを始めた時のこと」
淳于瓊が語りはじめたのはローマ皇帝ネロが死んだ後の混乱期についてであった。
「平民出身ながらも軍才があり優秀な将軍として取り立てられていたヴェスパシアヌスは異民族の叛乱を鎮めるべく東方に遣わされておりました。もちろん平民出身のヴェスパシアヌスには王位など望むべくもありません。彼は争いには加わらずただ粛々と叛乱鎮圧を進めていったのでした」
先ほどまでの絵解き(紙芝居)のときとはうって変わって妖怪も仙人も出てこないまともな展開に場の空気がが少し改まる。
「一方で大秦国の都では政争が激しさを増していき、ついには軍が分裂してぶつかりあう内戦へと発展していったのです。内戦の勝者として新たな覇王となったのは名族の出自であるヴィテリウス。しかしヴィテリウスは不遜な性格でした。率いる軍は略奪を各地で行い、降伏した捕虜も虐げられたことから人心はヴィテリウスの元には集まらなかったのです。そして衆望は平民出身でありながらもヴェスパシアヌスの元へと向かったのでした」
「まるで高祖(劉邦)のようだな」
天子がぽつりと呟いた。ヴィテリウスを項羽、ヴェスパシアヌスを劉邦に(りゅうほう)に連想するよう上手く誘導できたようだ。
「畏れ多いことながら陛下の仰られるとおりヴェスパシアヌスも不思議な人徳の持ち主でありました。新たな王統を開いたヴェスパシアヌスには逸話も多く残っております」
淳于瓊はヴェスパシアヌスにまつわる逸話として最初に公衆便所の話をあげた。
「ヴェスパシアヌスは財政難の助けにと有料の公衆便所を設置しました。しかしこれに対して偉大な王のすることではない、みっともないから廃止すべきだと反対する者が多かったのです。王子のティトゥスも反対の声をあげたのでした」
まずは下世話なネタを投下する。
「ヴェスパシアヌスはそんな王子に一枚の貨幣を渡して問いました。"その硬貨は匂うかね?"と。王子は首を振って否定しました。そこでヴェスパシアヌスは"おかしいな。その硬貨は便所の利用料で稼いだのだが"と言ったそうです」
ヴェスパシアヌスの人の食った対応にあらあらと竇皇后から笑い声が上がる。
上々の反応に勇気づけられ淳于瓊は続けて本命のネタを投下した。
「さてヴェスパシアヌスが新しい王統を開き平和が訪れておりましたが、不平を言う輩とはいつの時代どこの国にもいるものです。ヴェスパシアヌスの治世におきましては'学者'が'旧き政治体制'に戻すように直訴することが流行っていたのです。'学者'たちは 権力者におもねることなく命がけで王に直訴する人物としての名声を得ようとしていたのでした」
場の空気が一変して張りつめる。
ここでいう'学者'とはスコラ派のギリシャ哲学者のことで'旧き政治体制'とは共和制のことなのだが、漢の人々にとって'学者'といえば儒学者のことで'旧き政治体制'とは儒教で理想とされる周の徳治思想を指す。そうなると'王に直言をする学者'とは天子の毛嫌いしている清流派を連想することになる。
今の天子にとって触れてはならないな話題に目の前の子どもが踏み込んだのだ。竇武に到っては顔面蒼白で卒倒しそうになっている。
しかしそ知らぬ顔で淳于瓊は続けた。
「直訴してくる'学者'に辟易したヴェスパシアヌスは次のように言いました。'お前は、私によって死刑になるためには何でも言うつもりのようだが、私はキャンキャン吠えるからといってその犬を殺しはしないのだよ'と」
おそらく前漢に儒教が国教とされて以来、公の場で儒者が犬にた喩えられたことなど一度もない。この発言に一同が息を呑んだ。天子も予想外の発言に反応できずに固まってしまっている。
宴には似つかわしくない静寂が場を覆い、ただ気の早い蛙の声だけがその場に鳴り響いていたのであった。




