暴れる感情 その1
難敵に因って俺達は知ったんだ。
いいや、身に覚えさせられてしまったんだ。
幾ら勇者剣士の異能を誇ろうが、無敵なんかでは無いんだって。
自ら貼った結界に取り込めたって、破れてしまう時もあるんだと。
俺もアリシアも。
今回は運良く無事に済んだ。
ほんの僅か、間違っていたらどうなっていたんだろう?
ほんの少し、未来に不幸が忍んでいたのなら?
こうしてみんなと話す事も無かったのかもしれない。
「今度の敵は嘗めてかかれるような、生易しい奴等ではないんだな?」
もう一度シンバに念を押される。
「舐めてなんかいなかった。
天使も全力で技を放ったんだから」
あの時、俺は天使に最大の攻撃を命じた。
それなのに、奴等は無傷に近い有様だったんだ。
「その機械人間の様なドアクダーは、攻撃しては来なかったのですね?」
こちらからの一撃を受けて、何事も無かったかのように結界を解きやがった。
その行為はまるで俺を小馬鹿にしていたようにも取れるんだが。
「無傷だったのなら、何故目的を放棄したのでしょうか?」
確かにそうも言える。
訊ねる雪華さんの言うのにも一理あるんだ。
「う~ん、ゆー兄の気迫に押されたとか?」
真剣な問い掛けに、萌の惚けた声が場違いにも聞こえたけど。
「黒い魔鋼鎧を着た3人は、ゆー兄の攻撃を受けてびっくりしていたみたいだから」
その場に居た証人として、状況を知らせていたんだ。
確かに攻撃を受けて無事だったら、直ぐに攻撃して来たとしたっておかしな話ではない。
爆焔が晴れあがるまでの間、なにも攻撃をかける素振りさえ見せなかったのは何故だ?
「違うぞ萌。あいつ等は俺を観て哂ってやがったんだぜ?」
「そうだったかなぁ?」
俺が真剣に答えるのに対して、萌は飽く迄もお気楽そうに惚けやがるんだ。
きっと皆に心配をかけまいとして惚けることに徹しているんだろうけど。
「そりゃぁ・・・笑うなんてどんな意味があるんだろ?」
シンバが考えても答えなんて導き出せないと肩を竦めたんだ。
でも、聞いていた雪華さんは何かが引っ掛かっているらしく。
「攻撃をかける事も無く、萌さんを連れ去ろうともしないで?
一撃を放った天使に対して笑えるなんて信じられませんね」
俺と萌に質して来る雪華さんは、何かに気が付いたのだろうか。
「そうなんだけど。
出直して来る気構えでいるらしいのは分かったけどな」
黒の3連鬼とか名乗った奴等は、何かを企んでいる気もしたが。
俺の答えを聞いて、雪華さんは情景でも想像しているのか黙考したよ。
「しかしアルジ。
良くも無事で済んだよなぁ?」
重苦しい雰囲気に嫌気でも指したのか、シンバが無事を喜んでくれた。
「そう・・・でもないぜ。
アイツは相当ショックを受けちまったようだからな」
俺は二階の部屋に籠っているニャン子を指して言ったんだ。
「そりゃそうだろう。
自分の貼った結界で負けちまったんだからさ」
いつものお気楽さの無いシンバの声が、アリシアを庇っているのを教えていた。
「それでも、なんとか無事に帰れたのは、アルジの言う通りだろうな」
「俺の?」
何か言ったっけ俺?
「ああ、言った。
服まで剥ぎ取られてしまったアイツへ・・・ね」
確かにすっぽんぽん状態になってたとか・・・萌に目隠しされてて分らなかったけど。
「落ち込んで泣いてたアリシアに、アルジが言ったんだよ。
俺の女神なら泣くなって・・・
一度負けたからと言って、女神を辞めるなんて言うなってね」
そういやぁ、そんなこと言ったかもしれない。
帰る道中からいつものニャン子ではなく、機動少女のアリシアっぽかったけど。
俺や萌に謝りっぱなしで、自分の存在価値さえも否定しやがった。
戦闘には勝者と敗者が出るのが決まりなんだし、無事に帰れたのなら敗北ではないって教えたんだけど。
「やっぱ、アルジは男だよなぁ。
ボクも聞いてて感心したんだぜ?」
そ?そう?
「もしかしたらアルジは、根っからのキャプテンなのかもな」
キャ?キャプテンって、なんだよそれ?
「そうねぇ~、ゆー兄は決める時は決める子ちゃんだもんねぇ」
・・・萌? 褒めてるのか貶してるのかどっちだよ?
「そ~そ~!後はフォローさえ出来たのなら、完璧なんじゃね?」
二人して俺を揶揄うのかよ?
でも、そうだよな。
降りて来ない処を観ると、まだ気に病んでいるのかもしれない。
「少し様子でも覗いて来るかな」
部屋の中に籠ったままのアリシアを観て来ようと腰をあげると。
「ゆー兄、ノックは必定だよ」
イキナリにドアを開けるのはマナー違反だってか萌?
「アルジはアリシアを女の子とは見ていない節がある!」
う?!そうだったのか?
「こう言っちゃぁなんだが、アルジは一応男子でアリシアは女子なのだぞ。
そっと見ておくだけなのも善い男の在り方の一つだと思うのだ!」
「どうせ俺は良い男じゃぁねぇからな」
拒否る俺に、シンバはニヤリと笑いかけて来る。
「そうかぁ?少なくとも何人かはアルジを良い男だと認めてるんだけどなぁ」
誰と誰だよ、それって。
「あ~ごほんッ。
ゆー兄はとっとと二階に行って様子を観て来るの!」
俺が突っ込むよりも早く、萌が命令しやがる。
「そ、そうだな」
ここで揉めても意味無し子だから、黙って言う事を聴いておくよ。
階段を登って突き当たりの部屋へと向かう。
と。
背後のリビングで残った3人娘達が話しているのがかすかに聞こえたんだけど。
何を話しているのやら?
「シンバ?」
「シンバさん?」
萌と雪華さんが眼を吊り上げてシンバを呼ぶのです。
「なっ?!なんだよ、そんな怖い顔をして?」
仰け反ったシンバが引き攣った笑みで応えますと。
「さっきの発言は?どう言う意味よ?」
「何人かが野良君を良い男だと認めてるって言いましたが?」
あ・・・その件でしたか?
「何だよ二人して、そんな事も判らないって言うのかよ?」
「そうですッ!シンバさんは誰と誰を指して言うのですか?!」
雪華さんが震える両手を握り締めて質すのです・・・が。
「あはははッ!決まっているじゃないか。
ボクを筆頭にして萌も雪華も、それに嵐や京香さんも。
皆がみんな、野良有次って男が好きなんだろ?」
けらけら笑うシンバが、いともあっさり暴露したのです。
自分も含めて、ユージを異性として好きなんだって。
ユージの名をアルジとは呼ばずに、野良有次と名指したのが証拠です。
「なッ?!」
「ニャっ?!」
雪華さんも萌たんも。
動揺を通り越して目を丸くしたのです。
「図星だろう?
ボクだって彼の事を好きだと感じてるんだぞ?
隙あらばゲットしてみたいと感じてるのは、僕だけじゃぁ無い筈だ!」
「ニャンと?!」
断言された萌たんが飛び上がりました。
「そ、そそそそそ、そんなの駄目よ駄目!
ゆー兄は、ユージは・・・その・・・あの・・・」
義妹の位置が邪魔して好きだとは言えない萌たん。
「なんだよ萌。はっきりしない奴だなぁ!」
「そうですねぇ、いくら義妹だからって正直に言わないと・・・」
二人から追及されて、一段と錯乱してしまう萌たん。
「ほら。白状しな」
嗤うシンバさんと、
「でないと。明日から猛アピールしちゃいますよ?」
とどめを刺す雪華さん。
「にひッ?!」
もう、錯乱は混乱を通り越して。
「す、すすすすすす~ぅキスぅきすッなのぉ!」
「キス?ああ、白身が旨いよなぁ・・・違わねぇか?」
明らかに分っていますね、シンバさん。
※作者注 画像の魚が<キス>で、あります。
「うッだぁあああああぁッ?!」
頭を抱える萌が絶叫しました。
ー シクシク・・・損な子ねぇ
頭の中で、珠子さんも泣いてるよ?
・・・・(=^・^=)・・・・
部屋の中からは何も聞こえない。
でも、微かに感じれるんだ。
「アリシア、入っても良いか?」
ノックする前に呼んでみたんだ。
「・・・・・・・」
でも、声が聞こえては来ない。
普段とは違ったアリシアだったもんな、さっきまで。
コンコン
答えが無いからノックしてみた。
でも、返事はない。
「アリシア・・・入るぞ?」
もしも嫌だったら断るだろうと踏んで呼びかけたんだけど。
「・・・・・」
それでも答えてはくれない。
「嫌だったら言えよな」
「・・・・・」
確かに居るんだが、返事してはくれない。
ここはそっとしておくべきか?
それとも強引に押し入るべきか?
俺としてはまどろっこしいのは嫌なんだ。
どうせ、俺はお節介で良い男なんかじゃないんだしな。
「入るからな、アリシア」
ドアノブに手をかけ、そっと回した。
カチャ
ドアには鍵はかかっていなかった。
電灯の灯りは点けられてなくて。
カーテンの隙間から零れる蒼白い月明かりだけが、部屋の中を照らしていたんだ。
「アリシア?」
部屋の中。
ベットでうつ伏せになっているアリシアが居たんだ。
「なんだ、泣き疲れて寝てたのか」
瞼を閉じてても、泣いていたのが判る。
少し瞼が赤くなっているから、泣き止んで寝たのはついさっきだろう。
「アリシア・・・」
無防備に眠るアリシアを観ていたら、異星人とは思えなくなる。
ケモ耳や尻尾が無かったのなら、普通の少女と何らも変わらない。
たった独りで地球に来て、俺達と暮らして来た。
心のどこかでは、故郷に帰りたいだろうに。
願いの果てた時には、きっと想い人の元へ戻りたいだろうに。
「アリシア・・・」
思わず呼びかけちまった。
眠ってる少女へ。
「ユ・・・ユージ。
ごめんなさい・・・私のアルジ・・・」
不意にアリシアが寝言を漏らしたんだ。
悲しい声で。
悲しそうに聞こえる俺の名を。
「ごめんね・・・護りたかったのに。
貴男とお母様を・・・救える筈だったのに・・・」
謝る声の中で、俺はアリシアが来た本当の理由を知らされたんだ。
蒼白い月明かりが俺と、俺の女神だけを照らしていた・・・
あ・・・
口絵でばれてしまいましたね。
ユージとアリシアの立ち居地。
萌とアリシア・・・どちらが本当のヒロインなのか?
次回はしっとりと・・・は、いくのかな?
次回 暴れる感情 その2
願いは想いを伴って・・・ニャン子も女の子だったのか・・・・




