タイムリミット その5
第1次乗山市大戦はかくて終りを迎える。
その時、生き残れた者は何を思うのだろう・・・
結界の空間にクの字型の戦闘ポットが浮かんでいたのです。
クの字が意味しているのは・・・
「目標は馬鹿猫。
第一撃はそうねぇ・・・あの紅い尻尾を黒焦げにしておやり!」
クの字に折れ曲がった形の内側に、蒼いスパークが奔りました。
「ほぉ~らぁ、いくわよぉ~」
舐め切ったダレットが戦闘ポッドに発射を下令します。
「6番・・・撃て!」
6機中、1機に攻撃を発令するダレット。
バシュン!
蒼いスパークが結束したかに見えた瞬間、猛烈なビーム砲が放たれたのです。
レーザー光線とは違って、先に行けば行く程に拡散する光の帯。
もしそれに触れようものなら、焦げるなんて生易しいもので済む筈もありません。
「ンニャッ!」
応じるアリシアは大剣シェキナで払い除けようと試みたのです。
バシッ!
ビーム砲を受けてもびくともしなかったのは流石とも言えましょう。
ですが、それはたったの一発であったから。
「あらあらぁ?もう手詰まりなのぉ?
こっちにはまだ5機あるんだけどぉ?」
6機の内1機の攻撃から守るのが精一杯。
残った5機からの攻撃を受け流せられる筈もなかったのです。
「う・・・くッ?!」
1機からのビームを弾くのが精一杯なアリシア。
このまま残りの5機からも、攻撃を受けてしまえば。
「アルジ・・・ユージ・・・ごめんなさい」
どうなるかは火を見るよりも明らか。
こんな場所で、こんな相手に因って?
「ミシェル様、どうかユージと萌を救ってください
私の代わりに、二人を助けてあげて・・・」
果す事が叶わなくなってしまうと、半ばまで諦めた瞬間だったのです。
ブブ~ゥ!
ダレットの機動服に通信が入ったのです。
「なによ、この面白い時に」
眉を顰めたダレットの耳に、何者かの声が届いたみたいでした。
「なんですって?!
奪取に失敗した?魔鋼鎧が故障?
アンタ達、それですごすごと逃げ帰る気なの?」
苛立ちの声を張り上げるダレット。
今の今迄殺戮を楽しんでいたというのに?
「糞ったれがぁッ!
それでもお前等は黒の3連鬼なのかッ!」
相手に向けて吠えるダレットには、最早アリシアなどどうでもよくなったみたいで。
「時間をかけ過ぎたみたいだわね。
お楽しみはタイムリミット!
ここから出させて貰うわ、馬鹿猫!」
一声吠えると残った5機に命じたのです。
「戦闘不能にしておやりなさい!」
殺意は多少残っていたのですが、それさえも時間の無駄だと考えたようです。
「集中砲撃!撃て」
アリシアへ目掛け、一点集中攻撃をかけて来たのでした。
5機と最初の1機が狙うのは、アリシアの胸部。
「ジ・エンドよ!フォイア!」
6機全てのファンネルが一斉攻撃をかけて来るのです。
ドドシュン!
稲光にも似た蒼き輝が集中して・・・
「悲ニャ?!ニャァ~~~~~」
シェキナを構えたアリシアが光に包まれて?
バガアアァンッ!
爆焔に姿が隠されてしまったのです。
「馬鹿猫めが・・・・」
ダレットは確信を以って呟いたのです。
これにてお楽しみタイムは終了したと。
「急いで勇者剣士から巫女を捥ぎ取らないと」
今度は焦った声を呟いたのです。
なぜ?
なぜ、圧倒的戦闘力を誇る魔鋼鎧を着ているのに?
「コッチがタイムリミットに嵌っちゃうじゃないの?!
仕掛けた爆弾を停めないと、馬鹿猫に言われた通りになっちゃうわ」
なる程ね、ダレット自身が仕掛けた重力子爆弾が暴発してしまうからですか。
「それに、巫女を巻き込む訳にもいかないじゃないの」
奪取失敗のツケは大きいと?
「こうなったのも・・・あの3馬鹿の所為ね。
何が左銀河最優秀悪人よ、何が黒の3連鬼よ!ぷんすか」
自前の家来ではなかったようですね、黒の3連って奴等は。
多分にダレットが金で釣った、用心棒的存在であったのだと思えます。
それだからこそ、裏切るような真似を3人が執ったのだと知れました。
「ちいぃッ!早く破れさってしまえ」
アリシアの結界がゆっくりとほころび始め、破れて行くのを苛立って待つダレット。
「こうしちゃいられないのよ!」
自分で仕掛けた爆弾のタイムリミットが迫り、解除する為には実世界に戻らないといけなかったのです。
ちらりと腕時計に目を落とすダレットが、
「悲ぃいいいいいいいいいい~~?!後10分しかないッ?!」
おやまぁ・・・せっかちな時間を指定してましたね?
通信機で解除は出来ないのですか?
「スイッチは連動型にしてしまったのよぉ!
こっちのサインだけでは完全解除は無理なのよぉ!」
あらま・・・
「私の指紋によってのみ、解除できる形なのよぉ」
ご説明ありがとうさんでした。
意外な間抜けにも思えたダレットでしたが、やった事はしっかりしていましたね。
それが仇になるってのは、世間では常識的でしたけど。
結界から脱出する瞬間、ダレットは魔鋼戦闘服を解除しておきました。
現世に出た時、まかり間違って多くの人間に観られてしまえば。
「近辺に潜入しているであろう時空管理局員に介入の口実を与えてしまう。
そんな事になれば、星ごと抹殺されかねないわ」
あくまでも、秘匿に。
一般には知られずに事を進めねば・・・ってことですね。
ですがねぇ・・・結界から出たら先ずやらなきゃならないんでしょ?
「巫女の奪取・・・時間切れかしらね」
あらら。諦めるようですね。
「こんなにも時間がかかるなんて。
私の想像を遥かに超えた存在だったのかしら?
あのニャン子も、巫女を守る少年も・・・」
相手はずっと年下の子だというのに・・・と。
「いいわ、次こそ。この次にこそ、決着をつけてやるんだから」
結界を抜け出たダレットが地面に降り立って嗤うのでした。
「あははッ!いよいよ次で。次で私が全宇宙の総統になるのよ」
「はぁ?全宇宙だって?」
嗤うダレットの真後ろから。
「馬鹿じゃないの?」
二人から声が返って来たのです。
びっくぅ~~~~んッ!
まるで予期していなかった声に、ダレットが跳ね上がって驚いたのです。
「おい、お前。俺のニャン子を知らないか?」
「アリシアはどこに行ったのって、訊いてるんだけどぉ?」
しかも背後から詰め寄られている始末。
「あ?!あのッ?そのッ?!」
ここで長々と話し込んでいる時では無かった筈では?
ちらりと腕時計を見たダレットが飛び跳ねたのでした。
「ひゃああぁッ?!後6分ン~~~~っ!」
解除出来なかったら、全部どか~んですよ?
「もう、構ってなんていられないわ!」
爆弾を隠してある場所へ目掛けて脱兎の如く走り出し、
「あなた達がお探しになってたニャン子は、私が破ったわよ!
運が良ければその辺に居るかもだけど、先祖還りしてたらごめんなさいねぇ!」
ダレットはユージと萌へ、嫌味たっぷりで答えるのです。
「先祖還りって?」
萌が聞き咎めると、振り向きざまに嗤って。
「あははははぁッ!馬鹿猫は馬鹿らしく猫に戻れば良いってことよ!」
「なッ?なんだとぉッ!」
ユージはダレットが本当の意味でそう言ったと思ったのでした。
破れた衝撃で、アリシアが猫になる?!・・・って。
まさか・・・そんな事があって良いのか?
悪党の言う事を信じる訳ではなかったのですが、
初めて戦闘に負けてしまったのをダレットに教えられて、混乱を極めてしまうのでした。
「待てよゴラァ!」
走り去ったダレットへ吠えるユージでしたが、萌に腕を掴まれて。
「なんだよ萌、アイツを逃がしたら・・・」
後々厄介だと、言いたかったようでしたが。
「ねぇゆー兄?
まさかとは思うんだけど・・・あの子が?」
萌が手を曳き呼び止めて。
「アリシアが・・・アリシアなのかな?」
偶々見つけた猫を指差したのです。
二人が道を横切ろうとした猫に絶句してしまいました。
「ま・・・さか?!アリシアなのか?」
「ニャ?」
二人に見詰められた猫が振り仰ぎました。
白い毛に覆われた猫の首には・・・
「あ、あれは?アリシアの付けてた音声変換器か?」
「う・・・嘘?!嘘でしょ!ねぇゆー兄?!」
良く似てはいますが、それは唯の首輪じゃぁないの?
「ニャ~」
ユージと萌にガン見されている白猫は、飼い猫らしく人になれているようでした。
「アリシア・・・俺だよ、ユージだぜ?」
「アリシア!萌だよ?萌だってば!」
反応を示さない白猫に、呼びかける二人。
「ねぇアリシア!何とか言ってよぉ!」
萌がしゃがみ込んで泣き出してしまいました。
「アルジの言う事が聞けねぇのかよアリシア?!」
ユージでさえ、猫に手を差し出して帰るように求めて涙ぐんでいたのです。
もしも、戦闘に負けてしまった結果がこの悲劇なのかと。
自責の念で眼を曇らせ、涙を溜めた目で白猫を見詰めて・・・
それが初めての敗戦。
たったの一度キリ・・・失敗したのは。
彼女にとって、耐えがたい屈辱になったのでした。
「おのれぇええええええッ!
今度遭ったら巫女を奪取し、勇者剣士をも滅ぼしてやるんだから!」
自身の失敗を棚に上げて、ダレットが吠えていました。
時限爆弾さえ仕掛けなければ・・・そう考えない処が彼女らしいとも言えるのでしたが。
「そして次こそ!
このダレット・ヨッドが新しき銀河の覇者になる。
この輸送船に載せた宇宙船の鍵を開かせてね!」
ダレットが居るキャビンには、船内配置図がモニターに映し出されているのです。
その横のモニターには海図が、船の進行に併せて動いています。
キャビンで寛ぐダレットは部屋着を脱ぎ払うとオーナメントにあるバスへと歩み、
「その時には、こいつらの利用価値も無くなるわねぇ」
傍らに映し出されている二人を見据えて嗤うのでした。
「本当ならば、勇人とアメリアが鍵を開けてくれる筈だったのにねぇ残念。
くふふ・・・あははははッ!」
そう、この船にはユージの父勇人とアメリア女史が連れ込まれても居るようなのでした。
夜の海上を桁違いの速力で驀進する輸送船。
輸送船とダレットが溢しましたけど、その巨大さは空母にもひけを取らない程の排水量を誇っているのです。
船尾に掲げられるのはカイツールの社旗。
そして船体に描かれてある船名は・・・<<アイン>>
<無>とも訳されますが、真意は<悪魔>・・・
カイツール社の悪魔。
それがこの船の名前であり秘密でもあったのです。
ダレットの部屋にあったモニターの海図に、陸地が表示され始めます。
そこに現わされた港名とは・・・
日本国、神奈川県横須賀。
つまり、ユージ達が居る乗山市にもっとも近い港だったのです・・・・
銀河を巻き込んだ悲運の幕開け。
それがとうとう本当のモノに?
で?
アリシアは猫になってしまったのでしょうか?
白猫は泣き崩れた少女と、涙を湛える少年を見上げていたのです。
「にゃぁ~~~ニャ」
ニャ語?いえ唯、猫が鳴いたのです。
「ニャ~ニャ!」
白猫とは違う猫が近くで啼いているようなのですが?
「あれ?もう一匹いるのかな?」
萌の耳にも届いたようですが、哀しみのあまり気にかけても居ないようなのです。
「アリシアを猫だと思って、鳴いてるのかな?」
ユージさえも、白猫がアリシアだと思い込んでいる節が。
「ニャ―!ニャー!ニャァアアアアアアアアアッ!」
もう一匹が威嚇するように白猫に啼いているんですが?
何処に居るのでしょう?
辺りを探ると?
あ・・・・
「ちょっとぉ!出るに出られなくニャッちゃったじゃないのよぉ!」
赤毛が植木の間から覗いてますけど?
特にあのアホ毛が・・・間違いなくアリシアさんですね!
「もっとも、この状況じゃぁ出て行けないのよねぇ」
と?
視線を下にずらしてみましょう・・・わッ?!
「ユージや萌に大丈夫だったのかって訊きたいんだけど。
この姿で街中に出るのは・・・流石に思い留まらざるを得ないにゃ~」
植木に隠れていたのはアリシアさんに間違いなかったのですが。
「爆風で魔法衣さえも吹き飛ばされちゃって、おまけの結界の外に出てみたら。
ほぼ・・・丸裸状態・・・シクシク」
戦闘で受けた爆風で?
「おまけにシェキナも半壊しちゃったし。
逢わせる顔がニャいとは・・・このことニャねぇ・・・」
・・・元気そうで何より。
「きっとこの屈辱は。
3倍にして返してやるんニャからね」
初めて受けた敗戦の屈辱を?
「何も肌かん坊にひん剥かなくったって良いじゃないの?!」
そこでしたか?
「覚えてるニャ~!ダレットォ!」
思わず吠えるアリシアの声が・・・二人に聞こえたのは当然でした。
この後・・・・二人から滅茶苦茶怒られたのも、当然でしたね!
何と言う結末。
なにも起きなかったに等しいじゃぁあ~りませんか?
いいえ。
この対戦が産んだのは勝者と敗者だけではなかったのです。
彼女は知ってしまったから。
彼女は死を前にした時、気がついてしまいました。
それは?!
次回 暴れる感情 その1
きっと・・・あなたには解って貰える。私の願いがそこにあるのを。




