悪夢 再び その2
そういえば、夏に弱い人が居ましたよねぇ?
皆様方も、暑さ対策を怠らないようにしてくださいね!
外出しただけで、汗が噴き出すのは夏だから?
いいえ、この人ならばって処でしょう。
俺達が遅めの昼飯である素麺をつついていたら。
「シャワー浴びさせてくださいぃ~」
リビングに飛び込んで来た雪華さんが、真っ赤な顔に怒涛の汗を流していたんだ。
「あれ?セッカにゃん。図書館に出かけていたんじゃなかったニョか?」
アリシアの奴が道中の暑さも考えずに訊いたんだ。
「図書館は居心地良かったのですが、帰り道がもう・・・灼熱地獄です~」
「ニャるほろ~。調べものをするにも命懸けニャねぇ」
お気楽な声で答えられた雪華さんは、答える元気もないのかアリシアに手を振るだけで風呂場に直行したよ。
「アリシアは炎の属性があるから大丈夫なんだろうけど、普通なら暑さで参ってしまうんだぞ」
俺だってクーラーの効いた室内に居るからこうして喋っていられるんだ。
もしもクーラーが効いていなかったのなら、家の中でも熱中症に罹るかもしれない位に暑いんだ。
「そうよアリシア。
今の乗山市の気温が何度か知ってるの?35度よ35度!
こんな気温で出歩いてたら、雪華さんでなくったってのぼせちゃうわよ」
「そうニャか?私にはちょっと暑い位にしか感じないニャがにゃ~」
素麺を啜るニャン子は、本当に何ともなさそうだ。
まぁ、室温が28度だからかもしれないが。
それにしても、雪華さんは図書館で何を調べていたんだろう。
昨日の晩に突然図書館に行くんだって聞いた時には、学業の為かと思ったんだが。
「萌は知らないか。雪華さんは何を調べに図書館まで行ったのかを」
「え?ああ、そう言えば有史以前の宝について調べるんだって言ってたよ」
雪華さんが未知の宝物について調べてるって?
「なんでも<地図の巫女>との因果関係を知りたいんだって」
モエルさんと、秘宝についてか。
「そうか。
雪華さんはモエルの記憶が世界のどこかに残されていないかを調べてくれてるのか」
汗だくになるのも厭わず、萌に託された宝という物を知ろうとしているんだな。
「ホント、誰かに爪の垢を煎じて飲ませたいくらいだよな」
素麺を啜るニャン子へ向かって嫌味を溢してやったよ。
「そっだねぇ~、誰かさんを炎の結界に連れ込んで起こしているような子にね」
うむむ・・・萌は俺を含めてって嫌味で返しやがった。
で・・・当の本人様はと言いますと?
「素麺美味しいニャ~」
なにも聞かなかった事にしやがったよ。
素麺を啜り終わったニャン子と萌が食器を洗っていたら、雪華さんが風呂場から出て来たんだ。
「あ~さっぱりしましたぁ~」
ほのかな石鹸の香りを纏っている雪華さんは、どうやら水風呂にでも入っていたのか涼し気だった。
長い髪を結わえてうなじを見せている少女は、可憐に見えるんだ。
「思わず立ち話をしちゃいましたから、余計に暑さで参ってしまいました」
リビングのソファーに腰をおろした雪華さんが、クーラーの風で涼を取りながら教えてくれたのは。
「怪しい女の人が、萌さんに纏わる事を訊いて来たんですよ」
うん?見ず知らずの人が萌を?
「知らないって言っておきましたけど。
なんでもアメリア夫人の娘がこの街にいるのだが知らないかって言うんですよ」
なんだって?!
俺は思わず萌と顔を見合わせちまった。
「その女の人って言うのが、金髪で蒼い目の男装の女性で。
端から見たって外国人で、しかも萌さんのお母様を流暢な日本語で訊くんですから」
雪華さんが知らせてくれたのは、行方不明になったアメリアさんを知っている女性の話。
「私が思うに、彼女は交渉者ではないだろうかって。
萌さんにお母様の居場所を告げに来ただけではなくって、
連れて行こうとしているのではないかって・・・思ったのです」
だから、知らないと答えたんです・・・と、雪華さんが教えてくれたんだ。
「先ずは萌さんや野良君に知らせるのが良いだろうって」
その通りですよ雪華さん。
俺と顔を見合わせている萌も同感だったようで。
「ありがとう雪華さん。
相手がもしもドアクダーなら、きっとこの家にまで押しかけて来た筈だから」
手放しで感謝を告げたんだ。
俺も同じ気持ちだったけど、付け加えておいたんだ。
「その女性と離れてから、真っ直ぐに帰って来たのかい?」
もしも雪華さんの素性を知った上で女が訊いて来たのなら・・・って、考えたんだ。
目差す萌を探し当てるのに利用するとしたら?
「ご安心ください。
つけられていないか何度も確認しましたので」
心配りが出来ている雪華さんが、そう言うのなら大丈夫だろう。
氷結のセッカとして、素性の分からない者には警戒を怠らなかったのだ。
俺達の会話を耳にしていたアリシアが、何気ない顔で風呂場に置かれてある洗濯機に近付いて行った。
洗濯層の中に放り込まれてあるのは、今の今迄雪華が来ていた服。
愛用のシャツの背中に、小さな二つ星てんとう虫がひっついているのを見るや。
「しまった?!すでにここがバレてしまったようね」
機動少女アリシアの勘が教えているのは、これが虫に見立てられた発信機であろう。
取り付けた者が、遠くからでも此処を知ってしまったであろうと。
なぜなら、てんとう虫は死んだように動かない。
いいや、虫ではないから動けないのだ・・・つまり。
「発信器を停めないと。でも、もう無駄かも知れないわね」
もしも無闇に虫状の発信機を取り払えば、相手に居場所を確定されてしまう結果に為り兼ねない。
そこでアリシアが考えた方法は。
「セッカの服に付けたままで・・・移動させるしかない」
雪華が家に帰って来てからまだ数分位しか経っていない。
相手にはまだ、アジトなのだとは確定出来ていないと考えられる。
だとすれば・・・
「セッカにゃん!この服・・・貰うニャぞ」
洗濯機から白いシャツを取り出したアリシアが、3人が停める前に走り出す。
「え?!ちょっとアリシア?」
「わぁッ?!お気に入りなんですよぉ?!」
「こら!アホニャン、てめぇなにを?!」
玄関を走り出るアリシアの背中に3人が吠えましたが。
「夕飯迄には帰るニャ~」
タンクトップとランニングパンツ姿のままでアリシアは飛び出して行ってしまいました。
その姿を呆然と見送る3人には、訳を知る術もなかったのです。
唯、呆れたようにケモ耳少女の姿を目で追いかけただけだったのです。
たったったっ・・・・
初めは勢いよく駆け出したアリシアでしたが、次第に歩むスピードを緩めて。
「なんとかなったかな。
相手が飲食をしていたぐらいに思ってくれれば助かるんだけど」
家との距離を十分に取れたと判断したアリシアが、シャツをどうすれば良いのかを考えます。
「高校生の移動範囲ってのが、どれ位なのかは知らないけど。
こちらが体制を整えれる時間稼ぎに成れば良いんだけど」
野良家の場所を特定されるのは時間との勝負だとは分かっているのです。
分かっていて尚、時間を稼ごうとするアリシア。
「それじゃあ・・・運んで貰いましょうか」
周りを探る間に見つけていたのは。
アリシアは雪華の白いシャツを、コインランドリーに置いたのです。
女性物の白いシャツを無造作に。
誰かが見つけて持ち去ったとしたって、誰かが持ち去らなくったって。
コインランドリーに置いておけば、時間稼ぎになると踏んだのです。
誰かに運び去られても、その場にあったとしても犯人は混乱するだろうと読んで。
「そうねぇ・・・夏だから。
帰宅途中で洗濯したって不思議じゃないわよね」
いや・・・おかしいでしょ、いくらなんでも。
誰にも観咎められていないのを確認し、アリシアは帰るのでした。
既に太陽が傾き、夕焼け空になり始めていました。
「思わず遠くまで来ちゃった・・・けど。
私ってば・・・迷子になっちゃってる?!もしかして」
暑い盛りだから汗が流れる・・・アリシアだって?
いやいや。その汗は間違いなく・・・冷や汗。
「ニャンと?!私にこそ発信機が必要だったようねぇ~?!」
タンクトップ一枚で走り出してしまったから、秘密道具なんて持ち合わせていませんでした。
つまりは・・・
「迷子ニャ~っ?!」
地理感がないアリシアは、ニャン子と変りがないようですね。
と言いますか、今はどっちのアリシアなのでしょうね?
「んで?あのアホ猫はまだ帰らないと?」
仕事を終えて帰宅して来たシンバが思いっきりため息を吐くのです。
「夕飯迄には帰るって言いましたけど」
雪華さんが夕飯の支度をしながら答えるのでした。
「ホントに・・・世話を焼かせるニャン子だなぁ」
「そうですねぇ、マッタク」
シンバは雪華だけが居るキッチンを観て笑うのでした。
「アルジと萌が?」
「ええ、今頃はきっと」
探し出しているだろうと。
「そうだよな、ユージはアリシアの主だもんな」
二人は笑いながら3人が帰るのを待つ事にしたのでした。
既に夜となった乗山市を、月が煌々と照らしています。
その夜道を二人は歩いていたのです。
アリシアを探しに・・・迎えに来たのでした。
「きっともう直ぐ出くわすから」
ユージは左手の装置でアリシアの位置を特定していたようです。
「ホント・・・世話のかかるニャン子ねぇ」
そう言っている萌は怒ってなんて居ませんでした。
思いがけずユージと二人っキリになれたのですから。
いつの間にか頼りがいのある兄となってくれたユージの傍に居られるのが、萌には嬉しいことだったのです。
二人で夜道を歩いていたら、二か月前まで戻ったようにも感じられたのです。
「ほら・・・もう見つけられるぞ」
二人っきりも後僅か・・・に、思えた時のこと。
「ごめんニャ~」
アリシアは近寄って来る人影に謝るのでした。
人影の後ろにも二つの影が見えますが?
「道に迷ってしまったんニャ~」
近寄って来るのがユージか萌だと思い込んだアリシアが、ニャン子な声を出して謝ったのです。
・・・が?!
「ニャン子星人か?」
一つの影から聞こえて来たのは甲高い女性の声。
しかも、アリシアが異星人であるのを知っている?!
「だとすれば・・・お前に訊くのが早いだろう?」
怪しげな女から発せられた声には、敵意が満ちていたのです。
「お前が・・・雪華さんに声を掛けた女?」
月明かりに因って照らし出されて来るのは金髪の女性。
その女性の手に持たれているのは・・・
「素直に話さないと・・・切り刻んでやるわよ」
金属の筒にもみえる・・・ライトサーベルだったのです。
怪しげどころか!
イキナリ斬りかかるつもり?
いよいよ、ドアクダーの来襲ですね。
今度はまともに戦える相手でしょうネェ?
次回 悪夢 再び その2
以外や以外。金髪で男装の麗人は強そうです!




