不穏 その2
ユージから逃げるようにベランダへ来た萌。
彼女の心には一体何が過ぎるのか?
ベランダで生渇きの洗濯物を掴む茶髪の萌。
僅かひと月で髪が肩まで延び、明るめの茶髪が陽に照らされ金髪のように映えていました。
「本当に・・・本当に不幸が訪れてしまうんだね?」
誰かに問いかける訳でもなく、自問自答を投げかけている?
傍に誰もいないと思ってなのか、萌は上の空で口走っているのです。
「きっと二人の身に異変が起きるんだ。いいえ、もう既に起きたかもしれない」
萌はユージに渡した便箋に書かれてあった謎の意味を悟っているみたいです。
「一体何があったのよ。
メキシコくんだりまで出かけて、何を見つけたというの?」
二人に詳しい話を訊かずにいたのが、今となっては歯痒い・・・
「遺跡発掘で何を見つけた?
何がそこに眠っていたというのよ?」
洗濯物を掴んでいる手に力が入ります。
「自分勝手に出かけて・・・また、アタシ達に迷惑をかけるつもりなの?」
萌は母であるアメリアさんに向けて愚痴ているみたい。
アタシ達とは萌とユージの事を指す?
「熊太お父さんだってそうだったのに。
何かを見つけた様な素振りをしていたら、急に行方不明なんかになったんだよ?」
・・・そうでした。
萌の本当の父親である盛野熊太は、突然行方不明になったのでしたよね。
「ゆー兄・・・野良有次の珠子おかあさんだって。
ある日突然・・・姿を消したんだから・・・」
始まりはユージの実の母、珠子の失踪事件。
彼女の身の上に何が起きたのか?
未だに消息不明なまま、手がかりすら掴めていないのでした。
「アタシはユージのお母さんという人を知らないけど。
きっと優しい人だったと思えるんだ。
だってユージがあんなにも優しいのは、失った悲しみを抱えているから」
萌は実母を比較してしまうのです。
自分の母親であるアメリアと、見た事も無いユージの母である珠子とを。
「アメリア母さんみたいな人じゃない。
自分の子供を怪人に連れ去られるのを観て見ぬ振りなんてしないだろうから」
萌の心にある、アメリアとのしこり。
もしあの時、ユージが助けに来なかったのなら・・・
そう考えると、余計に珠子への想いが重く伸し掛かって来るようなのです。
「ユージには、言えないけど。
アタシはアメリア母さんも行方不明にでもなってしまえば・・・なんて考えてしまうよ」
本当は、そんな悲劇を考えていないのが顔に出ているのに。
勇人の書いた便箋を観た時、暗い眼になったというのに。
萌は心の奥ではアメリアを慕っているのです。
唯、かつて起きた事件が萌と母との間に垣根を造っていただけなのです。
「それは萌たんニョ本心じゃニャいニャろ?」
いつの間に傍まで来ていたのか。
アリシアが洗濯物の蔭に居たのです。
「あ?え?!アリシア?」
不意に掛けられたアリシアの声に、萌が思いっきり動揺してしまいました。
「やはりアルジの言っていた通りニャ。
萌たんは手紙の内容を読み取っていたニャ?」
洗濯物の蔭から出て来たアリシアが質すのです。
「そ、そう?何の事かしら」
誤魔化すのが下手と言っていたユージの萌評。
アリシアは萌を見て、少しだけ笑うと。
「萌たん・・・
もしも御両親がドアクダーに捕まってしまえば、どんな目に遭うか分からないニャぞ?
そうなっても良いニョか?うしろめたい気分にニャッてしまわないニョか?」
分かっているのに、敢えて咎めて来たのです。
「あ、アタシはッ!アタシはね!
アメリア母さんとそりが合わなかったのよ・・・唯・・・それだけ」
案の定、萌は吐露してしまうのです。
それだけ・・・それだけの話。
萌はやはり、心の中で心配している。
萌はアメリアが居なくなって喜ぶような娘じゃない。
「萌。二人を助けたいだろう?」
アリシアの後ろから声を掛けたんだ。
ずっと聞いていたけど、黙っていられなくなったんだ。
「ユージ・・・ゆー兄?!」
咄嗟に萌が言い直したけど、今の萌は義兄妹じゃなかったみたいだ。
過去を思い出していたらしいから、兄妹になる前の呼び方を使っちまったみたいだ。
「萌・・・手紙の消印は5日も前に押されてあるんだ。
今からメキシコに行っても無駄に終わる可能性がある。
それよりドアクダーのアクションを待つ方が良いとは思わないか?
もしも奴等が良からぬ事を企んでいるにしろ、二人を簡単に殺しはしない。
人質にするのなら、俺達に何か言って来る筈だろ?」
考えたのは二人を虜に盗って、モエルさんを要求して来る事だ。
奴等が狙うのは<地図の巫女>であるモエルさんの筈だ。
二人を人質にして、交換条件を付きつけて来る。
それが奴等、ドアクダーの狙いだったとしたら・・・
俺の話を聴いていた萌は、何も答えずに見詰めて来る。
「もしも・・・だぞ。
萌を差し出せって言ってきたのなら、その時こそ奪い返せるチャンスなんだ。
交換条件として二人を連れて来させれば良いだけなんだぜ?
俺が萌と二人を助けてみせるから・・・さ」
少しばかり良い様に話を作ったが、萌に安心させたかったんだ。
萌を護ると約束してあったんだから。
俺が必ず護ってみせるから安心しろって・・・心配を解いて欲しかったんだ。
「アタシも居るニャぞ!泥船に載ったつもりでいるニャ」
泥船だったら沈んじゃうだろ?!
アリシアのジョークが効いたのか、萌がクスッと笑う。
「泥船じゃなくて大船でしょ?」
「そ?そうニャ!それニャぞ!」
言い正されたアホニャンが、真面目に慌てていやがった。
「皆が傍に居る限りは安心しろって、萌。
俺達が力を併せれば、どんな問題も乗り越えて行けるんだぜ?」
やっといつもの萌の顔になった。
心配が和らいだようで、優しい表情になってくれた。
「そうだよね、未来のニャン子保安官も居てくれるんだもんね?」
「保安官ニャ?!誰がニャるって言うニョか?」
アリシアがびっくりして訊き返しやがる。
決まってるじゃねぇか?
ビシリ!
俺と萌がハモって指したのは当然。
「アタシにゃ~~~~~ッ?!」
他に誰がなるんだよ?
前になりたいって言ってたじゃないか。
「そうよ、アリシアしか居ないじゃない?」
「ニャンと?!」
何処までが冗談で、どこからが本気なのか良く分からんが・・・まぁ良いだろう。
「萌、だから・・・」
「うん。ゆー兄・・・ありがとう」
普段の萌らしくないじゃないか。しおらしいとは思うけど。
「いや、そうじゃなくてだな。
生渇きの洗濯物を取り込まんで貰いたいんだが?」
「・・・んなッ?!なによそれぇ~ッ!」
よし・・・完調に戻ったW
思いっきり萌が喚く。
元気な萌こそが、俺の義妹って奴なんだぜ。
覚えておいて貰いたいんだよな・・・審判の天使にも。
巨大な宇宙船が採掘された。
嘗ては宇宙の果てからやって来たのだろうが、数万年の時は船を錆に変えてしまっていた。
つまりは・・・只のガラクタ。
・・・そう観てしまうのは、唯の凡人。
「どうだ?何か判ったのか?」
採掘された赤錆の塊を取り巻いているのは?
「将軍、今やり始めた処なんですよ?解析も採集もこれからですから」
研究士官が上官に言い返しました。
「ふむ。私には単なる錆の塊にしか見えんが」
将軍と呼ばれた男は、襟元にアメリカ陸軍少将の金バッチを着けていたのです。
「CIAの方から茶々が入らんとも分らん。急ぐ事だ、いいな」
「イエッサー」
部下達に発破をかける将軍。
彼がどうして遺跡から出土した宇宙船を前にしているのか。
なぜアメリカ合衆国軍の管轄になっていたのか?
その訳とドアクダーとの因果関係は?
重大なる発見の蔭に潜んだ陰謀とは?
果たしてユージ達の運命がどう転ぶというのでしょうか。
萌が迷惑だと呟いたのは・・・的を得ていたのでしょうか?
事件は不穏な空気を醸し出して来ました・・・
おおぅッ?!
とうとうお役所まで巻き込んだ?
アメリカ軍も巻き込んで、これからどうなるの?
まぁ・・・なるようにしかならないでしょうけどW
次回 不穏 その3
どこからか聞こえてくる不穏な話。それは彼女が齎したのです・・・




