嵐の夜 その1
現れた嵐さん。
彼女が指し示すのはドアクダー?!
そして彼女は今・・・
白い制服が夜目にもくっきりと映えていた。
嵐さんの姿が、はっきりと見える。
茶髪に紅いリボンで、左髪をサイドテールに結わえ。
物憂げな瞳の下に泣き黒子が眼を惹く少女・・・
「ラン?!もう約束の時だと言うのか?!」
京香先輩が堪りかねて呼びかける。
「どうして此処に来たんだ?!隠れていろと言われていた筈じゃないか?」
夜闇の中、白い旧制服姿の少女が微かに首を振る。
「京香・・・約束したのは一つじゃないよ。
私が大切な人を守るって言ったのを忘れたの?」
ランさんが夜闇を見据えて言い切った。
「京香の居る此処に邪な奴が来るのが分かったから。
何としても護りたかったから・・・大切な友達を」
そうだったのか。
それで嘗て自分を救ったという、もう一人の俺へ頼って来たんだな。
「嵐さん!俺達にも手伝わせてくれ」
相手は俺達が呼び込んだにも等しいんだから。
「そうです、野良君の言う通りですから!」
雪華さんが意を伴にして言ってくれた。
「京香さんのお友達に教えてあげます。
アタシ達はあなたの味方で、一緒に闘うのも辞さないんです!」
萌が何時になく真剣な声で知らせたよ。
俺達には闘う義務があるんだってね。
「今襲って来る奴は、多分アタシ達が呼びつけてしまったと思うの。
京香お姉さんを撒き込むつもりはなかったんだけど、こうなったからには責任がありますから!」
そうだ、萌の心構えは間違っちゃいない。
ドアクダーを呼び込む恐れがあったのは重々承知していたんだ俺達は。
「だからッ!アタシ達も・・・ゆー兄ぃが闘います」
おい・・・そこで俺だけに振るか?
ジト目で萌を見たら、明後日の方を向きやがった。
まぁ、萌には闘う術が無いから仕方ないとも思うけど。
じっと俺達の言葉を聞いていた嵐さんだったけど。
「ゆー君・・・闘ってくれるんだ?」
俺を指して確かめて来たんだ。
「今朝は駄目だと言ってたから・・・私独りで闘おうとも思ったんだよ?」
やはり・・・俺の中に居る奴に話しかけたのか。
「時間の狭間で観てしまったの。
ゆー君が悪者をぶっ飛ばすのを・・・だからもう目覚めたのかと思ったんだよ?」
え?!校長室での戦いを観てたのか?
「あれからもう2年も待ったのに、会いに来てくれないから。
私の事なんて忘れちゃったのかと思ってたんだ・・・けど・・・」
違うか・・・もしかして。
もしかして萌を救った二年前の話か?
「けど、今朝偶然出逢えた時に分かったよ。
ゆー君は覚えていてくれたんだって。
私に<君にはまだ解放を与えられない>からって言ってくれたもの」
そうなんだ、ごめんなさい・・・って。もう一人の俺が?
「まだ覚醒してはいないからと、ゆー君が教えてくれた。
だから力になってあげれないかもしれないと・・・断ってきたよね」
あ・・・いや。もう一人の俺はそうかもしれないけど。
「あの、ランさん。
もう一人の俺は駄目かも知れないけど、此処に居る俺は力になりますよ」
確かにもう一人の俺は勇者剣士かも知れないけど、俺だって魔法士を仲間にしているんだ。
並みのドアクダーになんて負けちゃぁいないんだから。
闘いに自信はある。
俺が闘うんじゃないけど、雪華さんや戻って来るアリシアだったら間違いなく勝てると思うんだ。
「私の知るゆー君でなければ安心できない。
今のあなたからは何の異能も感じられないわ」
そ、そう言われたらそうですけどね。
元々俺に異能が有る訳じゃないから・・・でも。
「ですけど!ゆー兄ぃは何度もアタシを救ってくれたんです」
俺が何も言い返さなかったら、萌が言ったんだ。
「ゆー兄ぃは困ってる人や立場の弱い人をほってはおけないお節介野郎です!
自分がどれだけ傷ついたってメゲナイ損な奴です!
でも、アタシはゆー兄ぃを信じていますから、きっと勝つって!」
本気でそう言ったのかは萌にしか分からないだろうけど、嵐さんへ教えるのには効果があったみたいだ。
「あなたは?ゆー君の何?
勇者剣士に纏わる者だとでも云うのかしら?」
萌を見る嵐さんの瞳が妖しく光った。
「教えなさいよ、ゆー君の恋人とでも云うのかしら?!」
鳶色の瞳が萌を見据えている。誤魔化すのなら容赦しないと言わんばかりに。
「ふっ・・・ふふふッ!聴いて驚きなさい、アタシは妹よ」
おお・・・いつになくサマになってるぞ萌。
「い、妹ぉ~っ?ですってぇ~ッ?!」
嵐さんが当てが外れたのか、ずっこける。
で。俺と萌を見比べるとこう言ったよ。
「似てなくて良かったじゃないの」
・・・ほっといてください。
「ゆー兄ぃはね、京香お姉さんとあなたの助けになるとも言ったんだよ。
二人の友を想う気持ちを知って、護りたいと言ってるの!」
そう、確かにそう思ってる。
萌には俺の考えがお見通しみたいだ。
「だから!アタシ達も闘うと言ってるの。
いいえ、ゆー兄ぃが闘うと言ったのよ!」
だぁかぁらぁ~、俺だけに絞るのは辞めろよ萌。
瞳を見開いていた嵐さんが、萌の言葉にやっと頷いてくれた。
「足手纏いにならないでね。
私の異能に巻き込まれたって知らないわよ」
ランさんは妖しく光る瞳で俺達を観た。
「旋風の嵐になるのは現界では初めてだから・・・」
と・・・思ったけど、瞳は違う場所を睨んでいたみたいだ。
ランさんが見据えているのは建物の影。
陰・・・いいや違う!
「お出でなすったわね!」
萌も気付いた。
「野良君!」
魔法士雪華も・・・
「ラン?!」
京香先輩だけは分からないようだ。
「京香先輩は下がってください!敵が現れました」
逃げろとは言わない。いいや、逃げたって無駄だと思ったんだ。
「京香・・・見ないで。私が本当の姿に成るのを・・・」
嵐さんが頼んで来たのを、京香先輩は受け入れる。
視線を嵐さんから外し、目を瞑って応じたんだ。
それが今出来る、友への信頼の証だとでもいうように。
「ありがとう・・・京香」
謝意を告げた嵐さんが、異能を解放する・・・
「古の力よ・・・私をあるべき姿に変えて!」
陰に向けて発動する・・・旋風の異能。
俺の目に飛び込んで来たのは嵐さんに纏わり着く黄金色の尻尾。
二尾の尻尾が嵐さんを隠し、姿を変えていったんだ。
現れるのは古から引き継いだ異能の姿。
異形ではないけど、俺には見慣れた少女と同じように感じたんだ。
狐色の二本の尻尾を揺らせ、耳が狐耳に成る。
着ていた旧制服が掻き消え、しなやかな少女の躰が躍る。
揺蕩う尻尾が巻き付き、少女に装束を纏わせる。
古式由来の衣装・・・白に紫の袴姿。
頭に冠するのは烏帽子だろうか?
昔の白拍子にも似た装束を纏い、<旋風の嵐>が現界したんだ。
「嵐さん・・・」
瞬きなんてしてられなかったよ。
驚く程の異能を感じていたから。
「ゆー兄ぃのエッチ」
萌・・・言いがかりだ(確かに眼を逸らさなかったけど)。
今や<旋風の嵐>と化した異能の少女の前に陰が伸びて来る。
そいつは間違いなく俺達を標的にしていやがるようだ。
「どうやら・・・現界では闘う気はないようね」
陰に潜む者は姿を現さない。
唯、影を俺達へと伸ばして迫り来るだけだ。
「野良君!結界を貼られてしまうわ!」
雪華さんの瞳が蒼から赤へと変わり始めていた。
「その前に命じて!もう一人の私に成るように!」
最早戦闘に撒き込まれるのは間違いない。
結界に封じられたら命じられる暇もないかもしれないと、雪華さんが迫ったんだ。
「よし分ったよ雪華さん。いいや、氷結のセッカ!
俺達を襲う奴から護れ!襲いかかる闇を封じるんだ!」
「承りました、主よ!」
雪華さんの声がセッカに変わる。
命じられた臣下が本来の姿へと代わっていく。
氷の異能を身に宿すセッカへと変身したんだ。
「氷結のセッカ、主の命に奉らん!」
薙刀を小脇に抱えた蒼髪の少女が俺の前に立った。
妖狐と雪女か・・・まるで妖怪戦争だな。
だとしたら、相手は?
影は俺達を飲み込むと世界を変えやがった。
陰は形を変え、異世界を創り出す。
今迄いた現実世界とは全く違う・・・闇の世界へと。
「こいつは・・・今迄出逢ったドアクターとは違うんじゃないのか?」
結界がこれ程までに大きいなんて。
まるで本当に異世界に飛ばされちまったようだぜ?
「主・・・気を付けられよ」
セッカも危険を察知したみたいだ。
「こ奴は並みの異能者ではなさそうだ」
言われなくても判ってる・・・この結界を観たらさ。
危険が身に迫ったのを知った俺達。
相手の姿は未だに現れないけど。
でも、こうなったからには闘うしか方法が無いのも判ってる。
でも・・・
アイツがこの場に居ないのが心配の種だったんだ。
「アリシア・・・早く戻れよ」
機動ポットを取りに帰したニャン子を待っていたんだ。
あの大人になった機動少女が現れるのを・・・さ。
ガチャガチャ!
ドアには鍵がかかっていた。
慌てふためく影が、玄関の前で叫んだのです。
「しまったニャぁッ!鍵を貰うのを忘れてたニャぁ~~~ッ!」
・・・なんだと?!
戦闘が始まろうとしています。
しているというのに・・・アホニャンは?!
まぁ、今回は嵐さんに頑張って貰うしかないようです。
次回 嵐の夜 その2
敵ドアクダーは手強い?だったら奴を呼ばねばならないみたいですねぇ?




