妖(あやかし)の少女 その2
俺達の前に姿を晒したのは・・・
今朝であったという娘・・・で、良いのかな?
(俺は覚えていないんだよなぁ)
振り返った俺へ呼びかけて来たんだ、紅いリボンを結った子が。
年の頃は俺達と同じくらいに観える。
鳶色の瞳と茶髪が眼を惹く、可愛い感じの子だけど。
「ゆー君・・・だよね?」
この子が今朝出会った子なのだろうか。
初対面の俺を気安く徒名で呼びかけて来るんだ。
「えっと・・・俺を知っているのか?」
「・・・ゆー君」
俯き加減の子に質してみたんだけど、問いかけ方が悪かったのかな?
徒名を繰り返して来るだけなんだ。
突然俺の前に現れた女の子に、みんなが注目している。
「ゆー兄ぃの幼馴染?」
徒名で呼ぶ女の子に萌が訊ねるのだが、俯いた少女は意に介さないみたいだ。
「今朝の人ですよね、野良君に話があるんじゃないの?」
雪華さんは自分が話し始めた手前もあり、今見つけたのも手伝って事態の収取を図ろうとしているようだ。
でも、それでも女の子は俺の徒名以外口にする事は無かった。
「ゆー君・・・また逢おうね」
俯き加減で一言残すと、少女はくるりと踵を返し・・・
フワッ
何か茶色いふさふさのモノに包まれたかと思ったら、突然姿が消えてしまったんだ。
「えっ?!あれ?」
萌が瞬きして消えた少女を追い求めたんだが、もうどこにも姿は見えやしなかったんだ。
「嘘でしょ?ここって屋上だよね?」
一緒に観ていた春香さんが聞いているんだが。
確かめる必要もない、間違いなくここは4階建て校舎の屋上だ。
もしも飛び下りたのなら助かりっこない。
おまけに屋上の出入り口は俺達の側にあるんだ。
彼女が階段に向かうのなら、俺達の前を横切らなきゃならない筈だ。
現れたのも不思議。
どこかに隠れるような場所もないのに忽然と現れ、掻き消えるように姿を隠した。
俺は白昼夢にでもであったような気がしたんだ。
それに彼女は俺の小さな時の徒名を呼んでいた。
「まるで、幽霊にでも出くわしたかのようだな」
真昼間の屋上で?しかも皆の眼に映って?
「馬鹿な事言わないでよゆー兄ぃ。
皆が観ていて声も聞こえて、おまけに真昼間なのよ?」
萌が拒否するのは分かるけど。
「そうですよ野良君。二度も会ったんだから」
雪華さんがそう言うけど、俺は最初に会った事を覚えていないんだけど。
「うニャ・・・アルジのユージに関りがあるのは間違いないニャ」
独り、何事かを考えていたアリシアが言い切った。
言い切ったついでに秘密道具をポケットから取り出すと。
「アタシ達の眼が幻を捕えたニョかを確かめるニャ」
今の子が居た場所に秘密道具を向けるんだ。
「ポチっとニャ」
スイッチを入れると、
ウィイイィ~ン
秘密道具が紅い光を点けたんだ。
「やっぱりニャ・・・」
なにがやっぱりなんだよ?
「あの子は存在していないニャ、現世の者ではニャいニャぞ」
・・・へ?!
「って事は・・・ホント~に?」
萌が顔を蒼褪めて装置を持つアリシアに訊いたんだ。
「ゆー兄ぃの言った通りに・・・幽霊子?」
・・・おいおい?今は昼間だぜ?
「違うニャ。
装置が示したのは、あの子が時間を飛び越えた存在だという事ニャ」
・・・時間を飛び越える?タイムトラベラーって奴か?
「簡単に言えば、あの子は時間の概念を破る事が出来る。
どこかニョ時代から現世に現れることが出来る魔法士だということニャ」
なんだって?!時間を飛び越えられるってのか?
「そんな事が出来る魔法が存在するのかよ?」
「アタシも初めて観たニョだが、居たようニャ」
アリシアが尤もらしく言うから信じてしまいそうだ。
「時間の概念を覆せるって事は、過去から来たってことなの?」
小首を傾げてアリシアに問う萌。
良く分からないけど、萌の訊いた通りなのかな?
「そうとは断言できニャい。
アタシ達が居る時間から少しだけずれた世界に潜んでいるだけニャのかも知れニャい」
魔法士と判断したアリシアが、あの子が現れたのが自分の結界からだと言うんだけど。
「そうじゃないかも。
ウチの姉貴が着ていた制服と同じだと思う。
あの制服は4年前に廃止されているんだよ」
話を聴いていた春香さんが教えてくれたんだ。
「それに今の子なんだけど、どこかで観た気がするんだよ」
「え?!春香の知ってる人なの?」
萌が訊き質すと、
「うん、はっきりとは言えないけど、姉貴なら思い出せるかも知れない」
「春香のお姉さんって確か大学生だったよね?」
春香さんが頷いて、俺達に知らせてくれたんだ。
「今晩ならバイトに行っている筈だから。
バイト先の<びっくりモンキー>に行けば・・・・」
「なんだって?俺と同じバイト先かよ?!」
俺は大学生のバイトと訊いて、京香先輩を思い浮かべてしまったんだ。
「え?知らなかったんですか萌のお兄さん。
ウチの姉から良く訊いてますけど・・・萌のお兄さんの事を」
「あ・・・ははは。世間は狭いな」
これはもう京香先輩に間違いない。
「萌・・・今迄春香さんの名字を聴きそびれてたんだが?」
「そう言えば言ってなかったかな?大牧春香だよ」
・・・京香先輩も名札が大牧だった。
京香に春香・・・気付くのが遅すぎたか。
「あはは・・・先輩からなんて言われているのかが怖い」
「えっと、萌のお兄さんをトッポイボーヤって呼んでますけど?」
・・・そのまんまじゃねぇですか。目の前が白くなりそうですよ京香先輩。
「ニャるほど、春香たんのお姉さんが何か覚えてい居たら良いニョだが。
もしかすると、本当にタイムトラベラーニャニョかもしれないニャから」
アリシアが魔法士ではない可能性を示唆したんだが。
「待ってください皆さん。
もしもあの子がタイムトラベラーにしたって、なぜ野良君に逢いに来たのでしょう?」
「そうだな雪華さんの言う通りだよな」
俺に逢いに来たって言うのなら、なぜ初めに会った記憶が無いんだよ?
俺がリボンを拾ったって、みんなが言っていたじゃないか。
今朝の記憶が無いのは、どう説明できるんだ?
「もしかしたら、今朝手が触れた時に分かったんじゃないの?」
萌がブスッと呟いた。
「手が触れて初めてゆー兄ぃだと分かったとか」
「それだったとしても、何故記憶が無いんだよ?」
訊き返したらみんなが皆、押し黙っちまった。
「そもそも!ゆー兄ぃが覚えていないのが原因なんじゃない!」
と、萌が俺の所為にしやがった。
「まるで別人が目覚めて、彼女に手渡したみたいじゃないの!」
そう・・・俺は別の人格を有しているらしいのは、アリシアや雪華さんから聞いていた。
ドアクダーをぶった斬った時、俺の記憶にない人格が現れたんだそうだ。
「まさか・・・もう一人の俺に関わる女の子なのか?」
萌を見ながら言葉に出しちまった。
否定出来ない理由があるから。
みんなが俺の行動を観ていたのに、俺だけが記憶にない。
少女に紅いリボンを手渡したというのに、俺は記憶していない。
だったら気絶なんてしていない事になる・・・身体だけは。
「まさか・・・もう一人の俺に関わる女の子なのか?」
もう一度。
今度はみんなに向けて話したんだ。
今は釈然としない。
だけど、彼女が着ていた制服が教えてくれているのかもしれない。
いいや、彼女は自分が誰なのかを知らせていたのかもしれないんだ。
その答えは京香先輩が握っている気がしたんだ。
「京香先輩に話を聴こう」
彼女が誰で、何が目的なのか・・・
とても大切な<何か>を秘めている気がしたんだ。
なんとも不可解な少女ではありますね。
なぜ、ユージを目当てに現れたのか?
それには深い訳があるみたいで・・・
次回 妖の少女 その3
京香先輩は俺達に教えてくれた。俺に責任を取れって言いながら(ど~してですか?!)




