昼下がりの怪異 その2
萌を。
俺達を貶めようとする?
断じてほってはおけねぇぜ?!
目覚めは最悪だった。
ニャン子に叩き起こされたからじゃない。
萌のスマホが俺達の事を拡散していやがったからだ。
しかも、有りもしないデマを振り撒いていたんだぜ?
俺と萌が出来てる?
義理妹に俺が手を出しただと?
「殺されるだろ~が、親爺の奴に。
いいや、それ以前に萌に殴り殺されるわな・・・」
もしも、本当に萌に何か良からぬ事を俺がしたのなら、即座に死が訪れるだろう。
断言したって良い、それだけはごめん被る。
「誰よ、こんな馬鹿げた嘘を拡散したのは?!」
萌が怒りに震えてスマホ画面を操作している。
発信者を特定しようとしているらしいのだが、どうやら巧くいかなかったらしいな。
「この桜マークをアバターにしてるのって、誰よ?」
アドレスを観たって解かりかねるし、特定できないように仕組んであるモノだからな。
「絶対、学校関係者に間違いないわ。
ゆー兄ぃのクラスメイトか、若しくは・・・・」
自分のクラスメートの中に、それらしい子が居るのだろうか。
萌は急に黙り込んでしまった。
「ちょっと・・・ごめん、ゆー兄ぃ。
一人にしてくれないかな、画面を見られたくないから」
ポツリと言った萌の表情に翳りを感じてしまう。
思いついた相手が、萌の友達なのだろう。
「ああ、俺もバイト先に連絡入れなきゃいかんしな」
バイト先の先輩にメールを送る為に、自分の携帯を掴み上げた。
萌を家に送るとなると、今日のシフトは休まなきゃいけないだろうから。
「京香先輩に、頼んでおこう」
先ず店長へ急用があるのでと休みを申告し、上長の京香先輩にも同様に送っておく。
急にシフトに穴を開けるのは、俺にとっては初めてだった。
ピロン
送って数秒で返信が来た。
「早ッ?!・・・って、京香先輩からか」
大学生の京香先輩は、温厚な女性だから心配かけたかもしれない。
メール画面では案の定、俺に何かあったのかと問いかけて来てる。
「いえいえ、義理妹の萌を実家まで送り届けなきゃいけませんので・・・と」
京香先輩は萌を知っているから、そう返したんだ。
ピロン
再び京香先輩からだ。
「え?!噂は本当だったのか・・・だと?」
耳年魔かよ・・・先輩は。
件のSMSを読んだのだろうか?
俺と萌が危険な関係にあるとでも思い込んじゃったのか?
「違いますよ、俺が萌には弱いのを知ってるでしょう?・・・と」
速攻で否定メールを送ったら・・・
ピロン
「ははは、そうだよね~君には畏れ多い話だと思ったわ・・・だって」
分かってるのなら茶化したメールを送らないで貰いたいよ。
俺が独りで苦笑いをしている一方、萌は真剣な顔でスマホと向き合っていた。
まるでこれから喧嘩をしに行くような、険しい表情で・・・だ。
「分かった・・・行ってやるわよ!」
どうやらスマホでのやり取りは終わったようなのだが?
「行くって・・・どこへ?」
呟いた萌に、俺が訳を訊こうとしたんだ。
「ゆー兄ぃには関係ないよ。これはアタシの問題なんだから」
さっきの呟きが問題点なのなら、俺も被害者に入るだろ?
「そうとは言えんぞ萌。
さっきのSMSの発信者が相手なのなら、俺にも言わせてくれたって良いじゃないか」
萌独りで行かせても良いんだが、今日の俺は介入したくなっていたんだ。
「俺達の潔白を萌だけに言わせる訳にはいかんだろ?」
「そ、そうね。確かに独りで行っても空回りになるかも」
強く言ったつもりはなかったけど、萌は俺の意見を汲み取ったみたいだ。
「それじゃぁ、ゆー兄ぃ。
一緒に春香の待ってる公園まで行ってくれる?」
なに?春香さんだって?
「春香って・・・萌の親友じゃなかったのか?」
「もう、友達じゃなくなるのかも」
顔を逸らした萌が悲しそうに頷くのを、返す言葉を失って見てしまった。
親友だと思っていた子から受けた悪意の拡散。
単にそれが悪戯心の仕打ちなのか、それとも萌に恨みでもあるのか?
「まだ、話し合った訳じゃないんだから萌」
そうだろ?まだ、決めつける訳にはいかないじゃないか。
相手にも事情があるのかもしれないし、悪意があるとは決めつけられない。
「ううん、メールでやり取りしたんだけど。
春香はアタシに言いたい事があるらしくて・・・」
なんだと?
萌が文句を言うのなら分かるけど、拡散した相手が言いたい事があるのか?
だったら・・・決定的だな。
「やっぱり、俺はついて行くぞ。
春香さんにきっぱりと言わなきゃならねぇみたいだからな」
萌に何故こんな仕打ちをしたのかを問い、答え次第では唯では済まさない。
俺も話を聴いてジッとしていられなくなる。
「ゆー兄ぃは黙っていてよね、下手に話に加わったら拗れちゃうかもしれないでしょ?」
「う・・・そういうものか?」
と、萌に釘を刺されちゃう俺。
「だって・・・ゆー兄ぃが出しゃばると、春香がまた拡散しかねないから」
「なるほど・・・恋仲だと広められてしまうか」
何気なく言った俺の答えに、萌が少しだけ顔を赤くした気がする。
「ホント・・・アタシの気も知らないで・・・鈍感なんだからゆー兄ぃは」
ぼそぼそ呟いた萌の声は、俺には届かなかったよ。
「お出かけニャ?」
奥の部屋に籠っていたアリシアが、目ざとく訊いて来る。
「そう。アリシアは部屋で待っていてくれたら・・・」
萌がニャン子娘を同伴させるのを躊躇ったんだ。
「アタシも行くニャ。二人でどこかに出たら危ニャいニョ?」
昨日の今日だし、アリシアの言うのも判るが。
「春香と話を着けに行くだけだから」
異星人には関係がないと、萌が断わったら。
「そうニャか?でも、春香とかいう者は原住民じゃないかも知れニャいぞ?」
「はぁ?!春香が化け物の仲間だとでも?」
友達を化け物の仲間かも知れないと言われた萌が、ムッとしている。
「ふむ・・・昨日の今日だ。
もしかしたら・・・化けているかも知れないぞ萌?」
昨日、シザーハンズな土安が襲来したんだ。
なんでも、別人に化けることも可能だとか言ってたしな。
「春香が・・・別人?
もしかしたら・・・そうなのかも!」
親友が裏切った・・・でも、もしかしたらそれは別人が巻き起こしたかも。
萌の表情が揺らいでいる。
もしもアリシアの言う通り、春香さんがドアクダーに何かされていたのなら。
萌の親友じゃないとしたら?
「行ってみないと分からないけど。
もしもドアクダーだったら・・・どうしよう?」
春香さんに化けているのなら、アリシアを連れて行かないと危険だ。
俺達だけじゃぁ、昨日みたいに危機に貶められそうだ。
「決まったニャ。アタシも同伴するニャ」
「むぅ・・・そうした方が良いかな?」
止むを得ず、萌も同伴を認めた。
「もし、アリシアの言う通りなら。
アタシは友達を疑ってしまった?友達を信じられなかった?」
親友なのに怒りの対象にしてしまったのかと、萌が落ち込んでしまった。
「いいか、萌。
春香さんじゃなかったのなら、それはそれで良かったんだよ。
もしもドアクダーの陰謀なら、親友は無実の罪を拭えるんだから。
萌が春香さんを疑ったのは、全部悪党の仕組んだ事なんだからさ」
言葉足らずだけど、萌を励ます意味で言ってみたんだ。
「でも・・・アタシは親友を疑ったんだよ?」
「そう仕向けて来たのかも知れないだろ?」
そう・・・もしもドアクダー気が付いて応答して来ると読んでいたのなら。
気が付いた事がある。
こうもあっさり萌に特定出来るだろうか・・・と。
親友だった相手にバレてしまう嘘を、簡単に拡散するだろうかってね。
それりゃぁ、恨みが強ければやり兼ねないかもしれないけど。
もしも、これがドアクダーの作戦だとしたら?
萌が気付いて話し合いを求めるように、初めから仕組んでいたのなら?
昨日土安はこう言っていたっけ。
・・・萌を人質に獲るって。
「話を着けに行くのは萌だけの条件じゃ無かったのか?」
俺は念の為に確かめてみる。
「そう言ったじゃん、ゆー兄ぃが来るって言う前に」
なるほど・・・これは間違いないな。
「萌を人質に獲る為か・・・」
答えはこうだ。
ドアクダーは再び萌を人質にしようと目論んでいる。
だが、俺やアリシアが居たのでは実行が難しい。
どうしても萌だけを呼び出したかったのだろう。
「下手な小細工だぜ、全く」
結論を得た今、やることは一つだ。
「アリシア!機動少女の装備を着けて来てくれ」
「ニャ?どう言う事にゃ?」
察しが悪いぜニャン子。
「今度は相手も容赦してはくれないってことさ」
夢の中でも言われたんだよ、もう一人のお前に。
「ニャンと?!機動戦闘ニャか?!」
びっくりしたニャン子なアリシア。
「そうさアリシア。もう一人の機動少女の出番かも知れないんだ」
「ニャぁ?もう一人って、アタシはアタシニャが?」
察しが悪い・・・じゃぁ無くて。
機動少女に言われていたってか。
「まだ本当の自分に目覚めていないんだな、ニャン子は」
彼女が頼んでいたのを思い出したよ。
機動少女になれるニャン子に、真実を教えておくのを。
「アリシア・コウに言っておく。
俺の下僕になった機動少女アリシアには、違う自分が居るんだってね」
「んニャッ?!どういう意味ニャ?」
まだ分らんか?
「ニャン子なアリシアとはかけ離れた機動少女なアリシアが眠っているんだ」
「意味が掴めないニャが?」
小首を傾げるニャン子に、俺がはっきりと言い渡す。
「俺は主だろ?だったら良く聞いておけよアリシア。
俺が命じたら機動少女へと変身しろ。
俺が求めたら敵を倒せ。
機動システムを稼働させて、結界を貼って闘うんだ。
良いな、ユオンの設定は・・・
このノラ・ユージが決めるからな!」
以前はお好みでって言った。
だけど、今は俺が仕切ると言ってやったんだ。
「ウニャ?更に訳が分かんニャいが・・・・・」
アリシアには判っちゃいないんだろうけど、こっちは知ってしまってたんだからな。
<< ユオン >>のスペルの意味を。
アリシアは気付かなかったが、俺は目の端で観ていたんだ。
金の円環が、俺の言葉に反応して輝いたのを。
これで・・・正式な契約となったのか。
これで俺とアリシアは正式な主従関係となってしまったのかと感じたよ。
そう・・・もう一人のアリシアが言ったように。
「ニャンですニャか・・・アタシ。
アルジのユージが輝いて観えたニャが?」
そうかい?
それが正式の下僕たる者の見え方なんじゃないか?
これからはドアクダーと闘う事になるだろう。
もう一人のアリシアが現れるのは間違いない。
彼女はこれを望んでいたのだろうか?
機動の少女アリシアは、俺との契約を守ってくれるだろうか?
そして俺は逃げずに戦えるのだろうか?
保安官とやらが来るまで、守りきれるのだろうか?
俺の約束を果たす・・・その日まで。




