1.開始―7
成城の突拍子のない質問に、砂影は不思議そうな表情を成城へと向けた。
「どういう事……、いや、そうだね、確認すべきだったのかもしれない」
そう言った砂影は、成城のすぐ傍に置いてある純白の大きすぎない斧を視線で指して、
「……それ、君の武器じゃないんだね」
成城は首肯して応える。応えを確認すると、砂影は「彼女のは、」と高無を見るが、高無はこれは自分のだ、と応えた。
確認を終えた砂影は、成城に言う。
「……、俺の覚えている限り、持っていなかった。いや、出して来なかった、というべきか。攻撃はこの刀でしかしてこなかったよ」
「そうか……」
成城は砂影の持つ打刀が、何者かによって持ち去られた自身に支給された武器ではないか、と推測したが、今の話だけを聞くと、その目に傷を負った男の武器である可能性が高いと思えた。
(俺の武器は一体どこに行ったんだろうな)
思うが、今、考える必要はない、と話は変える。
武器の話をして、当然思い出す事がある。
そうだ、と成城が言う。
「この斧は、俺が道中で見つけた死体が持ってたモノなんだ。俺の武器は、目覚めた時には、なかった。空のスーツケースを見て絶望したよ。……俺の記憶が間違いなければ、その男は目に傷はなかったと思う」
続けて、高無が言う。
「あ、そうそう。そうなんですよ。砂影さんが来るまで、成城さんと一緒に、その死体の持ってるメモを確認しようって話を……」
高無の言葉に、砂影も成城も頷いた。
砂影が言う。
「だったら、そのメモを、確認しに行かないとな……。成城さん。その男はどこに?」
問われ、成城はこの街と反対側に向かう様に再度山を越えないといけないのだ、と説明をした。すると、
「だとしたら、これからってわけにはいかないだろう。日が沈む。ここに来て初めての夜だけど……視界が悪くなる分、敵の襲撃に気づきづらいだろう。昼間でも視界の悪かった木々が乱立する山なんて、尚更だ。……ここじゃなくても、どこかで、休んで明日に回した方が、良いと思うんだけど……どうかな?」
砂影が提案する。と、まず成城が応えた。
「そうだね。……高無さんは?」
成城に視線を向けられた高無は、一度、二人の顔を何かを確認するように一瞥し、頷いた。
「うん……、はい。それに、正直、疲れました」
当然だ。飼い犬が死んだら、一日中泣く。仕事ができない程に、学校に行けなくなる程に。そんな人間が、人間の形をした生物の無残な死を見た。殺し合いを見た。足場の悪い山を登りきって、降りた。極度の緊張の中に強制的に置かれた。疲弊しないわけがない。
その後、高無はシャワーができない事に不安を一度漏らしたが、それ以外には特に語らず、すぐに床に転がって床に着いた。それ程、疲れていたのだろう。寝ている間は緊張しなくて済む。僅かでも彼女の身体、精神面が休まれば良いが、と成城と砂影は思った。
高無が寝た。成城は高無を抱えてやると、部屋の隅の方へと起こさない様に抱えて移動させ、その後、囲炉裏の前で待っていた砂影の正面に腰を下ろした。
明かりはなく、真っ暗な室内だが、目が慣れているのか、僅かに差し込む月光だけでも相手の表情は十分に、互いとも確認出来ていた。
先に口を開いたのは、成城だった。
「声の音量は下げるよ」
言われるのは、わかっていた、と言わんばかりの砂影の表情を見て、成城は砂影は本当にすごい人間だな、と思った。
本題に入る。
「聞きたいだろうな、と思ってたけど、高無さんにそこまで付き合わせるのは酷だと思って、このタイミングを待ったよ。もし、勘違いでも、俺も砂影君の考えを参考にもしたいから、一応聞くね」
この言葉を聞いている間の砂影の表情は、やはり、分かっている、というモノ。それを見ていると、確認する必要なんてなかったのだな、と成城は自身に呆れた。
「……この現状、どう思う?」
当然の質問だ。
高無が寝るまでの間に、敵の話等をした時の状況から分かる様に、砂影の方が、成城よりも冷静に現状を分析できていて、敵を倒すという経験もしていて、事実、情報を持っている。
問われた砂影は、すぐに応えた。
「それは当然、考えたよね。成城さんもそうだと思うけど。きっと、高無さんも考えたと思う。……メモがある、武器が支給されてるって事を考えれば、この状況を作り出して、俺達と敵共をこの島に置いた、誰か……何者かが、いるはず。言っちゃえば、黒幕が」
ここまで、成城と同様の推測。当然だ。数少ない物的証拠と状況の判断から、まともな考えを持っていれば誰でも到達する考えだ。
問題は、そこから先である。
「じゃあ、わかってるとは思うけど、砂影君」
成城がそう言うと、砂影は頷く。
「……『理由』、だよね」
首肯。当然である。誰かがこの現状を作った。作ったという事は、目的があるはずだ。この殺し合いとも言い切れない謎の現状を作り出した理由が、必ず。
成城は砂影の考えを聴く。砂影は、一度の軽い咳払いの後、応えた。当然、言葉の頭には『推測ですけど』と付けた。
「……、敵を殲滅させるのが、目的として出ているから、きっと、B級映画の設定みたいになるけど、俺達の様子を監視して見て、愉悦している連中がいるとか、俺達の動きに金が絡んでいるとか……っていうのを、まず最初に缶考えた。けど、」
けど? と成城が眉を潜めると、砂影は頷いて、応えた。
「……得ることの出来るだけの情報から推測すると、俺の考えはそうなったけど、自分の考えながら……それは違う、と感じているよ」
「……俺もそう思う」
成城は漠然とした感覚だが、本心を返した。
砂影が言ったように、誰かがこの現状を監視していて、『楽しんでいる』のであれば、恐らく、成城が大悟に鎌を振り下ろされた瞬間、その監視者達は大いに沸いただろう、と思えた。そこまで連想できても、まだ、違う、と思える何かがある。
「本当に、言葉では説明しづらい、漠然とした感覚でしかないんだけど、きっと、楽しむ、愉悦する。悦に浸る、とか、そういうプラスで、言ってしまえば『遊び』って感覚は、ないと思うんだ」
砂影は言い切る。思う、と言葉にはしたが、確信を持っている力強い言葉だった。
成城はその力強い言葉を受けて、そうかもな、と推測し、自分の中での考えを僅かに前進させた。
「きっと、何か『重要な事』が起きてるんだと、行われているんだと、俺は思ってる……けど、やっぱり、推測の域から出る事は、今の所、ないね」
「そうだよね」
成城は頷く。
続いて、砂影が成城さんは? と問うが、成城は、
「いいや、俺は今、砂影君の言葉を聴いて、同じように考えを進めた所だし」
「そうかぁ……、うん。でも、明日、その既に死んでたっていう男の死体のメモから、何か分かるかもしれない。……、俺の持ってたメモによれば、味方は全員で一○人だ、との事。だとすれば、その死体が味方だとして、……、既に九人。一人、味方は減ってるんだね。挙句、俺に攻撃仕掛けてきた奴がいる。味方になるとは思えないね。余程のことがない限り。だとすれば、これから味方を集めるにしても、集めても俺達を含めて七人の団体にしかならない。対して敵は多くて二五匹存在する。圧倒的不利な状況。これを考えれば、さっきの話に戻るけど、やっぱり、真剣な何かが行われてると思うね。どう考えたって、人間の方が、敵より不利なんだから」
「確かに……、」
繋がった話に、成城はおぉ、と唸った。素直に感心した。
ここまで聴けば、後は、流れてしまった話を確認するだけだ。
「で、さっきの『続き』だけど、語ってくれないか?」
成城が言うと、砂影は分かっている、と言わんばかりに素早く頷いて返した。




