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6.最強の能力―1

 何に気付いたか。簡単な事だ。見ている光景の意味に、気付いたのだ。

 無数の触手の様なモノが伸びて、高梨の死体と霧崎の死体を完全に飲み込んでいる。その光景の、意味。

 橘と砂影、諸星がそれぞれの武器を振るって触手へと攻撃を試みるが、触手の一部を殺す事は出来ても、数が多すぎる。触手の動きは止まらず。

 その光景の意味を、橘達も、数歩下がって改めて見直した時点で、理解した。

「……死体を、喰ってるのか」

 成城が呟くと、その隣に立つ飯塚も神妙な面持ちで静かに頷いた。確かに、飯塚にもそう見えているのだろう。

 血液が不足していた。エネルギーが不足していた。細胞分裂を行えるだけのエネルギーがない。では、補わなければならない。どこから、死体から。

 つまり、あの宇宙人は、足りないエネルギーを死体から吸収し始めている、という事だ。

 止めなければならない。誰もがそう思ったが、誰も、近づけやしなかった。

 そうだ。これこそが、最強の宇宙人の、最強の能力である。

 ――捕食。

 女が、この宇宙人が、仲間を喰らっていたのは、今の様にただエネルギーを補充していたわけではない。そもそも、あの時はまだ、女は恐ろしい程のエネルギーを蓄えていたのだから、その必要等なかった。あの時、女は、『能力を喰っていた』のだ。

 捕食する事で、その獲物が持つ能力を自らに取り込む事の出来る、恐るべき能力。それが、最強の宇宙人が持つ、最強の能力だった。

 その事実に、皆が気付いた。

 閃光が迸っている。高梨と霧崎の身体を完全に捕食した宇宙人の身体は、再度人型に戻る様に触手を肉体の中へと戻し始めたのだが、その隙でさえ、誰も、近づけないのだ。

 稲妻が、迸る。稲妻が、纏われている。

 その光景を見て、誰もが、気付いた。当然だった。それこそは、たった今、捕食された、第五位。霧崎の能力なのだから。

「霧崎さんの能力を奪った……!?」

 橘が叫ぶ。

 高無を捕食したのは、単にエネルギー補充のためであり、霧崎の肉体も同様だったのだろう。だが、霧崎は能力を持っている。宇宙人の能力をだ。そのため、捕食と同時に、能力を完全に奪った。奪ってしまった。

「……ふ、こ、が、……ころ、」

 人の形を取り始めた宇宙人は、敵を近づかせないために全身に稲妻を迸らせながら、ゆっくりと立ち上がった。その容姿はあまりにも不完全で、とてもじゃないが人間とは言えない状態だった。形こそ最初の女に近づけようとしているのが分かったが、まだ、足りていないのだろう。

「二人の死体だけじゃ足りてないのか?」

 諸星がそれに気づいて呟くと、砂影も首肯した。

「そうみたいだ。あれだけの血液量があったんだ。人間二人程度じゃ完治できないんだろう」

 砂影の言葉の通りであった。宇宙人が、今、本来の蟷螂の様な姿に戻らずに、人間の形に納まろうとしているのは、あの巨大な姿を保つ事の出来るだけのエネルギーを補給できないからなのだ。人間大のサイズであれば、人間二人分でなんとか補えるのだろう。かといっても、既に死んだ二人。出血だってあり、人間を丸々呑み込めたというわけではない。人間大で、やっとなのだ。

 それに気付いた人間側の皆は、ここで、止めを刺さなければならない、と気付く。

 数え切れない程の無数の触手を体内へと吸収する様に完全にしまいきったその人間の形をした宇宙人は、所々肌が未完成で、一部では骨や内臓までもがむき出しの状態で留まっているが、どうやら、再生を終えた様だった。

 瞼のない剥き出しの右目と、なんとか完成した左目の両目がぎょろりと動いて、生き残りの人間を捉える。

 宇宙人が狙うは当然、敵の殲滅であるが、同時に、敵の捕食でもある。

 宇宙人の身体はまだまだ回復していない。今の状態であれば、仮にこのテストをクリアしても、今までの様にはいかないのが事実。外へと出れば当然、序列を付けられた能力持ちの人間に囲まれ、捉えられるか殺されてしまうだろう。それくらいは、宇宙人も理解している。

 故に、この宇宙人はこの場で、全員を殺し、捕食して回復せねばならない。

 全身に迸らせる稲妻にだって、エネルギーが必要だ。

 身体に残る体力を限界まで詰めて、なんとか敵を牽制している、のが現状尾であり、宇宙人はこの時、本当の意味での焦りをやっと感じ始めていた。挽回せねばならない、と生まれて初めて、窮地というモノを体験していた。

 焦っていた。焦燥を感じていた。

「お前等、全員喰ってやる」

 半分がむき出しになったままの口が不気味に蠢いて放たれた言葉は、それだった。稲妻は、止まらない。

 全員が、宇宙人を囲むように移動し、適度な距離を保ったまま、武器を構えていた。

 飯塚もまだ地雷を隠し持っているが、今はナイフを構えた。

 稲妻を纏い続けている。それは、宇宙人の狙い通り、人間に対する確かな牽制になっていた。武器づてだろうが、素手での攻撃だろうが、どちらにせよ、人間はあれに触れた瞬間、死ぬかどうかは別にせよ、感電し、最低でも隙を作るであろうし、最悪は死ぬ。

 むやみやたらに攻撃が出来るはずがなかった。

 宇宙人は恐ろしい形相で自身を囲む人間を見回す。そして、選定する。誰を、まず殺すか、だ。

 が、当然、その選択は容易く決まる。

 小型のナイフを構え、宇宙人の能力も持たない、一番最初に宇宙人を嘲るかの如く挑発をした、飯塚である。

 目が、合うと、飯塚も狙われた、と気付いた。

 だが、誰もがそうくると分かっていたし、誰もが、飯塚の持つ地雷の強さを知っている。宇宙人本来の姿の下半身を丸々吹き飛ばす程の威力を持っているのだ。

「……かかってきなさいよ」

 飯塚が敢えて、挑発をした。ナイフを構え、正対する。

 その挑発なくとも、宇宙人は飯塚へと向かう。先程までの素早さはなく、ゆっくりと歩いてくるようだった。揚句、その様子を見ていると、分かる。肉体がボロボロと崩れ落ちていて、血液も噴出させているのだ。

 宇宙人の、限界は近い。稲妻さえなければ、既に倒す事も出来ていただろう。

 憐れみは覚えなかった。だが、殺さねばならない、という状況、この理不尽な状況に改めて嫌悪感は抱いた。

 飯塚は、右手一本でナイフを構えていた。

 そして、左手に隠していた。

 諸星が、飯塚の前へと出て彼女を守る様に立つ。そして、その背後を、砂影が通り過ぎた。成城は彼等から見て横の位置に付いた。更に、砂影は通り過ぎた後、成城と反対の位置に付く。

 成城は宇宙人越しに砂影を見た。砂影も、宇宙人越しに成城を見た。そして二人とも、宇宙人の注目が諸星達、正面にしか向いていない事を確認した。

 その間に、動く。

 宇宙人は迸らせる稲妻によって人間が攻撃を出来ない、と思い込んでいる。

 だが、そうではない。

 宇宙人の後方へと、成城と砂影の視線は移った。そこには、橘がいる。武器である薙刀の刃を地面に突き刺して自立させ、空いた手に、里中が所持していた武器を構えて、立っていた。

 里中に与えられた武器は、五本。五本の、投げナイフだった。そんなモノを与えられていても、里中はナイフを投げる事なんてできなかったし、事実、使う機会は訪れなかった。が、今、橘がそれを使用する。

 宇宙人の背中はがら空きだった。問題は、迸る稲妻がナイフに対してどう反応をするか、だった。

 が、橘は左手に四本を残し、右手で一本を持ち、そして、それを、投げた。

 空気を切り裂かんとばかりに縦に高速で回転しながら一直線に宇宙人の背中へと向かったナイフは、稲妻に触れたと同時、そこで強烈な火花を散らせて、空気が爆発する様な音を立てた。

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