6.最強の能力
6.最強の能力
B級映画でよく見る光景だったかもしれない。少なくとも、砂影はそう思ったし、橘も似た様な、どこで見たかも覚えていない光景を照らし合わせるように思い出していた。諸星はそれに対して汚いな、という嫌悪感に近いモノを感じ取っていた。そして、顔に付着するそれを拭えるだけ拭った。
地雷は、確かに爆発した。蟷螂の様な下半身が思いっきり地雷の上に乗っかり、そして、宇宙人の下半身を激しく吹き飛ばした。その肉片やら血液やらが放射状に激しく吹き飛び、距離を取った砂影達もまとめて、緑色に染め上げた。辺りの建物も酷く装飾された状態である。
下半身を失った宇宙人は人間に『まだ』近い上半身を転がして、両手で地面を掴み、なんとかもがいていた。表情は虫に近い形でありながら、苦痛に歪んでいるのが見て分かった。下半身が吹き飛んだ位置から溢れんばかりの鮮血が漏れ出している。確かに見て、再生し始めている事も分かったが、皆、すぐに近づこうとはしなかった。
見て、思った。
当初の狙いは、達成したのだ、と。
血液がある以上、それを失えば動けなくなる。相手が宇宙人である以上、それが死に直結するとは言い切れないが、少なくとも、血液としての役割があり、その役割が肉体を動かしているはずなのだ。
これだけ流させてしまえば、流石に、誰もが、そう思った。
肉体の再生にだって、エネルギーが必要だ。だが、その再生すら、目に見えて遅くなっている。下半身をまるまる吹き飛ばされたのは大きなダメージになったのだろう。蟷螂の様な身体の形をしていた宇宙人は、比率でいえば、下半身の方が遥かに大きかった。だからこそ、だろう。
全員が息を呑んだ。これで大丈夫だと思いつつも、もしかすると、とも、思っていたからだった。
だが、そこまで来て、最後の最後、皆が頑張った分、『ずっと張り付いていた』、成城が動く。
成城はずっと、刀を突き刺し、宇宙人の巨躯に張り付いていた。今もなお、刃をその広すぎる背中に突き刺し、その身体の上に乗っていたままだった。
成城は片足だけ地面に下ろし、そして、再生仕掛けていた宇宙人の下半身の一部を、叩き切って、再度宇宙人を上半身だけへと、貶めた。
宇宙人の蜂を連想させる様な口元から、音とも言い切れない程の不気味な悲鳴が上がり、村全体に響き渡った。
そして、最後に、宇宙人の首を、叩き切って、そして、成城はやっと、両足を地面に戻し、皆の下へと戻ったのだった。
首を失い、下半身を失った宇宙人の身体は、まるで、踏み抜かれてもなお、生きようともがくゴキブリの如く奇妙な動きを見せていたが、暫くすると、そこで動かなくなっていた。成城が皆の下へと戻った頃には、身体が痙攣している程度に、落ち着いていた。
腕が痛かった。動き回る宇宙人の背中に刀を突き刺し、刀を掴み続けるのも、普通の人間では間違いなくできなかった技だ。それだけの筋力を使用し続けていたのだ。地味な動きだとは本人も思っていたが、それだけの活躍をしていたのだ。
「……終わった?」
飯塚が、すぐに駆け寄ってきて、成城に問うた。
飯塚がいたからこそ、ここまでできた。武器である地雷を、自ら触れただけで人間であれば粉砕して消滅してしまうのかと思う程の宇宙人の足元へと進入して設置し、なんとか逃げ切った。
飯塚を見て、成城は素直にすごいな、と感心していた。自分とは違い、宇宙人の能力も持たない彼女が、結果、宇宙人に致命傷を負わせたのだ。
「はは……。多分、ね。あれでもう一回戦い始めたらもうどうしたもんか」
苦笑し、困ったように成城はそう返した。返して、ふと横を見ると、諸星も砂影もゆっくりと近寄ってきていた。二人共、宇宙人の血と肉片を浴びて酷い有様だった。再度視線を戻してみると、飯塚も酷い有様だった。
「出血多量で宇宙人も動かなくなるんだ」
そう言って嘆息したのは、橘だった。橘の有様も同様である。成城以外は、皆、酷く緑色に染まっていた。
そんなそれぞれの姿を見て、思わず、成城は笑った。小さく、だが、笑った。終わったのだ、という安心感が自然と笑みを浮かばせていた。それを見て、連鎖するように、橘も笑ったし、砂影も笑い、そして、諸星も笑った。
何もおかしくはなかった。ただ、全てが終わった、無事に生き残れたのだ、という安心感がこのメンバーを笑わせていた。
「なぁにが歴代テスト最強だ。能力を持たない人間にすら攻撃を受けてるじゃないか」
ゲーム参加者の多くは、この結果に不服を申し立てていた。
歴代テストの宇宙人側参加者もとい被験者の中で、最強の宇宙人を投入したという話や、人間側も今までとは少し趣旨の違う特殊な人間を投入した、と散々煽られていたのだ。この結果には、当然不満があった。多くの人間が砂影に賭けていたが、それ以上に人間の全滅に賭けている者も多かった。誰もが、それだけ強い宇宙人がいれば、人間に勝てるはずがない。そう考えていた。挙句、途中で第三位という格付けをされた霧崎が殺され、それよりも前に第五位である東雲が戦闘不能にされていた。その場は盛り上がったが、この様である。
皆が苛立っていた。何が歴代最強だ、とぶつくさと文句を吐いていた。人間側の誰かに賭けていた分で多少のマイナスで済んでいるモノもいるが、大損をしている者も多かった。
ただ一人、砂影への掛金と、成城への掛金が参加者の中で最大にしていて、宇宙人側に一切賭けなかった若い男だけが、一人大勝利をしている所で、
その若い男は周りの年寄り連中から文句を垂れ流されている所だった。酷い有様だった。
テレビの前で偉そうに大衆に対して演説をする者までもが、その若い男に対して罵声を浴びせていた。
だが、足を組んで高級なソファに腰を落ち着かせ、腕を組んだまま、若い男は、ただ、口角を不気味に釣り上げて笑っていた。罵声等、戯言だ、と言わんばかりにだ。
実際、それでも笑っていられるだけの金額を手にした事にはなっているが、そうではなかった。
若い男は、ただ、言う。
「お前達は普段何を見てるんだ? 目先の金だけだろう。命のやり取りなんてした事ないんだろうな。ツテと生まれと金の力で生きてきた挙句それを流用して大勢の上に立ち、その大勢から金を巻き上げてその大勢の誰よりも裕福な生活をしている耄碌した老耄共はな」
その若い男の声は、鶴の一声となった。
誰もが、一瞬で押し黙った。
だが、当然、反発する者もいる――のだが、それよりも前に、若い男は、不気味に笑んだまま、続けた。
「俺は絶対に負けねぇけどよぉ。……まだ、終わってねぇから。よく見てみろ。あれが生きる力だ。……宇宙人のな」
その若い男の言葉に、全員の視線は一瞬でモニターへと移動した。
そこに映し出されていたのは、
「……おい。オイッ!! なんだアレ!!」
一番最初に『それ』に気付いた諸星が怒声を上げた。と、同時駆け出した。その様子に反応して、成城、砂影、橘、飯塚も視線をそちらへと向けた。そして、見て、絶句した。
見えたのは、首を失い、下半身を失った宇宙人の身体のあちこちから何か、触手の様なモノが数え切れない程無数に伸び、離れた位置に転がっていた高無と、霧崎の死体にまとわりついている、その光景だった。
これは、この最強の宇宙人の本来の能力であるが、誰も、この光景だけでは、そこまで理解する事ができなかった。
「何がどうなってやがるっ!!」
砂影も刀を手に飛び出し、橘も薙刀を構えて飛び出した。
成城は、飯塚と共にその場に踏みとどまり、全貌を見た。そして、言葉を失う。
気付いたのだ。




