5.強敵―12
予想外。だが、分かっていた事だった。二つ以上の能力を既に敵は見せているのだ。つまり、もう一つ、それ以上の能力がある可能性なんて、いくらでもあった。
人間を鷲掴みにできるほどの掌が開かれ、そして、その中心が、煌々と輝きを放つ。
その光景から諸星は、あの時見た、巨大で、図太いビームを放つ敵を、思い出した。だからこそ、攻撃は即座に諦めて、横に跳んだ。その直後、そこを、その場を、その空間を、消し去ってしまう程の、巨大なビームが、そこを通り過ぎた。空気が爆発する轟音が鳴った。横に跳んで直撃を避けた諸星だったが、それが放たれた衝撃だけで、大きく吹き飛ばされ、着地と同時に地面を数メートル転がされ、近くの建物の壁にぶつかってやっと止まった。
ビームが放たれた方向にあった崩壊寸前だった家は、今のビームによってえ大部分を失い、一気に倒壊し、激しく砂塵を巻き上げた。家が崩れる音が鳴るが、大部分が消滅したため、対して音は続かなかった。
冷や汗が吹き出し、一瞬で呼吸が止まったかと思った。胸を締め付ける様な苦しさが急に襲ってきて、諸星に、死の直前、という体験できない体験を今の一撃で、押し付けた。
「あっぶねぇ!!」
全身を打ち付けて身体のあちこちが痛む中、起き上がった諸星は思わずそう叫んだ。
「こっちだ馬鹿!!」
今の状態の諸星に宇宙人の注意を引きつけたままではまずいと判断したのだろう。ただの人間である橘が、薙刀を掲げて、そう叫び声を上げた。その叫びに反応する様に、宇宙人は八本の足で旋回し、そして、橘の立つ方向へと振り返った。
その間もまだ、宇宙人は背中に走る痛みを感じていたが、致命傷には至らない、とまだ、敢えて放置していた。
攻め倦ねてはいない。だが、隙が、少ない。
見える隙を縫う様に狙って攻撃を仕掛けなければならない。橘の叫びに反応して正対する所を見れば分かる。敵は、圧倒的な余裕を持っている。余裕がなければ、あの時、橘というただの人間は無視して、怯んでいた諸星に追撃を掛けて殺しているはずだ。
今、ビームを放ったのを、今、見せた様に、まだ、能力を隠し持っているのだろう。余裕が、ないはずがない。
人間は、やはり劣勢。それが覆らない事は、皆が理解していた。だが、諦めたわけではない。劣勢だからこそ、僅かな可能性を信じて、皆、それぞれ必死に動いている。
そして、今、人類側は二つの可能性を持っている。
一つは当然、飯塚がなんとか仕掛けた地雷。地雷は未だ、宇宙人の八本の足の中に、ある。うまく動けば間違いなくいずれかの足で踏み抜く位置にある。皆、それぞれ、宇宙人を誘導する様に狙い、動く。
そして、宇宙人が橘に正対した時点で、戦場に復帰する影がある。
「おぉおおおおおおおおおおお!!」
誰も、接近するまで気付けなかったのは、当人が味方すら欺くその能力を使用していたからだ。皆、思っていた。もしかしたら、先の一撃で死んでしまったかもしれない、と。
だが、生きていた。生きていて、しっかりと、地雷の設置まで確認していた。
だからこそ、的確に動く事が出来る。
砂影が現れた。彼は滑り込む様に宇宙人の足の下へと潜り込み、八つある足の内二つを日本刀で斬り付け、地雷を上手く躱し、そして、通り抜ける様に宇宙人の足元から、抜け切った。まるで吹き抜ける風のように滑らか且つ素早い動きだったそれに、宇宙人は反応しきれなかった。宇宙人自身も同様の能力を持っていて、気づいてしまえば気付くのだが、橘達に集中していたが故、気付くのは斬られてからになってしまった。
二本の足が、断ち切られた事により、宇宙人の身体は大きくバランスを崩した。橘へと迫る足も、当然止まった。巨躯がぐらりと揺れ、そして、一気に体勢を低く、落とした。
その瞬間、誰もが、地雷へと落ちろ、と思った。
だが、残り六本の足で、宇宙人は地雷に触れる寸前で、踏みとどまった。
「ちっ、」
立ち上がったばかりの諸星もその光景を見て思わず舌打ちした。そして、更に危機感を抱く。
砂影の奇襲によって断ち切られた二本の足が、既に、再生しようとしていたのだ。植物の成長映像の早送りのように、切断面から吹き出す鮮血と共に、足がゆっくりとだが、伸び始めているその光景を見た。
驚異的な再生能力。
宇宙人がある程度、人間以上の肉体の治癒能力を持っているのは分かっていたが、これは、早すぎた。
誰もが、判断した。
追撃をかけなければダメだ、と。
動くのは、諸星と、砂影。橘は、敵をこれ以上動かさないために、引き付ける役割を選ぶ。
橘は宇宙人の注意を引くため、薙刀を構えた。今の砂影の攻撃を見て、わかった。場所さえ選べば、なのか、方法なのか、威力、なのかはわからないが、宇宙人は、斬れないという事はない。
宇宙人を見上げる。振り返ろうとしていたのだろうか。その一瞬では、宇宙人は視線を橘へと下ろしていなかった。
だからこそ、橘は一気に接近し、そして、薙刀を突き上げた。
リーチの長い薙刀だからこそ、この攻撃ができた。
蟷螂の様な身体をしているその宇宙人の腹部前面に、刃が浅かったが、突き刺さった。そこから緑の蛍光色の血液が吹き出し、橘に上から降りかかる。その血液によって視界を奪われかける橘だったが、目は開いたままだった。
見上げていた。宇宙人は、見下ろしていた。
宇宙人の視線を引きつけた。そうなれば当然、宇宙人は足元の、つまりは一番近くにいる敵である橘を、狙う。つまり、動かない。
その間に、諸星が、宇宙人の足元へと進入し、同時、砂影も刀を両手で構え、走り抜ける。
橘は、二人を信じるしかなかった。ここで動いても、素早すぎる宇宙人の攻撃を避ける事はできなかった。だからこそ、信じるしかなかった。
間に合え、そう願う。
諸星は地雷を跨ぐように立つ、と、そこは腹部の真下に位置する。そのまま、全力を込めて、長棍を突き上げた。確かな感触が諸星の手に伝わる。突き上げられてた宇宙人の腹部はぐにゃりとひしゃげるように変形し、そして、確実に、宇宙人にダメージを与えた。動きが一瞬でも怯んだのが、その証拠だった。同時、砂影が走る。砂影は刀を振るい、何度も振るい、回復しつつあった二本の足と、更に追加で一本の足をぶった斬り、そして、
「離れろ!!」
叫び、駆け抜けて宇宙人から離れた。
叫びと同時、諸星もすぐに宇宙人の腹部から離れ、諸星の一撃で宇宙人が怯んだ隙も使って、橘も完全に距離を取った。
そして、宇宙人の数を減らされた足は完全にバランスを崩し、そして、そのまま、地雷の上へと落ちてゆく。
そして――爆発。




