5.強敵―11
状況は元に戻った。正確にいえば高無を失い、霧崎を失い、人間側は二人、減っているのだが。
皆、警戒を怠るわけにはいかなかった。
宇宙人の動きの速度は恐ろしく早く、挙句、触れただけで身体の一部を持っていかれる様な状況だ。武器による防御も可能だが、力で押し負けてしまう。
残る人間、成城、砂影、諸星、橘、飯塚の五名は、それぞれ距離を取った時点で視界をなんとか取り戻した。宇宙人を見る。宇宙人は、先の霧崎の攻撃等意味はないと言わんばかりに何事もなかったかの如く、そこに鎮座している。
再度思う。どうやって倒せというのだ、と。
電撃は効かない。落雷程の恐ろしい程の電圧でさえ、あの巨躯は流さない。刀による斬撃も効かない。それどころか、力で押し負けてしまう。
どうするか。
だが、今、まだ手はある。
落雷がダメでも、他の手を打つという選択肢くらいは、人類にまだ残されている。
だからこそ、今、皆は飯塚の動きを宇宙人に悟られない様に、と動く事を決意した。その理由は簡単。飯塚の武器に存在する。
飯塚の持つ武器、それは、地雷。
飯塚自身はそれが何か、最初は理解していなかったが、皆で話を、現状確認をした際にそれが地雷だと発覚した。
皆の期待はその武器に集まる。飯塚は敢えて、先に秘匿に拾っておいた高無の持つ武器であるナイフを構え、カモフラージュをしておく。
だが、今、橘に成城がついている状態で、宇宙人が、数を減らす、と考えている以上、次に狙われるのは、ナイフなんてリーチも殺傷能力もない武器を構える、挑発までしてきた女、飯塚となる。
宇宙人の身体がぐるりと奇妙な動きで旋回し、飯塚を正面に捉えた。
全員が戦慄した。当然、ナイフ程度では攻撃を防ぐ事すらできない。飯塚は窮地に陥ったと感じた。だが、仲間がいる。そしてその仲間達は皆、飯塚の隠し持つ武器に、期待を寄せている。
動きは素早い。諸星が即座に飯塚の前へと出た。長棍を構え、敵の攻撃に備える。だが、敵は八つの虫らしい足を恐ろしい程の速度で動かして、一気に飯塚達との距離を詰め始めた。体長五メートルもあるその存在が近づけば、自ずと体感してしまう。恐怖を。
故に、咄嗟の、反射的な判断を取らざるを得なかった。攻撃を防ぐ、という事はここでは得策にはならない。力の差から緊急回避程度にしかならない。だからこそ、諸星は飯塚を抱え、大きく横に飛んだ。そんな二人の頭上を巨大な腕が横に薙ぐ。風圧を感じつつ、なんとか攻撃を避ける事ができた諸星達はヘッドスライディングをする様に地面に頭から落ち、すぐに立ち上がろうとする。が、既に逆の手による攻撃が迫っていた。
「ッ!!」
先に起き上がる事のできた諸星が長棍を縦に、両手で構え、横薙ぎの長い腕による一閃を、真正面から受け止めた。事故、程度ではすまない衝突音が辺りに轟いた。付近のボロ建物が震えて崩れ落ちるのではと思う程の轟音だった。
同時、諸星は吹き飛んだ。一直線に、地に足をつける事なく真横に消し去る様に飛んで、先の砂影や成城と同様、その直線上の先にある建物の壁を突き破ってその中へと、舞い上がる砂塵の中へと消え去った。
八本の足が動き、敵が旋回し、そして、たった今立ち上がったばかりの飯塚を、見下ろした。既に、腕は出ていた。
だが、飯塚は、冷静だった。
左上から、落雷の如き速さで振り下ろされる攻撃を、ただ、上体を逸らすだけで、飯塚は容易く避けて見せた。
振り下ろされた宇宙人の右腕は、飯塚のすぐ脇といえる程近くの地面に突き刺さり、土を舞い上げて地面を穿った。
その光景には、誰もが驚いた。宇宙人でさえも、だ。
この時、飯塚は冷静に判断し、攻撃を見切り、上体を逸らした。だが、当然、飯塚の様な普通の、ただの人間の動きが宇宙人の全力の攻撃を避ける程早く動けるはずがない。だからこそ、攻撃を避けた後に、飯塚は焦った。
(危ない!! 危なかった……っ!! 今のはまぐれ、次はない……っ!!)
宇宙人ですら、驚いたその動き。飯塚は即座に下がった。と、同時、入れ替わる様に、宇宙人の正面には砂影が飛び込んだ。二本の刀を構え、叫ぶ。
「来い!! バケモン!」
砂影は叫んだ。敢えて、叫んだ。攻撃意思、やってやるぞ、という戦闘意思を見せたのは、当然、宇宙人の気を引くためだった。宇宙人の気が今の叫びと砂影の気迫によって砂影に向いたその瞬間、動くのは二人。まず、砂影の後ろに飛んだ飯塚だった。彼女はすぐに駆け出して、宇宙人の視界から外れようとした。
そしてもう一人は当然、成城だ。刀を構えたまま、彼は宇宙人の背後に回った。成城が宇宙人の後方にたったその瞬間も、宇宙人は砂影に集中していた。それが、人間の攻撃等不意打ちでも効かない、という余裕の現れなのか、それとも、まずは目の前の奴から殺すという体勢の現れなのかはわからなかった。だが、ともかく、可能性を信じる人間には、それは好機でしかない。例え、失敗する可能性があっても、信じて進む一歩でしかない。
成城が飛んだ。と、同時、宇宙人は砂影に向かって右腕を真上から振り下ろした。
砂影は敢えて、避けない。力で押し負ける事等、わかりきっている。だからこそ、敢えて、避けない。刀を頭上で構え、そして、その中心で一直線、真上から振り下ろされた攻撃を、受け止めた。轟音が鳴り、砂影の両腕、いや、全身に恐ろしい程の衝撃と重さが落ちる。
砂影の膝がその一撃に耐えられる曲がる。最大限に力を込めて、なんとか沈められない様にと耐えるが、まず、勝てない。いくら宇宙人の能力、力を手に入れたと言っても、最強の宇宙人には勝てないという事なのだろう。
そして、次の瞬間には、両の手で攻撃を防いでいる砂影の真横から、宇宙人の空いた手による真横からの一薙ぎが、砂影をその場から消し去った。
刀が一つしかなかった、なんて事は関係ない。実際に、一対一で戦闘すれば、この一撃だけで容易く決まってしまうという事だ。
だが、同時、宇宙人は大げさに旋回し、振り返った。が、その正面には、誰もいない。だが、宇宙人は確かに、感じている。背中に、痛みを。
飯塚は『その光景』を、見上げたと同時、宇宙人が背中を向けているという好機を狙って、宇宙人の足元に潜り込む様に、駆けた。
そして、宇宙人は、
「こっちだクソッタレ!!」
戦場に復帰した諸星を、宇宙人は視界に入れるため、旋回した。飯塚の周りを囲む八本の足が恐ろしい程の衝撃を地面に与えながら、動き、既に、宇宙人の足元に地雷を設置し終えた飯塚が、その場から飛び出すタイミングが、一瞬だが失われた。
宇宙人の動きが、諸星を正面に捉えたと同時、宇宙人の足は止まる。だが、すぐに動き出す。その一瞬の静止した瞬間を狙って、飯塚は宇宙人の足元から、飛び出した。
「ッ、」
その際、動き出した宇宙人の足の一本に肩がぶつかり、強烈な痛みを覚えたが、あくまで衝突による痛みだけで、裂傷等の外傷は作らなかった。
この瞬間、諸星は当然、飯塚の勇気ある行動を見ていた。そして、理解していた。地雷の設置が、完了している、と。
だからこそ、地雷を踏み抜く様に宇宙人を誘導するために、諸星は、敢えて、宇宙人の手がぎりぎりで届かないその距離を測って、速度まで選び、バックステップした。案の定、宇宙人が伸ばした手は諸星の着地した位置に後数センチ程度届かず、そして、
「ッ!?」
宇宙人は、ここに来て、本領を発揮する。
宇宙人は諸星の狙い通りに前進はせず、振って届かなかった手を、開き、そして、その掌を諸星へと向けた。




