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5.強敵―9


「くっ……いっつ……」

 女の姿をした宇宙人は、ゆっくりと、立ち上がろうとする。衣服がボロボロと斬られた事であちこち破け、切り裂かれ、その下の肌が露出している。肌まで、人間そのものだ。だが、切り裂かれた肌から吹き出す、漏れ出す鮮血はやはり、緑の蛍光色でどうしても、それを見てさえしまえば、この女性の形をしたモノは、人間ではなく、宇宙人なのだ、と実感できた。

 だからこそ、戦い(やり)易い。

 だからこそ、人間も、殺そうと戦意を保てている。

 正直な所、皆、相手が人間であれば、ここまで動けていなかった。人間を殺す、同じ種族を殺す、という事に抵抗を持たない人間は、少ない。砂影が清瀬を殺したのも、あれはあれで相当な覚悟を決めた上での事だった。

 見て、人間でないと分かっているからこそ、ここまで動ける。

 起き上がろうと地面に手を付け、上体を持ち上げたばかりの女の背中に、

「っが」

 薙刀の、先についている巨大な刃が、突き刺さる。刃は女の身体を貫くと、その鋒を地面へと埋めて、やっと静止した。

 緑の蛍光色の血液が彼女の身体を貫いたそこから薙刀の柄を伝い、地面に染み込んでいく。

 女型宇宙人は、動けない。口から鮮血を吹き出し、四つん這いの上体で、動きを止めた。視線すら動かさない。地面に固定したまま、時折腹を貫く薙刀の刃と、それを伝う自身の血液を、見た。

 ぎり、と橘は薙刀を持つ両の手に力を込める。女を逃がさないために捻るように時折動かし、地面と彼女の腹を抉る。その度、女の穴の空いた腹部と、口から緑の蛍光色の鮮血が吹き出した。

 勝てる、と確信してから、ここまでは順調だった。

 緑の蛍光色の血液。問題は色ではない。血液という存在が肉体に流れている以上、当然、それの限りが、存在するはずだ。傷をつければ血液が出る。と、すればその役割は人間のそれと同等だと考える事が出来る。宇宙人が食料補給によって肉体を構成させているモノを使用しているのかどうかまでの確認はできていないが、それでも、ある程度の推測は立つ。

 出血多量。狙うはこれだった。

 相手が宇宙人である以上、多少の傷はすぐに治る。致命傷でも、人間とは比べ物にならない速度の新陳代謝により、死が迫る速度に打ち勝ちさせすれば、回復してしまう。

 だが、その回復にだって、生物である以上はエネルギーが必要だ。その証拠に血液が流れている。一撃必殺を食らわす事が、現在の状況ではできない。そう、皆考えた。だからこそ、ちまちまとしているが、限界を持っているのだから、その限界まで削りきってやろう、という考えだった。

 既に、多くの血を流させた。人間であれば貧血状態に陥っていてもおかしくないし、場合によっては出血によるショック死だってありえる。

 だが、宇宙人は、まだ、生きている。

 そこに、近づいた砂影、成城、つまりは、刃の付いた武器を持つ二人が近づき、そして、突き刺した。砂影の二本の刃は彼女の足を固定するように、両の膝の裏に、突き刺し、当然貫通させた上で、地面へと鋒を沈めた。そして、成城の持つ刀は、首を、貫いた。それも、また、鋒が地面に突き刺さる程に深く刺し、貫通させた。

 そして、同時、砂影の持つ二本の刀と、成城の持つ一本の刀が、振り切られる。

 膝から下が、同時に断ち切られる。そして、首が、落ちる。

 無残な光景だった。三ヶ所の切断面から、緑の蛍光色の血液が、噴水の如く勢いよく噴出される。

 思わず、目を逸らしたくなる光景だった。

 砂影が一歩後退し、成城が足元に落ちた頭に刀を突き刺した所で、橘がやっと薙刀を引き抜いて自分の方へと引き寄せて戻すと、膝から下の足と頭部を失った身体が、ずさり、と、地面へとうつぶせのまま落ちた。

 血液の噴出は止まらない。その小さな肉体の中にどれだけ入っているのかと疑いたくなる程であった。

 既に三リットル以上の緑の蛍光色の血液が地面へと流れ出ていて、緑という不気味な血溜りがその身体の周りに出来始めていた。

 三リットルの血液。人間であれば、これだけ流せば例えその瞬間生きていても、死は確実だ、と言われる程の量だ。

 成城の刀がこめかみから反対側のこめかみまで貫いている女の頭部も、動きやしないし、身体も動かない。

 だが、まだ、全員、気は抜けなかった。このまま、吹き出す鮮血が、止まるまでは、油断はできないと思っていた。

 倒れた身体は痙攣こそするが、自立して動きやしない。バケモノらしく断ち切られた足が奇妙にも自立して動いて身体に戻るかとも予測したが、そうともならない。頭部もそうだ。だが、血液は勢いこそ衰えさせたが、まだ、止まらない。

 この異常な程の血液の量は、やはり、変身能力による違和感なのだ。もとより人間のサイズよりは巨大な宇宙人は、その肉体の分の血液を内包したまま、人間サイズに変身するのだ。なんらかの方法で圧縮でもされ、身体に詰め込まれていると考えるべきだ。

 頭部からの出血が終わるのは、当然肉体のそれよりも早かった。漏れ出す程度になった所で、成城もやっと刀を引き抜き、数歩下がった。だが、皆、まだ、その既に死体と言い切ってしまってもおかしくないその身体を囲んだ状態から、動かなかった。

 全員が、息を飲んでその光景を見守っていた。内数名は、これで、勝ったんだ、と言葉にはしないが、本当にそう思っていた。首を断ち切られ、両の足の膝から先を失った。通常であれば大騒ぎになる程の光景だった。が、今、皆は仲間内ですら会話を交わさずに、ただ、皆、じっとその死体を見つめた。

 日はほとんど沈んでいた。ふと辺りを見回せば暗くなっている事がわかった。そして、村が酷い状態にあるのだな、と改めて実感した。

 その時だった。


「ただ、殺す」


 声がした。全員が戦慄した。その声が、今、この場にいる人間の、誰のモノでもない、と全員がすぐに気付いたからだった。だが、その声には聞き覚えがある。それも、つい最近聴いたばかりの声だ。声の主が誰かなんて、すぐにわかった。

 全員の視線が、地面に転がる頭へと向いた。

 頭は、上を向いていた。木々の梢の先に僅かに見える暗い空を見上げていた。瞳孔は開ききっていなかった。驚く事に、その口から言葉は漏れていて、まだ、死んでいないと理解できてしまう。

 続けて、更に、女の口から言葉が漏れる。


「手段は選ばない」


 その言葉の次の瞬間には、『動いていた』。

 成城は思わず更に飛び退いた。砂影ももう二、三歩分は後退した。そして、霧崎も叫んだ。

「離れろ!」

 その女の宇宙人の台詞と、現在皆の視界の中一杯に写っているその光景は、圧倒的な恐怖を、人類に感じさせるのだった。

 女の身体はまるでスライムのようにぐにゃりと関節や骨等無視すると言わんばかりに奇妙に動き出し、そして、それが、『増え始める』。単純に、巨大化した。細胞分裂を繰り返す人間の身体と仕組みは似ているようだったが、まず、規模が違う。

 そんなに存在したか、と思う程の肉が集まり始め、そして、砂影にとっては、見覚えのある形へと、それは身体を潰したり伸ばしたりしながら、変じめた。

 砂影と、霧崎は知っている。これは、宇宙人本来の姿なのだ、と。

 だが、砂影が清瀬との戦闘の際に出くわした宇宙人よりも、そして、霧崎が今まで宇宙人と関わってきた、見たモノの誰よりも、この存在は、大きかった。

 見上げると、全長五メートルはあるのではないかと思う程のバケモノの姿が、気づけばそこにいる事になっていた。

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