5.強敵―8
諸星のあまりに素早く、力強い、宇宙人ですら追いつく事のできない動きには、女は、当然、素直すぎる程に驚愕した。
女は横に転がるようにして、振り下ろされた長棍の攻撃を避けた。諸星が振るった長棍はその先を思いっきり地面へと叩きつけ、僅かに跳ねた。そのまま追い打ちを、と諸星は横に引きずるように長棍を振るおうとしたが、その時には既に、女の姿は諸星の足元から、消え去ってしまっていた。
「瞬間移動だ!」
砂影が、叫んだ。
女が最初に姿を消した際に、砂影には完全にそれが見えていた。何故なら、最初に女が消えた際に使用した能力は、砂影が持つ幻影に近いモノだったからだ。どうやら、同じ能力同士では、効果が発揮できないモノだったらしい。だからこそ、初撃のスムーズな対応をする事ができたのだ。
だが、次からの移動は、砂影にも見えなくなった。それは何故か、簡単な事だ。砂影が理解できない。つまり、別の能力を使っている、という事だ。
相手は最強の敵だと言われる存在。つまり、他の宇宙人とは、何かが違うという事。では、何が違うのか。それに、砂影の声のおかげで、戦闘に混じりきれていない高無以外は、気付く事ができた。
――複数の能力を保持している。
という、特異。
今まで彼らの前へと出てきた宇宙人は皆、能力を使用しなかった連中を除き、皆、一つの能力しか使用してこなかった。だが、この女は、今のように隠してこそいるが、既に二つの能力を使用している。
この瞬間、理解した全員の警戒心が一気に高まった。
当然だ。二つ、とは複数。つまり、まだまだ、持っている場合があるのだ。
今の砂影の叫びは、高無の背後に出現し直した女にも、当然聞こえている。
女は、鋭い奴が人間にもいるものだ、と思いつつ、不敵に口角の片側だけを釣り上げて不気味に笑んだ。
手中には、高無。握っていたナイフを落とされ、そのまま、両手を後ろに回して抑え、当然、すぐに殺しはしない。
戦慄した。全員の動きが止まった。
このままいけば、もしかすると勝てるかもしれない、と思っていた全員の動きが止まった。
「一歩でも動いたらこの可愛い子ちゃん、死ぬよ?」
女は笑った。
全員、誰も、動きやしなかった。当然だ。ここに来て、一を捨て多くを取るなんて選択肢はない。皆、生き残れるならばそうするべきだ、という考えが根本にあり、更に、成城は誰一人として殺させやしないと決意を固めている。
が、これは同時に、好機である、と判断もする事が出来ていた。
(力に自信がある奴が、人質を取るなんて、焦ってる証拠だ。……宇宙人の能力を持ったのが俺、成城君、砂影君って三人もいて、何故かあの女の動きに反応して攻撃まで仕掛ける事の出来る諸星君もいるんだ。そりゃ、いくら最強でも、焦るよな。最強でも、歴代最強ってだけで、無敵じゃないんだからな。それに、なんだかんだ、)
霧崎は好機だと思っている。砂影も、飯塚も、そして、
(最初の飯塚さんの挑発が効いてるな。ただの勢いで放った言葉じゃなかったのか、なんて焦ってるんだろうな)
成城も思った。
だが、高無の危機である事には変わりない。全員が足を止めたのも、高無を助け出すつもりでいるからだ。
だが、捕まってしまった、高無はそうは思わない。
高無だって、皆で来るべきだ、という作戦を覚悟をした上で、ここまで、戦力にならないとわかった上で、皆と一緒に来たのだ。
自分は戦力にならないと分かっていた。だが、何かしらの、役に立つつもりでは、いた。つまり、覚悟をしてきていた。覚悟を持っていた。それは決して、自分の命を投げ出す覚悟ではない。だが、なんとしても、一歩踏み出す事の出来る役割を担う、というつもりだった。それに対して、命を投げ出す事には、なるかもしれない、と覚悟はしていた。
高無が人質として取られている。
まだ、女は高無を殺さない。視線を右往左往させて動けずにいる成城達の様子を伺っている。敵だって、成城達が作戦さえ立案できれば、すぐにでも行動を開始して高無を助けようとするのを、分かっている。だからこそ、敵こそ、成城達をどうやって倒すか、と考える。
実際、現状として、力で押し切る事は出来る、と女は考えていた。『最終手段』を使用するまでもない、と思っていた。だが、警戒は解けなかった。宇宙人の能力を持っている人間は、単体であればなんてことないが、三人は数が力になっていると考えた。挙句、諸星という不確定要素がある事も、彼女を悩ます要因となっていた。
が、どうせ、やる事は変わらない、と気づいてしまう。
(数を減らす、最終的に零にする。それだけだってね)
そうと決まれば、宇宙人は当然、高無を殺す。
だが、高無は、既に覚悟が決まっていた。
高無は、叫ぶ。
「やって!!」
同時、高無は、暴れた。宇宙人の腕から抜けてやろうと、暴れた。
まさか、このタイミングで暴れられると思わなかったのだろう。今までおとなしく捕まっていたのだから、尚更だ。宇宙人は高無を掴む手に、咄嗟に力を込めた。捕縛する事に集中しすぎたからである。この瞬間に、高無を殺していれば、よかった。だが、一瞬、遅れたのだ。
その一瞬の隙に、皆が動き出した。一番前に出たのは、やはり、謎の身体能力を持つ諸星だった。続いて霧崎が出て、橘、成城、高無と出た。
が、諸星が到達する前に、宇宙人の女は高無の首を片手で、握力の強い人間が林檎を握り潰すその光景のように、容易く握りつぶし、口から鼻から鮮血を吹き出し、顔が落ちるかと思う程に首が重力に負けて折れ、意識のなくなった高無の姿を投げ捨て――た、その時、諸星が宇宙人の目の前へと到達した。
この瞬間、宇宙人の女は咄嗟に判断を下す。誰が、一番殺しやすいか、と。
当然、目の前に一番に迫った謎の男は最後に後回しだ、と判断した。
そして、判断は容易く、恐ろしく早くくだされた。
当然だ。このメンバーの中には、一度、対峙した人間がいる。
(あの薙刀の女から、まずは)
狙われるは、橘。
だが、目の前に諸星が迫っている事も、忘れてはならない。この状況で、諸星は宇宙人の視線の動きさえ、見逃さなかった。
手を伸ばすと同時、叫ぶ。
「橘さんを守れッ!!」
誰に言ったわけでもない。ただ、誰かに伝わり、誰かが行動してくれれば十分だった。その言葉を聴いた全員が、すぐに動いた。成城と飯塚が、橘の前へと出た。そして、霧崎、砂影は宇宙人に迫る。
諸星のその叫びを聴いて、宇宙人の女は驚愕した。どうやって、察したのか、と思わず問いただしたくなる程だった。だが、諸星の強烈な右フックが頬に触れ、恐ろしい程の衝撃が宇宙人の顔を襲ったその瞬間、同時、視線を追われたのか、と気付く事ができ、それと同時に、やはり、この男が一番危険だ、と理解した。
再度、瞬間移動をして一度場を離れるべきか、と女は考えたが、その前に、諸星が切り返すように左から右へと思いっきり振るった長棍が、女の顔を逆側に振り切らせると言わんばかりに、揺らした。
「くかっ、」
女の口から緑の蛍光色の鮮血が吹き出す。ぶれて左を向かされた女の顔のすぐ目の前に、霧崎の拳が迫っていた。
アッパーが、叩き込まれる。
女の身体が紙くずのように容易く宙に浮き上がり、そして、地面へと落ちる所に、砂影の、二本の刀による、攻撃が叩き込まれ、その後やっと、宇宙人の女は地面へと背中から落ちる事が出来ていた。
緑の蛍光色の血が宙を舞った。振り切った砂影の二本の刀の両の刃にも、それは付着していて、振るい切ると、それが地面へと飛んだ。
勝てる。全員が、そう思った。




