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5.強敵―7


 当然、この場まで到達しても、霧崎の目的は当初より変わらない。この無慈悲なテストから、被験者を救い出す事だ。既に数人失ってしまったが、悔やむ事しかできやしない。前を、希望を見据える。

 正直なところ、霧崎も能力保持、というクリア条件には頭を抱えていた。どうすれば、皆に能力を確実に与える事が出来るか、と今まで必死に考えていた。が、当然そんなモノの応えは見つかりはしない。だが、ここに来て希望が見えてきた。

 まだ、可能性程度の話でしかない。だが、可能性ではある。

(もう敵の数は一匹だけだ。能力云々は今更どうしようもない。……倒すだけだ)

 霧崎達、いや、皆の覚悟は決まった。言わずとも、皆が現状の把握をしている。敵は残り一匹、その敵は恐ろしく強い。だが、味方は、沢山いるし、皆が、生き残ろうとしている。その意思は、恐ろしく固く、強い。

「皆だ、生き残りたい……、生き残ろう」

 成城が、不意に呟いた。

 だが、同時、霧崎、成城、砂影、諸星、それに、飯塚が、反応した。

 橘と、高無はそれに気づいて、遅れて反応する。

 敵が、来た。皆が、そう思った。

 全員立ち上がり、今度は何も言わずとも、全員が外へと向かった。外で敵を殺す。殺さなければ、どちらにせよ、東雲も死ぬ。

 霧崎、成城、砂影、諸星、飯塚、橘、高無。全員が武器を持った。構えた。何度も握り直して、その感触を確かめた。確かめつつ、そのまま、外へと向かった。

 玄関から外へとぞろぞろと飛び出すと、遠くに、影が見えた。

 この島に残る影なんて、限られている。

「お待たせ」

 そう艶めかしさを感じさせる声で得意げに言った女の影は、ゆっくりと、一歩一歩着実に踏みしめるように成城達へと近づいてくる。全員が、その光景を見て、息を呑んだ。

 女は皆から数メートル離れた位置で一度立ち止まり、そこで、不敵に笑んだ。得意げな笑み、自信に満ち溢れた笑み、であるが、やはり、その中には人間を完全に見下した宇宙人独特の笑みが、混ざって隠れて切れていない。それどころか、お前達等相手になるはずがない、と言わんばかりに、完全に見下している。

 人間側は全員、それを真正面から見て、受けて、強い不快感を抱く。不快感、見下されている事に対するそれと、それに入り混じる本物の恐怖が、心身にストレスという負荷を掛ける。

 苛立っていた。この女の形をした宇宙人が、佐伯達を殺した、という事実と、態度。

「待ってないからな」

 諸星が嘆息しつつ、苦笑しつつそう呟くように応えた。だが、相手には聞こえている。

「何よ? アンタ達、私殺さないと全員死ぬのよ? 待っててくれないと何も終わらないじゃない?」

 そう言って、女は村全域に広がる程の甲高い笑い声を上げた。本当に、おかしいと言わんばかりの大きな笑いだが、見た目通りの上品さが僅かに垣間見える。

 が、それに大して美しい等という感想を抱くモノはいない。

 上がった声は、飯塚から。

「あのさぁ。そのセリフ、全部こっちのだから」

 その、飯塚のあまりに肝の据わった言葉を聴いて、女の笑い声は思わず、止まった。笑いを止め、表情は硬いモノへと変えて、そして、飯塚だけを睨み、ただ、は? と声を漏らした。

 恐ろしい程の威圧感を感じた。ただ声を漏らしただけで、身が震える程の威圧感を女は放つ事ができた。

 だが、飯塚は怯まない。霧崎が、ただ度胸があるから、というだけで異常の範疇に入れたこの女は、全く、恐怖していないようである。

 相手がどんな存在なのかは、理解している。まだこのテストに参加して時間はそれ程経過していないが、それでも飯塚でも、理解をしている。だが、普段と全く変わらない様子で、飯塚は、ただ、女を見て、挙句、得意げに指を指して、突きつけるように、言う。

「は? じゃないから。見た目それでもそんな態度じゃモテないよ、私みたいに」そこで、あざとくも飯塚は笑い返してやり、そして、「言ってあげるよ。……お待たせ。皆で殺しに来て上げたよ」

 そう言って、最後には、飯塚が、優しく微笑んだ。

 その笑みは、まるで、小さい子供に大人が、向けるような、意図的に作られた、感情のこもり方が不安定な、笑みであった。

 だが、相手には、どうであろうとこう伝わる。嘲笑、と。

 女の顔が、曇ったのがわかった。不快感を顕にしていると見て分かる。

 今まで、宇宙人でさえ、この女には逆らえていなかったのだ。だが、目の前にいるただの、人間の女の一人が、ここまであざけ笑う態度を取るのだ。

 殺すが容易いと分かっているというのに、殺されるのが容易いと分かっているというのに、ここまで見下す態度を取れる人間を、女は今まで見た事がなかった。先に対峙したあの東雲でさえ、真摯に敵として対応してきた。

 女は思う。

(なんなの、この人間?)

 怒りが、身体の奥底から溢れてくる感覚を、この女の宇宙人は今、初めて実感していた。感情を、人間が感じるそれと良く似たモノを、初めて体感していた。だが、それに対する感心等はなく、ただ、その感情に身を任せて、目の前の人間を、殺そう、そう決意した。

 その次の瞬間には、気づけば、皆の視界から、女の姿が消えていた。

 その現実に驚愕したのは、成城、霧崎――だけだった。

 諸星は、反応していた。飯塚は、分かっていた。そして、砂影には、見えていた。

 ――同じ能力か。

 そう砂影は感じ取った。

 その瞬間には、動いていた。

 気づけば、女は、嘲笑うように笑む飯塚を殺そうと、その背後に出現していた。が、その隣には既に、砂影がいた。

 砂影の持つ二本の刀が、既に女の首を交差し、挟んでいた。

 この瞬間、女は、こう思う。

(この能力持ちがいるんだ。ま、いいけど)

 その次の瞬間には、女は、再度その場から姿を消した。

 この瞬間、この行動には、砂影は、驚愕した。見えなかった。

(なんだ……?)

 砂影はすぐに反応し、辺りを見回そうと首を回す。だが、今回のそれすら、諸星には見えていた。

「霧崎さん!!」

「あぁ!!」

 諸星が叫んだのは、霧崎の方向。霧崎が振り返えりつつ、想定し、攻撃を仕掛けると、そこに潜んでいた女の顔が、霧崎の電撃が迸る拳により、吹き飛ばされた。

 殴られた女は顔を大きくぶれさせるが、それでも、足はその場に留めているし、挙句、電撃の効果がないのか、すぐに顔を戻して、恐ろしい程の速さで右手を突き上げるように伸ばし、霧崎の首元を、掴み、彼を持ち上げた。

「ッあ!!」

 霧崎の表情が苦悶する。どう見ても霧崎の方が体重が重く、女は華奢で、互いに人間同士であれば間違いなく立場が逆だと思えるこの光景。霧崎の首にかかっている彼女の握力はそうとうなモノで、いくら霧崎が宇宙人の能力を手にしているからとは言っても、数秒も耐えられない程のモノだった。

 だが、仲間達がいる。

「おぉお!!」

 成城が両手で握った刀を横一閃に振るい、女に背後から斬りかかった。

 刃が女の腰に僅かにくい込む、が、くい込んだその瞬間には、女は再度消え、成城の刀は空振り、急に支えを失った霧崎が僅かに体勢を崩して地面に着地した。

 と、同時、飯塚が振り返り、成城が体勢を立て直して敵の位置を探し、砂影が敵を見つけたその瞬間には、女は、諸星の目の前にいた。

 が、しかし。

 女が伸ばした手を、いとも容易く払い除けた諸星はそのまま女の懐へと潜り込むように体勢を僅かに低くして、そこから、女の顎を砕かんとばかりのアッパーを打ち上げた。生身の攻撃だった。が、女はそれを上体を逸らしてからぶらせ、そのまま宙返りするように諸星の身体を蹴りあげようとするが、その足を、諸星は武器の長棍で、叩き落とし、宙返りしようとしていた女を仰向けに地面に落とし、そして、すぐに長棍を振り下ろした。

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