5.強敵―3
男達は顔を上げきる事が出来ない。皆、僅かに表情を俯かせて、微かに震えている。表情の変化という動きすら億劫になる程だというのか、顔の筋肉の動きでさえ機微なモノしかなかった。
女は手で美しく、且つスマートに口元を拭うと、男達に指示を出す。
「先に三人で人間に襲撃を掛けてきて。それで敵の戦力を測るから」
その言葉に、三人の目が更に開かれる。
ここに残っている三人は、知っている。人間の内の数人が、既に自分達と同じ能力を手に入れていて、我々を倒す事が出来る状態にあり、強敵と呼べる程に強くなっているのだと。そんな事実を知っていて、行け、と無下に言われる気持ちは、恐怖以外の何モノでもなかった。
当然、男達は逆らう事等できやしない。目の前の、人間の女の形をした宇宙人は、自分達よりも遥かに上の存在であるという事実は、覆る事はない。
三人は知っている。この女は、既に宇宙人の能力を奪った、挙句、既にテストからは抜け出している女を、瀕死の状態に陥らせたという事を。更に、東雲を瀕死状態にしたのも、敢えて、だという事が分かっている。
女は先に一人で山の中を探索していた。当然、見えた攻撃の軌跡を追ったのだ。女程の強さがあれば当然、人間側も『協力があれば』だが、最終日に近い日に投入する。この島に来たばかりの女は、様子を探っていた。見つけ次第人間を殺すつもりでもいた。
だが、様子を探っている内に、このテストが既に佳境に差し迫っている事を知った。そのタイミングで、成城を助けに向かった東雲とぶつかった。そのタイミングは、既に女は人間が集まっている事を知っている。だから、教えてやろうと考えた。
いつでも、狩る事は出来るのだぞ、と。
東雲を半殺しにし、瀕死の状態に陥らせた女は、本当に、狙ってそうしたのだ。殺してしまえば、人間という無駄な知性、起伏の激しい感情を持つ下等生物が、更に無駄な動きをしてしまい、つまらなくなると女は思ったのだろう。
敢えて、助ける事が出来るかも、と思わせる事で、敵を殺す事だけに集中させようと考えた。
(そうでないと、つまらないわよね……)
女は微笑む。目を細め、想像する。今まで喰らって来た人間共よりも、骨のある奴はいるのか、と想像する。
「東雲、少しだけ待っていてくれ」
そう言って霧崎は東雲を村の一角にあった作りがまともに見えた家に、寝かせた。反応は当然ないが、呼吸をしている事が分かり、まだ、少しでも時間があるという事を把握できただけでも、今の霧崎にとっては十二分に価値があると思える事実だった。
家の外へと出た霧崎は、待っていた皆を見渡し、選び、頼む。
「佐伯さん。橘さん。里中さん。高無さん。四人でここを守っていて欲しい。敵はまだ四匹いる。こっちに攻めてこないとも限らない」
霧崎のその願いに、名前を氏名された四人は、頷いた。霧崎の言う事は理解している。それに、強敵に立ち向かいたくない、という気持ちがなかったわけでもない。
四人にこの場を任せて、残りの成城、砂影、霧崎、諸星、飯塚、の五人は、村の中を移動する。
どこに向かっているか、霧崎以外の人間は把握していないが、そんな事は霧崎に任せて、成城が単純に疑問を吐く。
「メンバー編成は?」
単純な疑問だった。
皆、思っていた。単純に、能力を持たない人間を置いてきた、という判断を途中までしていたが、今、この場には、戦闘可能である諸星は除いても、飯塚がいる。単純に、戦えるメンバーというわけではなさそうだ。
歩きながら、霧崎は応える。
「正直、最初は戦闘に入れないメンバーを全員おいてくるつもりだったんだ。でも、飯塚さんは大丈夫だと判断した。何故かって、他の誰よりも敵を目の前にして冷静だからね。正直、これ以上人数を削るのは得策じゃないと思うし、この人数割りが正しいと思ったから。それに、」
歩きつつ、首だけで後ろに続く皆、特に成城を見て、「守れるでしょ。このメンバーなら」
その言葉に強く頷いたのは成城だった。
皆、覚悟がある中、成城は特に、全員でこのテストをクリアしたいという覚悟を強く持っていた。
当然、そんな中でも死ぬ覚悟も持っている。死にたくないと思ってもいるが、誰かが、若しくは自分が死ぬかも知れない、そんな覚悟も想定もしている。
だが、望まない。皆で生き残る選択を掴むと願っている。
が、成城以外の全員は、間違いなく数人は死ぬし、最悪全員が死ぬかもしれない、と思っていた。皆で生き残れるならばそうしたい、という気持ちはあるが、成城よりは弱い。それに、現実味がないと思っている。
そんな五人が、村を徘徊するように歩き回っていると、ついに、出た。
三つの人影。
成城達は立ち止まる。霧崎が目を細めた。皆、三匹の宇宙人を見る。
男が、三人。
だが、違和感。霧崎は動かなかった。こう、思ったからだ。
――何か、おかしい、と。
(なんだ……?)
成城も眉を潜めた。皆が、次々とその事実に気づき始める。
「なんで、あの男達ビビってるんだろ?」
飯塚が不思議そうに呟く。それこそが、皆の感じ取る違和感だった。
理由は簡単。連中は、能力持ちである人間共を恐れているからだ。既に、表情には陰りしかなく、今までの敵にみた人間を見下す独特且つ不気味な笑みはないどころか、笑みがなかった。
当然、そんな事情を知らない成城達は、この男達の様子は、おかしい、何かある、と思って、警戒する。――特に霧崎にとっては――一刻を争う事態であり、すぐにでも目の前の三人を始末したいところだったが、成城達は、この敵の様子を、警戒している。
罠ではないか。そう考えた。
だからこそ、動けなかった。
――そこまで、考えている。
「へぇ……。つまんなーいの。予想通りすぎるわぁ……。っていうか、なんで五人しかいないのかな。人間共はほとんど生きてるって聞いてたけど……」
そう、遠くからその様子を、気配を成城達に悟られる事なく監視していた女型宇宙人は、そう呟きつつも、同時に頭の中でいくつもの可能性を生み出して選択肢としていた。
(ま、でも村の中にいるんだろうね。連中だって、私達を殺さなきゃならないんだし)
そこから、考えはいくつもの状態に分岐して、そして、可能性の高いモノだけに、考えを絞る。
「あぁ、そうか。私が半殺しにしたあの女をおいてきて守りを固めてるんだ」
気付いた女は、こう、思う。
「最高につまらないわ。先に片付けて現実を見せつけるか」
そうつまらなそうに吐き捨てて、女は立ち上がり、そして、『向かう』。
「どうする? 霧崎さん」
砂影が霧崎に判断を問う。皆、霧崎に判断を委ねるに決まっていた。
「……、殺すか」
霧崎は、そう判断した。
ある程度の距離にいる存在は、足音、動き、声等でその存在を知る事の出来る宇宙人の能力を持った霧崎達、でさえ、女型宇宙人の呟きにも、移動にも、気付く事は出来ないでいた。
だからこそ、霧崎達はここで立ち止まったままでいた。動きはない、敵は橘達の元へとは行っていないだろうと、思って。
皆、目の前に様子のおかしい、敵が目の前にいる、という事実に考えを奪われ過ぎていた。
が、砂影が、気付いた。
「……霧崎さん。俺と諸星君は、東雲さんの方に戻るよ」
その言葉で、やっと、霧崎の考えも、追いついた。
「あ、あぁ!!」
目の前の男達三人は、確かに様子はおかしい。が、重要なのはそこではない。どう見ても、この三人の中に、歴代テスト最強の宇宙人は、いない。
そこまで、全員が気付いた。気づいて、当然考えは、その宇宙人が、東雲の眠る方へと向かった、となる。
(この男達を片付けて、俺達もすぐに向かわないと!)




