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5.強敵―2


 その嫌な予感が当たってしまった、とわかったのはその呟きから一○分強程度してからだった。

 皆が村へと向かおう、という話しに戻り、山を登り直し、そこから村の方向へと降り始めてから数分で、東雲を見つけたからだった。

「東雲っ!!」

 霧崎が叫んだ。周りに敵がいる可能性等考えずに、そう大声を上げ、そして、すぐに彼女へと飛びついた。

 霧崎以外の人間は、皆、呆然としていた。

 見えたのは、血まみれで倒れる東雲の姿。息はあるが、意識がないように見えた。

「何があったんだ……」

 そう呟く佐伯に、隣に立つ砂影が言う。

「何って、一つしかない」

 諸星が続く。

「テストクリア済みの人間をここまでのせる可能性のある奴なんて、この島には『一匹』しかいない」

 当然だ。

「テスト歴代最強の宇宙人……」

 橘の呟きに、隣の里中がはっとしたように橘を見上げた。

 戦った、という事か。そして、テストクリア済みの第五位と順位付けられるその女が、テストという前段階での敵に、負けたという事実。その事実に直面して、やっと、成城達は、霧崎がテストを止めに来たという理由を実感する事ができた。

 そんな馬鹿な、と誰もが思った。霧崎と東雲の能力の相性が悪く、霧崎が東雲を異常に警戒していた事実もあって、尚の事、その驚異の、驚異らしさを実感した。してしまった。

「くっそ……、まさかここまでだったとは……」

 血まみれの東雲を抱き抱える霧崎が、忌々しげに吐いた。

 その言葉から、当然理解が出来る。霧崎も、その力には危機感を抱いている、と。

 霧崎は、東雲を味方に付けた時点で、『これで大分楽になる』とまで思った。そもそも、霧崎は、序列関係なしに、クリア済みの『九七人』の誰であっても、参加さえすれば、敵を止める事が出来ると思っていた。

 だが、違った。現実は、悲惨だった。敵は、想像以上に強い。

 霧崎は知っている。敵、宇宙人共も、人間達が敵に対してそうするように指示を出されているように、宇宙人共もまた、人間を殲滅しろと指示を出されている事を。それについては皆に話してあり、皆が、知っている事だが、この現状を目の当たりにして、ただ知っているでは済まされない。それだけの敵が、いるのだ。

 もとより、宇宙人の数の方が人間よりも多い。それは何故か。単純な話しだ。このテストは兵士を作り出すためのモノで、テスト終了後は使えない人間は殺される(切り捨てられる)。つまり、最初から、人間は死ぬ事を前提として、人数が少ない。だがその状態は、人間が倒しさえすれば、宇宙人の能力を手に入れやすいからでもある。国だって、出来るだけ多くの兵士(戦力)が欲しいのだ。そこをごまかす理由はない。

 だが、当然、ここまでわかれば疑問が浮かんでくる。

 テストクリア済みで、上位ランカーの東雲が圧倒的敗北を期す程の相手だ。そんなバケモノに、このテストで初めて宇宙人と対峙した人間が、仮に全員生きたまま集まり、その一匹とだけ立ち向かおうが、勝てると思うのか、という事。

 簡単に想像出来る。勝てるはずがない。全員で束になり、今のように既に能力を手に入れた人間がいようが、勝てるはずがないのだ。

 そんなテストが、最期のテストだと言われている。全員が、死ぬ可能性の方が生存し、クリアする確率よりよっぽど高いこんな状況が、最期だと言う。

 そこに、何かしらの目的があるのだろうな、と思えたのは成城、砂影、橘の三人だけだった。他の皆はまだ、現状の方に頭脳を働かせている。

 霧崎の参加にも納得がいった。東雲の派遣、寝返りにも対処がなかった事にも、納得がいった。だが、やはり、このテストの目的はわからない。

(最期のテストに、勝目のない敵。……何を考えているんだ?)

 成城達は考える。

 が、その前に。

「まだ、東雲は息がある。急いで治療すれば助かるかもしれない」

 霧崎が、悔しげに、吐いた。その言葉に誰もが気付く。そして同時、誰もが、思った。どういう意味だ、と。

 この島には当然、瀕死の状態の東雲を助ける事の出来る設備も場所もない。精々それこそ村に行って、住居の形をなんとか留めている廃墟に寝かせてやるくらいしか出来ない。

 だが、それは誰もが、予想していた。

「敵を殲滅して、このテストを終わらせる」

 誰もが、期待していつつ、聞きたくなかったと思う言葉だった。

 全員、その霧崎の言葉には頷く事しかできなかった。当然だ。皆、結局のところは、テストのクリアを望んでいるのだ。能力を手に入れる、という条件こそあるが、それらも、クリアのための最終条件も、宇宙人の殲滅なのだ。

 だからこそ、誰もが、否定も、助言もできなかった。

 急くのはマズイ。そう思う人間も大勢いたが、誰も、今の霧崎にそんな事を言えるはずがなかった。未だ接点が少なく、東雲を敵だという認識から味方という切り替えができていない者が多い中で、ただ霧崎だけは彼女の事を良く知っていて、信じていて、その上で、救いたいと願っているのだ。

 そして、霧崎は最初から、ここにいるメンバーを助けたいと願ってこのテストに入り込んだのだ。誰も、否定という選択肢を最初から持っていなかった。

 霧崎がか細い呼吸でなんとか命を繋いでいる東雲を抱き抱え立ち上がると、全員も動ける体勢を取った。このまま、全員は南の村へと向かう。そこで東雲を一度寝かせ、全員で残った敵を始末するのだ。

 敵の残りの数は七匹。人間は戦闘不能の東雲を除いて九人残っている。勝機はある、と霧崎は考え、その考えを信じていた。





「……残り私を合わせて四。……まぁ問題はないわね」

 そう言うのは口の周りに緑の蛍光色の血液を付着させた、スレンダーな女だった。切れ長の瞳が特徴的で、どことなく武器の様な鋭利な美しさが威嚇しているように見えた。

 舌なめずりをして鮮血を口に含むと、腰を落ち着かせていた朽ちたテーブルの上から軽く跳んで降り、目の前に並ぶ三つの影を見た。どの影も男性で、その誰もが、女に対して、どことなく怯えているように見えた。

 女は彼らを一瞥し、そして、告げる。

「安心して。アンタ達は『頂かない』から。アンタ達には、しっかりと戦ってもらうから」

 言って、女は笑った。

 そうだ。

 この女こそが、歴代テスト最強と呼ばれる、自他共に認める、最強の宇宙人である。

 男の形をした宇宙人三匹を、このように従える事が出来る程、力がある。単純な身体能力も当然高い。だが、それよりも、彼女にとっての何よりの力は、当然、能力である。その能力を持っていると知っていれば、まず、誰も、人間を含めた誰もが、彼女に逆らう事ができなくなるだろう。

 問題は、それだけ強い宇宙人が、どうしてこのテストに参加したのか、である。

 このテストの人間側の被験者も、そして、宇宙人側の被験者も共通して持つ参加理由は、波長、である。能力を得るために必要な条件が揃いそうなモノを互いに用意した、という形だ。

 だが、当然、宇宙人側も、国が用意せねばならない。だが、その被験者となる宇宙人は当然、人間が『秘匿』に、捕まえて拉致出来る程度の存在でなければ、ならない。人間が宇宙人の能力を奪って兵士を作ろうとしているなどと世間に潜む宇宙人共に知られれば、まだ準備の整っていない人間は、言葉そのまま、宇宙人の侵略に合う事になるのだから。

 だとすれば当然、それだけの力を持った宇宙人が参加しているのは、おかしい。

 霧崎、東雲といったイレギュラーの様な存在である事は間違いないだろう。

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