4.能力―9
だが、それでも、ある程度の事情があろうとも、東雲は、『形式上』だけでも、霧崎を殺すために派遣されていて、それは、殺せると判断された上で、派遣されているのだ。
東雲は次の攻撃が飛んできたその瞬間に、攻め込む事を決めた。
再度、後方からあの極太のビームのような閃光が炸裂音がしたが、それは掠める事もなく空へと消えていった。
と、同時。
東雲は聞き取った。霧崎の右手が持ち上がり、その手中に稲妻が迸るその音を。そして、それを聞き逃すはずがなかった。
来た。
そう思ったと同時、東雲は先と何も変わらないように能力で一直線に向かってきた稲妻を弾き、そして、駆けた。全力で、駆けた。稲妻が向かってきた方向へと向かって。
(ついに動いたかッ!!)
霧崎は木々に遮られ、見えない向こう側で、東雲が接近してきている事をすぐに察知した。早い。そして、霧崎はその短い時間の中で選択しなければならない。
不利だと分かっている接近戦で戦うか、逃げて一旦距離を取るか、である。
が、東雲が容易く逃がすわけがない。
「やるか……」
頬を伝う冷や汗を放置して、霧崎は溜息をするように息を抜く。
そして、構える。
霧崎と東雲は、二人ともテストに進入した側の人間であり、互いとも成城達被験者のように武器を支給されてはいない。武器自体所持はしているが、当然、このテストに参加する上で取り上げられていた。それでこそ、許可が下りたのだ。
だが、おかしい。
だとすれば、東雲は武器を持っていなければならない。霧崎を殺す事を任務として、ここへと送り込まれているのだから。
だからこそ、霧崎は『それについて』危険視した。
東雲は武器を持っている。そう判断した。
だからこそ、尚更不利だと思っていた。
「見つけたわよ」
「お互い様だ」
だが、互いとも、武器を所持していなかった。
木々の隙間を縫って飛び出してきた華奢な女を見て、霧崎は眦を鋭く尖らせた。今まで気配だけを感じて相手してきたのだ。この島の外では何度も会っていたが、この島の中で、このテストで会うのは初めてだ。
東雲と、霧崎が相対した。
霧崎のこめかみ辺りから稲妻がほとばしり、空気を炸裂させる。
それに対抗するように、霧崎から三メートル程離れた位置に立つ東雲はすぐ傍の木に触れ、そして、それを、完全に『凍結させた』。
そして、東雲は見せしめのように、その凍りついた木を裏拳で思いっきり叩く、とそれは脆い発泡スチロールのように、粉々に砕け、地面へと散らばって落ちた。
そこに残るのは、東雲の自信たっぷりの笑みだけである。
そう。これが、東雲出雲がテストで宇宙人から奪い取った能力である。研究者連中はこの能力を『液体窒素』と名付けた。
東雲が霧崎の飛ばす稲妻に反応出来るのは身体能力の高さと彼女自身の恐ろしいばかりの判断能力故にであり、そして、それを防いでいるのは、空気中に細氷をバラ撒き、稲妻を誘導して別の方向へと飛ばしているからである。
故に、相性が悪い。ただ細氷をばらまくだけでは、霧崎の稲妻を防ぎきる事はできない。だが、どちらから飛んでくるか、それがわかれば十分だ。稲妻は、真っ直ぐにしか飛んでこないのだから。
近接戦闘になれば、更に容易い。電流の流れる向きなんてモノは東雲にとっては意味を持たない。触れてしまえば、それを受け流すという感覚だけで無力化する事が出来る。
挙句、霧崎は東雲の能力に対して耐性がない。
これが、東雲が霧崎討伐のために派遣された所以である。
だが、しかし、霧崎の視線はまず、東雲の右手に向かった。
(……武器がない、な)
霧崎は東雲の武器を知っている。当然、仲間なのだから。だが、それが見当たらない。
テスト合格者が持つ武器は二種類に分けられる。『組織』から選ばれ、能力にあったモノで与えられたモノか、完全に自分の感覚で選んで持っているものか、だ。東雲は前者を持っていた。その能力を最大限に生かすためのそれを持っていた――はずだったのだが。
その武器さえあれば、霧崎等この距離に詰めた時点で確実且つ迅速に殺す事が出来るはずだ。だが、そうしないという事は、必ず、何かしらの理由がある。
そこで、霧崎は気付いた。
なるほど、そういう事か、と思うと同時、勝機を感じ取った。
どういう事か、こういう事だ。
「お前、遊ばれてるんだな」
そう言ったのは、霧崎だった。
霧崎は自信たっぷりな笑みを表情へ浮かべ、そして、稲妻が炸裂し続ける人差し指を東雲へと向けて、そう言った。
「……は?」
そのあまりに場違いの態度を取った霧崎に、東雲は違和感を抱いた。そして、足を止め、思わず間抜けにも、そんな言葉を漏らしていた。
東雲は知っている。霧崎は、馬鹿ではない、と。少なくとも、能力の相性こそあったが、彼は強く、尊敬出来る人間だと分かっている。わかっていた。知っていた。
だからこそ、このタイミングでの彼の理解不能な行動には、足を止めざるを得なかった。
そして、思う。
(何か知ってるんだわ)
霧崎は、自分では気付いていない何かを、把握している。そう、思った。だからこそ、足を止めて、言葉を待った。
それに、霧崎は応える。
「簡単な事だよ。五位。君が武器を持っていない理由が、全てだ」
そう言って霧崎は笑い、手を下ろし、稲妻も止めた。
「ッ、て、え」
山頂。に、飛び出した橘は思わず足を止めた。そして、続いて出てきた里中、佐伯と共に山頂の開けた場所の中心まで来て、辺りを見回した。そして、忌々しげに呟く。
「どうなってるんだ!?」
「いないね、東雲さんって人」
「それ以前に人影一つない。宇宙人すらいないじゃないか。いても困るんだけどさ」
「だとすれば、やる事は一つだ」
橘はすぐに振り返った。未だ、足音は連続して迫ってきている。
橘は現状から判断した。
(多分、ここにいないって事は、東雲って人は霧崎君を殺して場を離れたか、追って場を離れたしかない。つまり、私達の役目は意味を失ったんだ。だから、今やるべきことは、……当然、迫ってきてる敵から逃げる事!)
橘は背中にかけていた薙刀を取り出した。それ見て佐伯はメリケンサックを右手に装備し、里中も武器を確認した。
だが、二人とも、立ち向かうわけではないとわかっていた。
「逃げ切ろうね。二人共」
目的を確認するように橘が敢えて笑んで二人に言うと、二人とも顔はこわばっていたが、頷いた。
そして、追ってくる敵からいざ逃げようと、橘が振り返り、山の反対側へと降りようといざ踏み出したその時だった。
向かう先の、木々の隙間から、宇宙人が、飛び出してきた。
「ッ、」
足が強制的に止めさせられた。
それが宇宙人だと判断できたのは、その表情に人を見下す特有の笑みがい浮かんでいた事と、額から一筋の、緑の蛍光色の血液を垂れ流していたその姿を見たからだ。
そして、背後には、揃って止まった足音が、響いた。
「挟まれた!」
佐伯が悲鳴めいた叫びを上げた。里中は震えていた。
三人は、山頂という開けた土地で、完全に、敵に挟まれてしまっていた。
窮地。橘の薙刀を持つ手が震えた。この場には、宇宙人の能力を奪った人間はいない。
(どうする――ッ!?)
この三人、リーダー役を与えられたのは当然、橘だった。
判断を、迫られる。
「……と、いう事は、その東雲って女性と、宇宙人以外は味方だ、と?」
「あぁ、その通り。最初は見分けがつかないだろうから、俺が言うから。聴いて判断してほしい」
諸星の確認に、砂影は頷いた。




