3.分断―8
指示された通り、佐伯は見えたそれに手を置いた。どうやらこれが、霧崎の言っていた二人必要、という理由のようだ。
霧崎も反対側にあるそれに手を置いた。
「これは簡単に言えば生態反応を感知する装置。細かく言うともっと深いところまで見てるんだけどね。これは左右別々の人間が押さなきゃならない。それだけなんだけどね。それだけは俺一人じゃどうしようもないしね。敵の手じゃダメらしいし。仮に手だけ切断して持ってきてもダメらしい。ちゃんと、俺達みたいにしっかりと生きてる人間が揃わないと」
同時、霧崎がぐっとその装置を押し込む。それを見て、佐伯も押し込んだ。
すると、鍵が外れる乾いた音が部屋に響いた。
(なんでそんな事を知ってるのかも、この先の部屋で、教えてくれるんだろうね)
「よし、入って早速用事を済ませよう」
そう言って優しい笑みを見せ、早速、と霧崎がまずその扉を開き、中へと進入した。続いて佐伯もその中へと入る。扉は開けて置いた。
入った先には先の七畳程の部屋の倍はありそうな空間が広がっていたが、気になるのはその広さではなく、部屋の後方を占めている何かしらの、巨大な機械だった。
「何これ」
佐伯は思わずそう呟いた。
目の前にあるのは、スパイ映画の秘密基地でも連想させるような、コンピューターかと連想させるような巨大な一つの機械で、あちこちにモニターやキーボード、果てにはみただけでは使用用途のわからないボタン、レバー等が付属している。
佐伯は目の前にこそするが、それらに触れようとは思わなかった。これだけ使用用途が明瞭でないモノを目の前にすると、何より自身の行動がミスに繋がるのを恐れた。
機械の前に三つ並んでいる椅子の内、中央の椅子に腰を下ろした霧崎が、目の前の機械を何かしらのボタンを押した。
部屋の中に機械音が響く。聞きなれない音量だが、聴き慣れたファンが回る音がした気がした。耳を澄ませて集中してみれば、確かにその音は継続的に聴こえた。
そして、次々と、薄暗い部屋の中に明かりを灯すように、機械の中に埋め込まれている多くのモニターが光を放ち始めた。それら全てを目で追う事は難しく、佐伯は機械が起動した、としか理解していなかった。
霧崎の目があちこちのモニターを見るが、焦っている様子はなく、寧ろ余裕を感じさせる態度だった。目の前のキーボードに手を置き、カタカタと音を鳴らしながらキーを打ち込み始める。
「さて、話さなきゃならない事から順番に話すよ」
霧崎は言う。
それぞれの画面にはこの謎の島の全体像だったり、どこかしらの景色だったりを映すモノもあれば、中には霧崎が打ち込んでいると思われる文字の羅列を映し出す黒い画面に白い文字が浮かぶ画面なんかもあった。
まず、気になるのは、
「ここは、一体どこなんだ」
画像等を見て、佐伯はまず思った事を呟いた。
それに対して、霧崎は視線も逸らさず、手も止めず、作業を淡々と進めながら応える。
「ここは、日本だよ。しかも、東京」
「と、東京!? 島だよ!? あ、小笠原諸島か……いや、こんな小さくもない……」
「新宿」
「新宿ぅ!?」
ここまで予想外の答えを羅列されると、佐伯はもう大袈裟に驚く事しかできなくなっていた。霧崎の言葉に信憑性はないが、信じるに値する言葉だ。此処まで連れてこられた事で、それは既に証明されている。
「そう、新宿」
作業しつつ首肯し、そして霧崎は続ける。
「その前にこの『現状』について説明するね。その方が早いから」
と、言ったところで、霧崎の手が止まった。そして、動き自体が止まり、挙句――機械の電源が、落ちた。
同時、部屋が真っ暗に落ちる。
「わ、停電!?」
電気なんてない島だと思い込んでいたが、佐伯の口からはまずその言葉が漏れた。
すぐに、声が帰ってくる。
「あー。停電っていうか、電源落とされたな……」
相変わらず、理解の追いつかない言葉が暗闇の中に響いた。
「落とされたって言うと!?」
佐伯は声をあげつつ、手を伸ばして壁を探し、壁に触れたところで手を着けたまま、そこで立ち止まった。先の階段での行動が身に付いたのだろう。場所を確保するのは重要な事だ。
「俺の目的に気付いてそれを止めるために、『島の電源』を落としたって事」
「島の電源……? っていうか、『誰が』!?」
「黒幕だよ。君達が言うところのね」
「黒幕!!」
ここでやっと、最重要な情報が出た。
成城、砂影、高無。三人とも、何者かによって拉致か何かされ、強制的に、本人の意識を無視してこの島に、連れてこられた。
それを実行したのが何者か、これほど、重要な事はない。
緊張の生唾を自然と飲み込んでいた。喉が鳴り、その音がこの真っ暗闇の中に響くかと思った程だった。
そして、どうしてか慎重に、佐伯は口を開く。
「……その黒幕って、一体……誰なんだ……?」
確信を突く。自ら欲し、手を伸ばしたのだ。佐伯の行動とは思えない選択だったが、ここまで来た以上、全てを知ろうと思ったのだ。
が、返ってきた答えは、意外なモノであった。
「あぁ、一応言っておくけど、黒幕なんて言うし、『俺も当時は』そう思ったけど、悪い連中じゃないから。そりゃ人の意思は無視で『このテスト』を強制してるし、命もかかってるけど、『仕方のない事』だから、それだけはまず、頭に入れておいて」
気楽さを感じさせる現状とは正反対の明るい言葉に、佐伯は思わず一度、口ごもった。が、すぐにここだけは、反対した。
「仕方ないって、でも、命がかかってるんだよ!?」
思わず声を荒げた。機械が半分以上を占め、二人入った時点でそれなりの人口密度を出せるこの部屋には、その大音声はよく響き、自身のその声の反響を聴いて佐伯も思わず声を上げすぎたか、と思ったくらいだった。
だが、後悔はしていない。
例え、どんな理由があろうと、人の命を弄ぶようなこの現状は許せないと思ったからだった。
だが、現実は、より、酷い。
ふぅ、と息を抜く声が聴こえた。ため息かとも思った。
そして、静かに声が響く。
「いや、佐伯さんの気持ちもわかるよ。でもね、これは、『人類の生存』がかかったテストなんだ。だから俺も、『今までは大人しく見守ってた』」
「……え?」
思わず、佐伯は聞き返した。
とんでもない言葉が聴こえた気がした。それが事実ならば、確かに、自身の命くらい、と思ってしまう程の、飛散な、理解の及ばない現状が、聞こえてしまった気がした。
が、現実は受け入れるべきだ、と言わんばかりに、霧崎がすぐに続けた。
「人類の生存だよ。このテストは、『敵と戦うための力を得た戦士を作り出す』のが目的なんだ」
「え、え、ええぇ……と、ん? どういう、ことなんだい?」
言葉の意味が理解できない。
暗闇の中、二人はその後も言葉を多く重ねた。必死に説明し、理解しようとし、質問を投げかけ、そして、全てを佐伯は把握する事になる。霧崎という明らかな異質の知る全てを、理解した。
「なるほど……。正直、信じられる話しじゃないけど、霧崎君にここまで連れてこられた事もあるし、俺は、信じるよ。それに、現状を考えたら、その可能性がないわけじゃないし」
言葉には、自信は持てなかった。未だ、からかわれているのではと疑ってしまう程だった。
だが、霧崎から聴いたその現実は、あまりに現実離れしていて、そうなってもしかたないと頷ける程のモノである。霧崎もそれを理解しているし、過去に体験した事だ。手に取るように佐伯のその不安感、疑心を理解して、敢えて余計に説明する事を避けた。
困惑されるよりも、理解しようとする努力をしていてもらった方が早いと思えた。
「……。だから、とにかく。生き残ってる被験者を集めて、俺が『その敵を倒すから』」




