3.分断―7
佐伯はその勘を信じるしかなかった。それに、
(言葉だけだけど、この霧崎さんとやらは成城君の事も一応考慮してる。そこは、善意なんだと思いたい)
少なくとも、やはり、霧崎は成城が大丈夫、と信じているようで、それを佐伯も感じ取っていた。
「じゃ、じゃあ。今向かってる場所は……?」
おずおずと佐伯が問うと、霧崎は一度だけ佐伯を一瞥して、そして、正面を見据えたまま、言う。
「……秘密基地」
「秘密基地?」
はぁ、と言った表情を見せる佐伯。振り返らない霧崎はそれを視認しないが、気付いてはいるだろう。
「そう、秘密基地。ただこの島を探索するだけじゃ気づけない秘密基地だね。そこに入るために二人が必要なんだ。普通は入口を見つける事もできないし、見つけても二人以上での作業が必要で入口の扉が開かないようになってる」
「なんでそんな場所を知ってるんだい?」
当然、それを聞けばそう疑問を抱く。
霧崎も当然、聞かれると思っていただろう。
だが、
「それも、着いてから教えるよ。急がないと、いけないからね」
そう言ったと同時、霧崎が軽く駆け出した。ランニングをする程度の速さで、佐伯もそれに合わせて走り出す。足場は相変わらず悪く、走るのにも体力を余計に使うようだったが、霧崎はそれも考慮した上で速度を遅くしていて、佐伯がおいていかれる事はなかった。
それに、数分走ると、その場所に到達する事が出来た。
「ここだ」
霧崎が立ち止まってそう言った場所は、何一つ景色の変わらない相変わらずの山の中だった。足元は雑草で覆い隠され、木々が乱立して数メートル先が見えない状態である。続いて立ち止まり、辺りを見回して見ても佐伯は何一つ変わったモノを見つける事ができずに、思わず騙されたのか、と疑う程だった。
が、霧崎は、人間である。
「ま、見ただけじゃ気づけないよね。二人ってのも予防の予防だし」
そう言って、霧崎は付近にあった木に手を付く。そこでやっと、佐伯を見る。
「佐伯さん、だったよね。……ここは、山の頂上を島の中心と考えて、何もない砂浜だけがある方を北として、ここは、頂上から北東に降りた途中の辺りだ」
「……、なるほど」
最初は、何を言っているのか、と思った佐伯だが、これは、道案内だ、とすぐに気付いた。もし次にここに来る事があっても、そして、そのタイミングで霧崎がいなくても、ここに来れるように、という事だ。
佐伯が頷いた時点で、霧崎は力強く、頷いた。確認の仕草だったのだろう。同時、佐伯は木においていた手を引く、と、木の革がめくれるようにそこに隠されたいた蓋が開かれて、その中身を佐伯と霧崎へと見せた。
「え、」
佐伯はそれを見て、当然驚いた。
木の幹の地上から二メートル弱の位置にあった蓋が隠していたのは、明らかな、人工物だったからだ。
蓋の大きさは三○センチ平方メートル程度で、その中はくぼみになっていて、その中には、ステンレスか何か、金属質を感じさせる素材で箱が出来上がっていて、その中に赤と青のボタンが一つずつ、横に並んでいるというありえない光景を目にした。
明らかな、人工物が、この大自然とも言える程の山の中に、存在している。それも、意図的に、隠してあるときた。
緊張の生唾を飲み込んだ。これは一体どういう事なのか、という気持ちと、これを知る霧崎は一体何者なのか、という疑念が佐伯の胸中で渦巻いていた。
当然、聴くしかないのだが、
「開けるよ」
霧崎が手を伸ばし、赤のボタンを人差し指で強く押し込んだ。
すると、佐伯と霧崎の間辺りにある足元から生える雑草が全て踏み倒されるように横になぎ倒れ、そして、そこから、何かが外れるような音がすると共に、目を凝らせば見える程度だが、取手のようなモノが、浮き上がってきたのが確認出来た。
佐伯が真っ先に見えた取手に近寄り、しゃがみ、それを見ると、
「その先に扉があります。開けます?」
霧崎がそう言う。
佐伯は、迷わず手を伸ばして、取手を掴み、立ち上がり、その『蓋』を開けた。
重さがあり、すぐに両手で取手を持った。そして、引く。持ち上げるように、引いた。
数歩下がり、それを完全に開ききった佐伯は取手から手を離し、すぐに反対側に回り込んでその先に見える光景を確認した。
地面に蓋があり、それを開けると、その先、山の奥へと潜るような構造になっている階段が見えた。
階段。日常であればそれはどこにでもあるモノで、大して気にもしないのだが、これは、生き物一匹の存在すら見せない不自然な大自然の中にある、違和感丸出しの人工物だ。
意味を持たないはずがない。
「この先が、秘密基地とやらなのかな?」
佐伯の顔には笑顔が浮かんでいるが、引きつった笑顔だった。こんなモノを知ってしまって大丈夫なのか、という不安しかなかった。この先に何かがあって、それを見つければまた一歩現状理解が進む、という希望はなかった。ただ、不安しかなかった。とんでもないモノを見てしまった、と恐怖していたくらいだった。
だが、目を逸らすわけにはいかない。
「その通り。この先にある扉を開けるのに、二人必要になるんだ」
そう言って、霧崎がまず、その階段へと足を踏み入れた。数段降りたところで一度振り返り、
「念のためだけど、その蓋は入ってきたら閉めてね」
そう言って、すぐにまた階段を下り始めた。
「あ。はい。あえ、ちょっと待って。すぐ降りるから!!」
佐伯はそう言われて慌てて蓋を下り、支えつつ階段へと足を踏み入れ、蓋を完全に締め切った。
締め切って、気付いた。
真っ暗だ。明かりが一つもない。
しまった、と思ったが、
「あぁ、真っ暗だね。予想通りだけど。佐伯さーん。左手を壁につけて慎重に降りてきて!」
霧崎の声が下から響いてきて、返事をし、佐伯は言われた通りにした。
また、パニックに陥ってしまいそうだったが、深呼吸をして、何度も自身に大丈夫だと言い聞かせ、無理矢理にでも自身を落ち着かせた。
もう、自身のパニックで仲間を危険にさらしたくない。
落ち着いて、左手を慎重に横の持ち上げると、指先に冷たい感触があった。それを何度か触り直して壁だという事を確認すると、一歩一歩、一段一段確かめるように、時間をかけてだが、確実に、佐伯は階段を下りていった。
数分降りた程度だったが、佐伯はそれを数時間にも感じていた。
そこまで降りたところで、真っ暗闇だった景色の中の一点に、変化があった。
まだまだ先だが、下の方に、僅かな明かりが見えた。
そしてそこに僅かに動く影があり、それが先に下についた霧崎だと気付いて、自然と佐伯の降りるペースも早まった。
こんどは数分もしない内に、その場所へとたどり着いた。霧崎が気を利かしていたのだろう。扉が完全に開いていて、そこから光が階段へと僅かにもれていた。
扉を潜ると、そこには七畳程のスペースがあった。横に広い形をしていて、扉一枚と無機質なソファがあり。しっかりと壁紙、剥き出しでない床が確認出来た。見上げると蛍光灯で明かりがしっかりとついていて、それこそ、佐伯に強烈な違和感を与えた。
「ここは一体……?」
自然と口からそんな言葉が漏れるが。
「それは、この扉の先に入ってから、教える。っていうか、俺の知ってる全部を教えるよ」
そう言って、霧崎が部屋に唯一ある道を指差す。
緊張の生唾を飲み込んだ。その先に何があるのか、当然想像もつかなかった。だが、ここまできて、その先を確認しないなんて選択肢は当然なかった。
「じゃあ、その扉の左側に立って。そこに、パッドみたいなのが埋め込まれてるでしょ? それに、手のひらをつけてください」




