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3.分断―3


 成城が階段を駆け上がった。その、直後だった。そのぽっかり空いてしまった玄関口に、進入する影があったのは。

 それに、成城は気づけない。それは、なぜか。なぜならば。

「足跡をたどってきたけど、……入るの怖いなー……。今の影楓に見えなかったし……。でも、人間だよね、多分……」

 その影が、人間だったからだ。

 二階部へと出た成城は真っ直ぐと伸びる廊下と、片側につく三つの扉を確認する。扉の反対側にはそれなりの大きさの窓があったが、成城の目には入らなかった。

 声が、聞こえているのは理解出来ていた。そして、その声がどこから聞こえているのか、理解出来た。真ん中の部屋。そこから声が聞こえている。一瞬で理解出来た。聞こえてきた声で判断したというよりは、感覚だった。扉越しでも、その邪悪で、おぞましい気配、そして、怯えるという人間の感情を察知していた。

 特殊な能力でも何でもなかった。ただ単純な、窮地に追い込まれた人間の持つ鋭い感覚が感じ取った事だった。

 早歩きで真ん中の扉へと向かった。そして、正対する。

 すぐにドアノブに手を伸ばした。焦っていたからか思わず手斧を持つ右手を差し出すように伸ばしたが、ドアノブを掴む事すらままならないと気付いてすぐに左手を伸ばした。

 ドアノブを握る。手汗が噴き出している事を改めて理解した。

 単純に急いできたからではない。駆け続けたからではない。いくら冷静さを欠いているとは言っても、成城が本能で恐怖する理由はこの場にはいくらでもある。

 考えはそこまで及んでいなかったが、本当に、心底、恐怖していた。

 未だ、思い出すと震える。大悟に襲われ、死にかけたあの瞬間。砂影がいなかったら当然、あの一撃で死んでいたはずだ。あの時、砂影がいなかったら、間違いなく、死んでいた。なぜならば、死というものに直面して、成城は、動けなかったからだ。

 だが、今、

「……よし」

 成城の中に、高無を見殺しにするという考え、選択肢は、存在しない。

 佐伯がいなくなった事は確かにマイナスに思ったが、そもそも、佐伯との出会いは最悪だった。大したマイナスではないと自身に言い聞かせた。

 言い聞かせるしか、なかった。今更、新たな人手が手に入るわけでも――、

「あ、あの!!」

 いや、その可能性はあった。

 成城は敵の存在、高無の存在に集中しすぎていた。追跡者の存在に、気付けていなかった。ましてやこの『女』は、別の道から道中でその足跡に気付き、その後を追ったのだから、尚更だった。

「ッ!?」

 まず思ったのは、新たな敵襲だった。今まで敵の接近にはあらかた気付く事の出来ていた成城だったが、今まで見てきた敵の全てが、恐ろしかった。いずれかが気付かれずに接近していてもおかしくないと思えた。ましてや冷静さを欠いていたのだ。尚更である。

 が、振り向いて見えたのは、階段を上がってきたばかりだと思われる女の子。

「女の……、」

 言いかけた所で、背後から、炸裂音。

 振り返るには間に合わなかった。

 突如として、背中に衝撃が走った。

「がっ」

 がん、とまるで扉に強烈な重力で引かれた様だった。突如として降りかかった背後からの衝撃により、成城は思いっきり目の前の扉にぶつかった。その際、既に数本折れたはずの助骨に激痛が走らなかったのが違和感として彼の感覚を襲っていたが、それには気付く余裕はなかった。

「ひいっ」

 と、悲鳴が先の女から聴こえたように思えた。が、そんな余裕はない。

 扉に衝突し、跳ねるようにバランスを崩して数歩分後退した成城だったが、背中は、壁ではない何かに衝突し、そして、一瞬の衝撃に崩れ落ちるはずが、その背中はその何かに支えられた。

 当然、驚愕し、振り返ろうとしたが、どうしようもなく、動揺した。

「ッ!!」

 最早女を見ている余裕はなかった。

 ぐん、と身体が引っ張られる感覚にとらわれた。当然、反応なんて追いつくはずがない。押されるような感覚の次には、引かれる感覚。まるで、身体にワイヤーアクション用のワイヤーを括りつけられている様だった。が、そんな程度ですまなかった。

 身体が引かれたかと思うと、次に感じ取ったのは空気が変わる感覚。それは、室内から、室外へと引きずり出されるそのまんまの感覚。

 視界が、晴れた。狭い廊下にいたはずが、数秒もしない内に、その視界には先程までその中にいたはずの、家の外観が写っていた。

 そこまで来てからだった。成城の理解が追いついたのは。

 振り返らずとも、その表情に張り付く不気味な笑みが想像出来た。

 脇を抱えられていた。

 そして、宙に浮いていて、まだ、その高度は上がっていた。

 つまり、敵が、背後にいる。

 あの空飛ぶ翼を持った男の敵が、成城に不意打ちを掛け、そのまま成城を捕まえ、高度まで、飛び上がっていたのだ。

 それはつまり、窮地。空飛ぶ人間の形をした何かがいようが、所詮人間という人間は、高度から落ちればその衝撃で容易く死ぬ。一部の例外として、落下途中の障害物、主に木々やその枝によって衝撃が緩和され、高度一○○メートル以上は空気抵抗によりどれだけ高度から落としても落下の際の衝撃は変わらない、という事実から、それなりの高度から落ちて生還した例というものがあるというには、ある、が、今、成城が上がっているそこから見下ろす真下には、何もなく、近くには先程まで中にいたはずの家が、あるだけである。どちらにせよ、落ちたら、死ぬ。

 理解はしていた。だが、考えは追いつかなかった。だからこそ、

「ッ!! くっそッ!! くそッ!!」

 ただ本能に従った。落ちるわけにはいかない、という本能に従い、必死に抵抗した。

 その暴れ方に、問題があった。

 ただ人間が暴れるだけであれば、当然、翼をはためかせ空飛ぶ男は、想定していて、対策を行使する事が出来る。何問題なくもう少しだけ高度を上げ、手放すだけで成城という存在を殺す事が出来る。

 が、この瞬間、敵が、『成城よりも先に』気付いた。

「ッお前!!」

 敵が危機を察知し、叫んだが、成城には、届いていなかった。

 高度。地上から五○メートル弱。恐ろしく高い位置だ。足場もなく、障害物もなく、純粋な地面のみが落下予想地点に見えるこの恐怖。成城は足元から視線を逸らし、どうにかして自身の脇を抱える敵にしがみつこうと、暴れていた。

 敵が気付いたのは、その、強さ。

 成城がこの事実に気付くのは、まだ先の事である。

 成城を振り払おうと、このまま落としてしまおうとしていた敵だったが、どうしてか、振り払えない事実に気付く。それは、成城の力が既に、『ただの人間のそれ』をとっくに超えていたからである。僅かな、それこそ重力にさえ負けてしまう程の弱々しいはずの掴みかたであっても、その、今の成城の力であれば、しがみつくに十分であったのである。

 窮地に追い込まれ、力の加減を知ることのない成城の左手が逆手に掴む翼の生えた敵の腕は、既に、砕けていた。人間でいう所の粉砕骨折、複雑骨折の状態が既に出来上がってしまっていた。敵の左手は、既に力なんて入っていなかった。掴む力は、成城のそれしかなかった。

 だが、落ない。

 成城は、気づけば、振り返る事に成功していた。この時徐々に敵、そして成城のいる高度は下がりつつあり、既に地上まで二○メートル程にまで落ちていた。

 ここからの落下でも、人間であれば、死ぬ場合は容易く死ぬ。打ちどころによれば、即死にも至る。

 だが、まだ、下がる。

 振り返った成城は、目の前のそれに食らいつくように張り付く。

 そこで、気付いた。

 緊張により指先の筋肉が固まっていたのか、それとも、偶然なのかはわからなかった。だが、右手にはまだ、手斧が握られていた。

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