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1.開始―1


 成城は死体と視線を重ねる。暫くその無残なモノに身体を慣らす様に見つめていると、次に視線を動かしてその木の枝に引っかかる死体の観察を始めた。

 右腕が肘から折れている。中の白い何かが見えていたが、それもほとんど血に染まっていて白というよりは赤に見えた。

 腹部の一部が破れる様に裂けていて、臓物(中身)がこぼれ落ちている。

 無残な死体、であった。

 視線は落とし、右手に持つ純白の斧に目をやる。血は付着しているが、何かを斬った、という様子は伺えなかった。単に、男の至る箇所から吹き出した血で汚れているだけ、という印象を成城は持った。

 斧の持ち手の部分に付着した血の汚れをジーパンで拭い、成城は斧を右手に構える。握り直し、感触を確かめる。

 ふぅ、と息を抜く様な溜息を深く長く吐いて、そして、正面を見据える。

 恐怖していた。恐れていた。だが、目的は明確だった。

 死体がある、という事は、誰かが男を殺したという証拠である。あの無残な死体は、どう見ても他殺された跡だ。つまり、誰かが、いる。人を殺す様な、誰かが、だ。

 ここは無人島だ、とメモに書かれていた事から、想像する。そして、敵を殲滅しろ、の意味を少しだけ理解した。

 敵とは、この男を殺した誰か、だろう、と。

 深呼吸をする。目は伏せない。そして、前を見据えたまま、歩き出した。死体の下を潜らない様に、血溜りを踏まない様に意図的に僅かに迂回する様にして、真っ直ぐ、あるであろう頂上目指して歩き出した。

 それから一時間程が経過する。何事もなく、だ。死体を見る事もなければ、動物にすら遭遇しないで、成城は頂上へと辿り着く。これだけの自然があるのだ、野生生物くらいはいてもおかしくないと思えたが、蟻一匹すら、見かける事はなかった。

 頂上は開けていた。今までの道程同様に木々が乱立し、足元に雑草が生えてこそいたが、同じ高さに位置する面積が少ない分、島を見渡せる程にそこは開けていた。

 成城は出来る限り島が見渡せる位置を探して移動して、そこに立ち、この島を見回す。

 自然の多い島だった。だが、どちらを向いても、どこかへと繋がる道は存在せず、ここが島なのだ、と改めて実感させられた。

 天を仰ぐ。太陽は傾いているが、まだまだ、日没までは時間がありそうだ。

 視線を下ろし、歩いてきた方向とは逆を見下ろす。

 相変わらず足元からは草木の生い茂る山が続いていた。が、その先に、

「……なんだ、……街、いや、村、か?」

 目を細めて見る先、島の端に、小さな集落の様なモノが、見える気がした。

 灰色に見える建物の集まる一帯。そこまで広くは見えないが、そこに、何かがいる様な気がした。実際に何かがいて、動いていたとしても、この距離と成城の視力では確認できそうにない。だが、向かうべき場所は、見定めた。

 村が見える方向を北と考えて、次に東西を確認した。そこにも、何か古めかしい、廃墟の様な建物と、成城が来た道を戻った先にある砂浜から続く砂浜が確認できた。

 目的は複数増えた。が、手間ではない。

「よし、……まずはそうだ。人を探そう。……できれば、人を殺してない奴」

 左手で左頬を叩い、気合を入れた所で、物音。

 成城はすぐにそちらへと振り返った。成城が来た道とは違う場所。足元に広がる雑草が、揺れていた。

 誰かが来る、そう確信した。

 暫くすると、雑草を踏み潰す軽い足音も聞こえてきた。成城はすぐに右手に持つ斧を構えて、僅かに移動し身を低くして、出てくるであろう人間からバレない位置に移動して身を隠し、そして、待った。

 心臓が激しく鼓動していた。今までも勝手に浮かび続けていた恐怖が、より現実味を帯びて成城の心臓に負担を掛け始めていた。

 呼吸する音すら、気になった。僅かに身体を動かして揺れる草木の音や、足が草を擦る音すら、気になった。だからこそ、極力身を小さくした。相手に見えないように、だが、相手を観察出来る様に。気づけば、右手は斧の持ち手を恐ろしい程に力強く握っていた。が、冷や汗がその手に滲み出して握りづらさを感じさせていた。

 数秒間、その足音が頂上に近づいて来るのを恐ろしい程の緊張に包まれながら成城は監視していた。

 そして、数秒後、それは、姿を現した。

「やっと着いたぁ……。滅茶苦茶疲れたよ……って、あ! 村があるっ!!」

 嬉しそうな声だった。そんな場違いな声を聞いて、成城は思わず呆れた。今まで緊張していた自分が、飛んだ馬鹿だったのだ、と。

 隠れた成城が木々の隙間から見たその姿は、女だった。正確に言えば、女子。自身よりも幾つか年下に見える可愛らしい女の子だった。右手には成城が持つ斧と似たように純白な何かが持たれているが、丁度影になっていてそれが何なのかまでは判断できなかった。

 そして、気付く事がある。

(……大分ナイスバディだな。幼そうなのに……じゃ、なくて。服装。俺と、それに……あの死体の男と同じだ)

 真っ黒な上下の長袖にジーンズ。詳細までは見えないが、同じモノだ、と思えた。そしてその状況から、やはり、この服装は『与えられた』モノなのだと想定出来る。

 男は殺されていた。同じ服をきていた男が、だ。たったそれだけの事実しかないが、その事実が、成城に、あの女も、そして既に死体となったあの男も、敵ではなく、同じ様にここに無理矢理連れてこられた、いわば仲間ではないか、という推測をさせた。

 が、油断ができない事はわかっている。息を潜めたまま、視線を頂上からあちこち嬉しそうに見回している女に釘付けにしたまま、音を立てない様に、自分を落ち着かせる様に深呼吸をした。冷静になれたかどうかはわからないが、プラシーボ効果でも何でも、落ち着いた気は、していた。

 成城はまだ、確認を続ける。安全だ、と分かるまでは不用意に飛び出す理由はない。既に誰かに殺された死体を見たのだ。もしかすると、あの女が殺したかもしれない。

 様子見、だ。

 女はあちこちを見回していた。行動は、先の成城と重なり、やはり、状況は同じなのでは、と思わせた。

 そうして回転する様に動いていた女が、右手に持つモノが、成城に見えた。

(小型のナイフ、か?)

 小さな、刃物だと思えた。柄と刀身が大して変わらない長さな、刃物だと。鋒が尖っている事から、刃物と想像しただけで本当は全く違うモノである可能性もあるはあるが、一度見てしまうと刃物としか認識できなかった。

 女が持つナイフと、自身の斧を比べて見た。分は悪くない。それに体格差だってある。遠目に見ているためより正確な測定はできないが、二○センチ近い身長差がある様に見えた。挙句、女は細身で、スポーツすらしていないと想像出来る程に、華奢だった。良い言葉で例えるならば、モデルのようだった。

 スタイルが良い。出ている所は出ているが、締まる所は締まっている。それと、整った可愛らしくも美人とも言える顔がやけに目立つ。長い黒髪を後ろで縛っていて、振り返る度にそれが揺れる光景に視線を流されてしまいそうだった。

 普段の街中で見れば、思わず目を奪われ、一緒に歩いているであろう友人に美人を見たと声を掛け合う程だ。と思えた。

 だが、まだ、信用はできない。

 だが、考えても、考えても、どこまで確認が済めば、安全なのか、それは分からなかった。

 故に、数時間にも感じられる程の濃密な数分間、成城は思考し、そして、行動するしかなかった。

 斧を握る手は冷や汗で滑る。一度斧を左手に移して掌を服で拭い、右手に持ち直した。

 そして、飛び出した。

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