1.開始―10
男は、後者だった。
砂影が忌々しげに舌打ちをしたが、後方に続く二人には聞こえていなかった。
男は砂影達から逃げるように、砂影達が走る方向へと、全力で、無我夢中で、全く考えなしに、走り出してしまった。うわああああ、と情けない悲鳴の大音声を放ちながら、足音を響かせながら、その存在を、付近の敵に知らしめんとばかりに。
面倒な事になったな、と思ったのは三人ともだった。追うモノの姿を見れば、現状を照らし合わせれば、誰だってそう思う。それ程悲惨な状態であった。
男を追う砂影は、悩んだ。悩んでいた。
砂影の疾走ならば、間違いなく、男には追いつく。それもかなりの速さでだ。だが、そうすると、後ろの二人は、まず追いつけないと砂影は考えた。特に高無は、距離を開けてしまう。成城が彼女に着くのはわかっていたが、話を聴く限り、成城も高無も未だ、敵を倒してはいない。それどころか一度砂影が窮地を救った。まだ、敵と相対して、動けるという保証がない。
砂影は二人を見殺しにしたくない。味方だと分かっている以上、その味方の数を減らしたいとは思わない。自身が離れている間に、敵襲がタイミング悪く来てしまえば、助けられないかもしれない。そう危惧していた。
が、砂影は、成城の可能性を把握している。出来る男だ、と短い時間での観察ながら、評価している。
良し、と胸中で頷いた砂影は、再度、声を上げる。
「成城さん! 彼女を頼みますよッ!!」
言葉の直後、成城がその言葉を受け取って、その言葉の意味を理解するよりも前に、砂影が、足を踏む速度を上げた。
「はやっ!?」
「うわ、砂影さんちょー早い」
砂影はまさに、疾駆した。地を穿つ程の蹴りが連続し、砂影はジェットエンジンでも積んでいるのかと疑う程に一瞬で加速し、最大速度まで恐ろしく短い時間で到達した。
成城と高無から、あっという間に離れる。それはつまり、砂影が、男との距離を詰めている、という事である。
その結果が出るまでには、一○秒もかからなかった。
伸ばした砂影の手が、男の襟を後ろから確かに、掴んだ。掴まれた男はぐえと嗚咽を漏らし、苦しそうに表情を歪めたが、砂影がすぐに足を止め、彼を抱き寄せるように引っ張り、身体を回転させ、手を後ろで拘束して押さえつけた後、地面に叩きつけた事で、結果が全てでた。
男が騒ごうとするが、その度砂影が男が喋りづらいように痛みを与えたり、口を地面に押し付けたりとして極力声は出させないようにした。だが、当然、漏れるモノは漏れる。
すぐに動かないとな、と砂影は思いつつ、首だけで振り返って遅れてくる成城達をみた。成城が高無の走る速度に合わせているのがわかって安心したが、その安心も束の間。まだまだ距離はあるが、
「くそ……三匹か」
彼等の後方に、三つの影が見えた。
それらは当然の如く人間の形をもしていて、男が二人、女が一人、と見えるが、彼等は間違いなく、人間ではない。人間ではない、何かである。
(薄暗くて良く見えないが、やはり服装は黒の上下。俺達と同じだ。……、それは、支給されたモンなのか……? それとも、)
砂影は立ち上がる。申し訳ないとは思ったが、俯せに地面に押し倒して顔面から足元まで砂まみれとなった男は、動かないように強い力で踏みつけた。今更、声を上げられようが、結果は既に出ている。
砂影は二本の刀を両手に構えた。そして、
「男を頼みました」
成城と高無が到達したと同時、彼等と入れ替わるように、そう言葉を置いて、敵目掛けて疾駆した。その姿を視線で追って初めて、二人も敵の存在を視認した。来ているとは砂影の様子から予想できていたが、まさか三匹だとは、と二人とも驚愕から目を見開いた。が、すぐに振り返らせられる。
砂影の抑止がなくなった男が、立ち上がった。そして、逃げ出そうと駆け出した。
敵という存在に一瞬でも気を取られたのがまずかった。成城が真っ先に手を伸ばすが――既に駆け出した男の背中に指先が触れた、だけだった。
「くそっ! 高無さん! 追うよ!」
「え、あ! は、はいっ!!」
目に見えている。距離もそこまで離されていない。すぐに追いつける。成城の判断だった。
だが、砂影は敵に集中して前進しつつもそれに気づき、しまった、と思った。
(見えない位置にまでは、いかないでくれよ! 成城さん達ッ!!)
成城と高無は二人共、たった今敵を視認してしまった事と、男、という目的ができてしまったために、当然のことであっても『ソレ』が、頭に文字として浮かんでいなかった。
敵を三匹出現しようが、そいつらを足止めしていようが、まだ他に、いる可能性がある。という事だ。
(他にいる気配は……少なくとも、俺が気付ける位置にはいない。……いない事を、祈るしかない)
砂影は疾駆する。一直線、敵三匹に向かって前進する。
複数の『敵』と相対するのは初めてだった。――が、複数の人間との戦闘は、初めてじゃなかった。動きの見方ならば、分かる。経験している。理解している。
ある程度の距離が詰まると、敵はそれぞれ漆黒の武器を手に出現させ始めた。槍、長棍、そして――チェインソウ。
「やけに物騒なモノを持ってるじゃないか」
流石の砂影も、その武器を見て、顔を引きつらせた。漆黒に染まってこそいれど、形で理解出来た。それに、音。
突如として機械音がけたたましく鳴り、村中に響き渡った。最早、足音がどうのこうのと気にする必要等はない。成城達が騒ぐ音よりも、間違いなく、そのチェインソウの駆動音の方が大きい。
(何だ……!?)
(機械の音だよね!?)
男を追う成城と高無も、砂影が残った方向から聞こえた甲高い連続する機械音には当然気付いた。そして疑問を抱いた。不安を抱いた。だが、足を止めるわけにはいかない。
男はパニックに陥っていて、ひたすら見える道を駆けた。駆けていた。パニックに陥っているとは言えど、ただ走っているのではなく、追っ手からから逃げる、という目的を持っているため、一度速度を付けてしまうと、速かった。
成城と高無もそれなりの速度で走っているが、制約がある。成城が全力でかければ、すぐにでも男に追いつくだろう。だが、高無から離れるわけにはいかない。いかず、高無との一定の距離を最小限で保っているため、男とはつかず離れずの状態になってしまっていた。
それはつまり、距離を、移動してしまうという事。すぐに道を折れた事もあってか、チェインソウの駆動音が村に響いた時、既に振り返っても砂影の姿は見えない位置にあった。
成城だって理解している。あまり、砂影から離れるのは、『互い共』まずい、と。
「くっそ! なんで逃げるッ!! 味方だっての!」
成城が大音声を上げる。叫ぶ。だが、男の耳には届いていないようである。男は足を止めず、振り返らず、ただ、駆けていた。
だが、既に、二度、駆けた。
人間である以上、体力が、ある。男は常に全力で駆け、挙句、砂影に押し倒されて抑止されていた間もずっと、暴れていた。一方で成城は高無に合わせて速度を緩めて走っていた。
当然、最初に体力が切れるのは、男の方である。
体感時間で大凡二○分程、実時間で三分もなかった。男が成城に追いつかれ、砂影に捕まった時と同様襟を掴まれ、そして、成城がそれによってバランスを崩したため、二人でなだれ込むように前へと、倒れた。
その一秒後に高無が追いついて、すぐに倒れている男の手を抑えにかかった。
成城はその間に体勢を立て直して男に馬乗りになり、高無が抑えていた分まで手を抑えて、高無に一歩分下がらせて、そして、
「落ち着け! お前のせいで俺達の仲間が敵と戦うハメになってんだ! 言っただろ、俺達は味方だッ!!」




