1.開始―8
「どこまで話したっけ?」
すっとぼけた様に言う砂影に、成城が苦笑して返す。
「男から刀を奪って片目を潰したってところだよ。その続きから」
成城に言われて、あぁ、と思い出した様に言った砂影は、重要な部分から、しっかりと話してくれる。
「男が逃げ出す時に、ポケットを引きちぎったよ。当然、メモのためにね。だから、内容を知ってるし、現物もポケットの中に入れてある。で、その後、俺は頂上に到達した。そこで島の全貌を確認して、この今いる村を目指そうと思った。思ったからこそ、すぐに山を下ったんだけど、そこでもう一匹に襲撃された。そいつを倒した所で、山頂に君達の気配を感じて戻ったら……、って所で、成城さん達の記憶と繋がるね」
「なる程……」
そこから先は、成城と高無が知る通りだ。
ここまで進んで話して貰うと、流石に、信じない分けにはいかなくなった。
そもそも、ここまで助けてもらった恩がある、仮に実は敵だった、と言っても、この場では信じるだけの借りがある。
自身を嘲笑し、そして、言う。頭を、下げる。
「ありがとう。ここまで。色々と助かったし、助かってる。正直、あの時砂影君が登場してくれなかったら、俺はとっくに死んでた」
突然頭を下げられたモノだから、砂影は困惑した、が、すぐに、
「顔を上げてよ成城さん。ほら、……もう察してるとは思うけど、俺って、『少し特別』だからさ。自分で言うのは何だけど、自覚はしてるし」
そう言って砂影は照れくさそうに苦笑した。
顔を上げ、成城も苦笑した。
だが、今の言葉には当然疑問を抱いた。
『少し特別』。その言葉の意味を。
「あのさ、」
問おうとした時、だった。
「しっ、ちょっと静かに」
人差し指を口下に持ってきて、砂影が言った。成城に言ったのは確かだが、既に視線はどこか別の方向を向いていた。
突然だったが、成城は確かに対応し、口を閉じ、砂影の視線を追う様に、この家の玄関扉の方向を見た。
耳を澄ます。が、成城には何も聞こえない。
が、砂影には聞こえていた。一人分の足音が、表の通りを静かに進んでいるその音が。
成城は砂影に何が聞こえているのか問いたかったが、まだ、押し黙った。押し黙って、耳を澄ませていると、近づいてきたのだろう。成城にも、その音は届き始めた。
「ッ!!」
足音だ、と気付くには容易かった。それが近づくにつれ、成城にもそれが一人分のモノであると気づけた。
砂影は所謂『超人』だが、成城も超人ではないが、それなりにセンスの良い人間だった。砂影がそう思う程だった。
故に、二人共、同じ状況判断を下す。
(正確な時間はわからないけど、日の沈み具合から外で、しかも一人歩きなんて危険なんて事は誰だって考えつく。敵と遭遇していれば尚更。って事は、今、こちらへと近づく様に表を歩いているであろう人物は、敵と遭遇していない人物か、ただの無考えの馬鹿か、――敵、か、だ)
二人共警戒した。武器に手を掛けて、最大限に警戒した。
薄暗い中、砂影がハンドサインで成城に指示を出した。今はまだ動くな、と。成城は頷いて、その場で武器を構えたまま、体勢を低くし、息を殺して待機した。
その間に砂影は足音を消して玄関扉のすぐ脇まで移動し、壁に背を付けて、待機した。
足音は近づいて来ている。このまま通り過ぎれば、良いのだが、と二人とも思っている。
だが、懸念している事もある。
(もし、この足音が、味方だったら……、声を掛けるべきだよな。多少、危険を犯してもだ)
砂影はそう考えた。
大悟の例がある様に、敵も格好が同じ場合がある。つまり、一発で見分けるには、純白の武器の存在が必要だ。
(見える位置に持っていてくれよ……)
砂影は祈る。だが、そうは上手くいかない。
足音は玄関扉を、通り過ぎた。その様子に気づいて二人は少しだけ安堵した。だが、まだ安心はできない。砂影はすぐに顔を反対へと向け、扉の少し横にずれた所にある窓を、僅かに覗いた。
砂影は窓に自分が映らないようにして、人影が出てくるのを待つ。成城は窓を見つめつつ、自身が外から見えないように部屋の端へと静かに移動した。
緊張の生唾を飲み込むが、そもそも玄関扉からの距離がない。数秒もしない内に、砂影はその影を確認した。成城の位置からでは、頭が少し見える程度で終わってしまった。
人影はあっという間に通り過ぎて行った。
(……どっち、だ?)
影が見えなくなるまでの数秒間、砂影はずっとその影を見つめて、様子を観察していたが、判断が、しきれなかった。
影が見えなくなり、多少喋っても問題ない、という所まで待って、砂影は視線を部屋の中へと戻した。そして、静かに嘆息した。
その様子を見て、もう大丈夫なのだろう、と判断した成城は、声の音量を更に絞って、問う。
「どうだった?」
その問いに対して、判断しきれていなかった砂影は申し訳なさそうに首を横に振って、部屋の中央、囲炉裏のすぐ傍へと戻った。成城も戻って、彼と向かい合う位置に腰を落ち着かせる。
「ごめん。判断しきれなかった」そう言って一度頭を下げ、すぐに、「服装は、俺達と同じだった。だけど成城君を襲った……、大悟だっけ、あいつと同じ例があるから、服装はアテにできない。辺りをキョロキョロと見回していた様子からすると、仲間にも思えた。だけどそれは敵を探している可能性だってある。敵の敵、つまりは俺達を、だ。……一番にはっきりとした証拠になる純白の武器は、見えなかった。隠しているのか、持っていないのか」
「そうか、どうしようかね」
その言葉から、砂影は成城ももし仲間だったら、という事を考えていたのか、と察して、流石だな、と思った。上から見ているのではなく、単純に、すごい人間だ、と砂影は思った。
と、同時、考えを吐く。
「敵にしろ味方にしろ、確認出来たのは『一つ』だった。味方なら、すぐに身を隠しやすい。敵なら、一匹なら今まで五回、相手にして勝っている。……接触しようと思う。当然、周りの警戒もしたいから、最善としては、高無さんには悪いけど、彼女を置いてか、起こしてかして、俺、それに成城さんはこないとダメだが」
言われて、成城は部屋の隅で可愛らしい寝息をたてて寝ている高無を見た。見ると、起こすのは可哀想だと思えたが、置いていくのは、危険だ、とも判断出来た。
かと言っても、成城もあの影に接触しないで放置しておく事は、何の意味もなさないその場しのぎだと言う事は理解している。メモには『敵を殲滅しろ』と書いてあった。つまり、あの影が敵でも、寧ろ、敵ならば、他の敵と合流していない内に倒してしまう方が、良いのだ。つまり、接触し、味方か敵かを素早く判断し、素早く状況に合わせた行動を取る事こそが、ベストだ、と判断出来た。
「どうする?」
砂影が問う。その言葉から、高無の面倒は成城に任せた、と宣言しているのが分かった。成城本人もそう察した。口調こそ静かで穏やかではあるが、出来るだけ急いでくれ、と僅かにだが急かしているのも感じていた。
故に、判断を急ぐ。どちらが安全か、考えるが、どちらも危険なのは、重々承知している事だった。
「……よし、起こすわ」
成城はそう決めた。言って、高無の下まですぐに寄って、彼女を揺すって起こそうとする。成城は、せめて目の届く範囲にいてくれ、という考えを、優先させた。それに、今の影と二人だけで接触して、戻ったら彼女の死体がある、なんて想像しただけで、嫌だった。
成城に揺すられて僅かに苦しげな呻き声を上げながら目覚めた高無は上体を起こすと、真っ暗な辺りをなんとか見回し、溜息を吐き出した。目覚めたら今までの日常に戻っている、なんて淡い期待でも抱いていたのだろう。成城は察した。
「起こしてごめん、でも、移動するよ」




