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ギーゼラ先輩とハンス先輩

「あっ……ぎ、ギーゼラさん!」


 学校の裏庭で一人膝を抱えていたギーゼラを見つけたのはハンスだった。

 その声にギーゼラが顔を上げると、「あ……」と声を無くしたハンスの表情が見える。


 それもそのはずだ。

 今のギーゼラの顔は酷いものだろう。目は赤く腫れ上がって、頬には大量の涙の跡があって。とても見られたものではないに違いない。


「……何の、ご用でしょうか? ハンスさん」

「……あ、あの、僕は……」

「ごめんなさい。今は少し、元気がないんですの。ハンスさんと楽しくおしゃべりできるかどうか分かりませんわ」


 案に、向こうへ行ってくれと言っているようなものだった。

 それを察したのだろう、グ……ッと唇を噛んだハンスは、走ってどこかへと行ってしまった。


 それを眺めた後、ギーゼラは再度、自分の膝に顔を埋める。


(会長に、フラれてしまった……)


 元々、望みのない恋だった。

 彼を一心に慕うギーゼラに気付いていただろうに、彼の──ヴィクトールの反応は、この二年間何一つ変わらなかったからだ。


 そして彼はとても公平な人だった。いつでも皆に優しく、笑顔を絶やさないで。

 だから特別なんて、作らないものだと思っていた。


 けれど──。


(あの子が生徒会に入ってきてから、会長は、変わった……)


 ウィルヘルミナ。彼の義妹。

 彼女がこの学園に入学し、生徒会役員となってから、ヴィクトールの笑顔に色が差したようだった。

 だからこそ、余計分かっていたのだ。この恋は実らない。

 私では、会長の心を射止めることは出来ないと────。


 じわりと目に涙が溜まっていく。あんなに泣いたのに、まだまだ止まることを知らないらしい。

 それを乱暴に手で擦ろうとした、その時──。



「はぁっ、はぁ……! ぎ、ギーゼラさん!」

「!」


 息を切らしたハンスの声が聞こえた。

 帰ったのではなかったのか。


 疑問に思ったギーゼラが彼を見ると、彼の腕の中には大量の食品らしきものが積まれていた。

 思わず「へ?」と無防備な声が上がる。


 なぜ、そんなにも食べ物を持って。


 当然出てきたそんな疑問に答えるように、その場にたくさんの食べ物を並べたハンスはこう言った。


「そのっ、お、落ち込んでいる時は……食べ物を摂取するとよいですよ! 美味しいものを食べていると、力が湧いてきます!」

「…………」

「美味しそうな出店もたくさんありました。ギーゼラさんに、是非とも食べていただきたいと思って。だから、一緒に食べましょう!」

「……一緒に?」

「っす、すみません、余計なことしちゃって!」

「……いえ……」


 あわあわと焦る彼の表情を見ていれば分かる。泣いている自分を慰めようとして、一生懸命にしてくれているのだろう。

 ギーゼラは地面に置かれた食べ物達をじっと見つめた。

 その中にあった一つを手に取り、はくりと口の中に入れてみる。


「……おいしいですわ」


 ふと漏れた言葉に、ハンスが嬉しそうに微笑んだ。

 彼も少し離れた隣に座り、食べ物を口に運び始めている。本当にここに居座るつもりらしい。


 少しの沈黙。


「……ハンスさん。このような所に居ないで、他の方と学園祭を回ってきてはいかがですか?」

「えっ」

「ここの学園祭は、好きな人と回ることが定番ですから……」


 折角の休憩時間なのだ。彼にも意中の相手が居るだろう。

 そんな気遣いから出た言葉だったのだが、ハンスは少しだけ寂しそうに笑って、「……いえ、僕はここで」と言った。


「私を気遣ってくださっているのは分かります。しかし、あなたが時間を無駄にする必要はありません。ですから……」

「時間を無駄になんかしてないですよ」

「してるでしょう……? こんな、泣いてる女の慰めにわざわざ……」

「僕はここに居たいから居るんです」


 え、とそちらを振り向いた。

 ハンスはいつも通りの、人好きのしそうな笑顔をギーゼラに向けてきていた。


「学園祭は好きな人と一緒に居るのが定番、……ですよね? それなら今、僕の願いも叶っている」

「…………え、」

「それに、泣いている好きな女性を今、一人にはしたくないんです。だからこれは、僕のワガママみたいなもので」


 ギーゼラは空いた口が塞がらなかった。

「泣いている「好きな女性」を一人にはしたくない」って、つまり、それは。


「……出来ればここに居たいのですが、ギーゼラさんは嫌ですか?」

「へっ、え、あの……、い、嫌というか……」

「嫌じゃないのなら、どうか傍に居させてください。今の僕が望んでいるのはそれだけなんです」


 真っ直ぐな目でそう言われてしまえば、嫌とは言えなかった。

 心なしか顔が熱くなっているのを感じながら、「……ご、ご自由に!」と弱々しい声で返す。

 ありがとうございます、とハンスは言った。


「……どうして泣いてるのか、とか。そういうことは、無理に聞きません」

「……」

「ですが。泣きたい時には、精一杯泣くことも必要だと思います。ですから……僕のことは気にせず、たくさん泣いてください」


 その言葉に、ギーゼラの瞳が潤んだ。


 先程の言葉を信じるのなら、ハンスはギーゼラのことを──。

 それなのに、こんな風な優しい言葉をかけてくれる。泣きたい時には素直に泣いていいのだと言い、ただ隣に居てくれる。


 気付いた時には、また瞳から涙が溢れ出てきた。


「わ、わた、わたしっ!」

「はい」

「か、かい、会長のこと、すきで……、ずっと、見てきて……!」

「ええ」


 ああ、こんな話をしたら良くないのに。

 ギーゼラを好いていてくれている彼の前で、ヴィクトールを想い泣くことなど、失礼に値するかもしれないのに。


 それでも、ハンスが優しげな表情で、ギーゼラの言葉を聞いてくれるから。


「か、会長……、会長……、っうわぁぁぁん……!」


 ついに大泣きをかましてしまったギーゼラだったが、それでもハンスは受け入れてくれた。

 きっと彼には全ての事情が分かっているのだろう。ただ何も言わず、ギーゼラの背中を擦ってくれた。

 その手のなんと温かいことか。


「ほら、ギーゼラさん。これも美味しいですよ」

「ぐすっ、ぐず……、はひ……」

「今は泣いて、そして美味しいものを食べましょう」


 ハンスの持ってきてくれた食べ物を口の中に次々と入れていく。


 ……しょっぱいけれど。普段食べているものと比べれば、なんとも陳腐な味だったが。

 それでも、心が温かくなる味だった。



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