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いつかあなたと星の夜を

 深夜。

 ふと目が覚めた私は、「なんだか喉が乾いたな」と思い、調理場で水を飲んでこようとベッドから起き上がった。

 隣で寝ているアイラちゃんを起こさぬよう、忍び足で部屋を出る。



 調理場に行き水を数杯飲んで、さて部屋に戻ろうと廊下を歩いていた時。


(…………あれ?)


 二階のバルコニーに出るドアが開いていて、涼しい夜風が身体を通り抜けて行った。

 不思議に思いそちらに目を向ければ、誰かがバルコニーの所で立っている。


 ……サーシャだ。


「サーシャ様?」

「む」


 こんなとこで何してんだろう、と思ってつい声をかけてしまった。

 それにしても、何でこんな所に。サーシャはゲストの泊まる部屋で眠っている筈なのに。


「どうしたんですか、こんな所で。もしかして、あまり眠れないとか……」

「いいや、そのようなことは無い。むしろ今日の水遊びのおかげで、心地よい疲労が身体に残っている」


 クスクスと笑うサーシャ。

 完全に私の主観なんだけど、なんだか、いつもの傲岸不遜な雰囲気とはちょっと違うような感じだ。分かりやすく言えば、肩の力が入ってない? みたいな。


 それに不思議さを感じつつも、まぁ穏やかそうなら良いかと思い、サーシャの居るバルコニーへと足を進める。

 ……夜中の格好で男性と会うのはどうなんだという意見もあるだろうが、ガウンを着ているので問題ない……はず。ちゃんと中身が見えないよう前を手で閉めてますよ!


 バルコニーの方へ行くと、より涼しい風が吹いてくるのが分かって気持ちいい。


「サーシャ様、すごい遊んでましたもんね」

「はは! そうだな。まさか留学先の国で、まるで童の頃へ戻ったような気分で戯れることが出来るとは思わなかった。……そなたの提案は、実によいものだったぞ」


 あらま。なんか急に褒められちった。

 まぁ、楽しめたのならそれは大変よろしいことである。


「ありがとうございます。あの湖は、私も昔から気に入ってよく遊びに出かけていたので、そう言ってもらえるとうれしいです」

「確かに美しい場所だった。余の国でも中々無い」

「そうなんですか?」

「ああ。宮殿内にある水浴び場では、水は美しく保たれていたがな。民達の使用できるものを言うならば、あまり浄化されていない水の方が多いだろう」


 あー、なるほど。確かにインドのガンジス川とかって、あんまり綺麗じゃないとか言うもんな。

 それと似たようなものなのだろうか。


「あのような美しい水の中、民達が泳ぐことができれば……、さぞかし喜ばれるに違いない。

 そうだ、あの湖を祖国へ持って帰らせてくれ」

「いや無理ですけど?! 仮に許されたとして、どうやって持って帰るんですか!」

「フハハハ! それもそうだな!」


 めっちゃわろてはる。どうやらサーシャなりの冗談だったらしい。いや普通に考えりゃそうなんだけど。

 王族ジョークわからんわー。


「サーシャ様が綺麗な場所をたくさん作ればいいじゃないですか」


 出来るかどうかはさておき。

 私がそう言うと、サーシャは目を丸くして私を見る。


「国民の人達の喜ぶ顔が見たいんでしょう? なら、サーシャ様が王様になった時、みんなが笑顔になれるような政策をたくさん出せばいいのでは?」

「…………」

「まぁ、その、私は王族でも何でもないので……、その為にやれることとか、本当に実現出来るのかとかは分からないですけど……。サーシャ様のお言葉からは、国の人達を喜ばせたい、笑顔にしてみせたいって気持ちが見えます。だから、こんな所から無理矢理持って帰るとか無茶なことやるより、サーシャ様のお力でみんなを喜ばせてあげる方が断然いいですよ」


 サーシャと出会った時から何となく思っていた。この人、やっぱり王族として生まれて、ここまで来た人間なんだなー、って。

 言葉の節々に、彼の想う民のことが見えるのだ。王様としてはまだまだ経験が足りないのかもしれないし、子供っぽい人だけど。でも、国を想う彼の心は、王様になるには必要不可欠なものだろう。


 ……さっきも言ったけど、出来るかどうかの難しい観点は置いておいてね。国を治めるなら、理想とするものはやっぱり必要じゃないかな。


「……そうだな」


 私の言葉に、サーシャは笑った。


「余は王となるのだから、余が民を笑顔にし、国の美しさを高めればよいのだ。はは、そなたの言う通りだな」

「でも、さっきも言いましたけど、私は難しい政策とかは分からないですよ。だからこの発言も適当に流してくださって……」

「何を言う。流したりはせぬぞ」

「ええ……」


 私の言葉、マジで労力とか考えずに他力本願の理想郷を謳ったものだからあんま真面目に聞かない方がいいと思うんだけどな……。



「────そういえば、ここは星がよく見えるのだな」


 サーシャが夜空を見上げながら何気なしに呟いた。

 急な話題転換にエッ? となりつつも、「あー……」とまるでやる気のない声が出る。


「周りに森とかありますし、他よりは見えやすいんじゃないですかねー」

「学園の窓からは星などあまり見られなかった」

「まぁ、学校は中心街の辺りにありますから……。位置的には仕方ないかと」


 所謂「都会だとあんまり星が見れない」現象である。

 そりゃ現代社会と比べれば街灯なんかも少ないけれど、そもそも場所的な問題で王都はそこまで星鑑賞には向いていない。

 私の実家は森も近くにあるから、さすがに学校のある所よりかは見えやすいけど。


「余の国では、星をたくさん見ることが出来ていた。よく深夜に寝床を抜け出し、満点の星空を寝転びながら眺めていたものだ」

「へぇ、いいですね」

「屋根の上から見ると格別だぞ」

「屋根?! あ、危ないですよ?! 何やってんですかサーシャ様!!」

「フハハハ! 大丈夫だ、そこまで危険な部位ではない」


 部位て。屋根の上に登ったらどこでも危ないだろうがよ。

 サーシャが国に帰った後、屋根から落ちて死なないように今の内に祈っとこう。


「……そなたにその星空を見せたら、さぞかし喜びの表情を見せるのだろうな。王都の街で、余が素晴らしき曲芸を見せた時のように。子供みたいに笑って、すごいすごいと賛辞の言葉を述べるに違いない」


 そう言ったサーシャの笑みは、普段よりも格段に穏やかで優しく。

 この人こんな顔出来るんだなとちょっと感心してしまうくらいだった。ゲームの中で見るのとは、やっぱりちょっと違う。


「子供みたいって……、あの時の私、そんな子供っぽかったですかね……」

「ああ。最早小さな童と同じレベルだ」

「そんなに?!」


 思わず突っ込めば、彼はまたくつくつと笑う。

 ……ヴィクトールからも子供扱いされてるのに、とうとうサーシャにまでそれが及ぶとは。いやでも仕方ないじゃん。あの時はさすがにサーシャすげええ!! って感動しちゃってたしさ。


「その顔を、隣で見ていたいと、余は思う。

 ……無邪気に笑うそなたを見れば、隣に座っている余も、きっと嬉しく楽しい気持ちで星を眺められる」


 バルコニーに両肘を置きながら、夜空を見上げるサーシャが言った。


(……隣で、か……)


 サーシャが何を思ってそう言ったのかは分からない。

 ただきっと、彼は彼なりに私に親近感を持ってくれているのだろう。ここで「隣はアイラちゃんだろうがよおお!!」という気持ちを吐き出すのはさすがに憚られた。


「……じゃあ、いつか、私があなたの国を訪れた時は、その星空を見てみたいですね」


 これは素直な気持ちだ。

 自国とは文化の異なるタマルフォン王国に行きたい気持ちは勿論あるし、サーシャの話してくれる満点の美しい星空を見てみたい気持ちも、きちんと私の中に芽生えた思いだ。


「もしその時、サーシャ様にお許しをいただけるのであれば。私もその星空を見る場に同行させてください」


 私の返答に、サーシャはふ、と笑みを零した。

 優しいけれど、どこか寂しそうでもあるそれ。

 ……真意は、今の私にはあまり分からない。


「勿論だ。そなたが我が国に来た暁には、必ず宮殿でもてなし、美しい夜空を特等席で見せてやろう」

「あはは、ありがとうございます」


 涼しい風に吹かれながら、サーシャの黒髪が綺麗にたなびいている。

 攻略対象とこうして夜にお話をするのはどうなのか、という気持ちもあるが……、この流れる穏やかな時間は、決して悪いものではないと、思った。


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