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あなたと穏やかな夜を過ごす

「「「お帰りなさいませ、皆様方!!」」」


 うちの家の使用人達から受けたお出迎えに対し、めちゃくちゃ目をぱちくりさせながら驚く天使がかわいいです。



 あれから家まで馬車でえっちらおっちら帰って、着いたのはもう夕方も過ぎた頃。まぁ夜っちゃ夜だ。

 長い旅路にお疲れ様〜とお互い労りつつ中から降りて、屋敷のドアをバーンと開けた瞬間。大体帰ってくる時間帯が分かっていたのか、顔馴染みの使用人さん達が揃って出迎えてくれた。

 私の隣に居たアイラちゃんは固まっている。


「みんな、ただいま〜! こちら、私の大大大好きな親友、アイラ・ローズマリーちゃんです! これから一週間うちに居るから、何卒宜しくお願いいたします!」

「こちらがお嬢様のご友人様でいらっしゃるのですね。

お初にお目にかかります、ローズマリー様。私は当家の執事長を務めております、ディルクと申します」

「は、ははははい……っ!」


 にっこりと微笑んだナイスミドルなディルクさんに挨拶をされ、さっきのインパクトも相まってかアイラちゃんが緊張のあまりバイブレーションみたいにガクガクしている。

 敵じゃないよ、大丈夫だよ……、と言いたいが、こんな風に大勢からお出迎えを受けたりするなんて初めてのことなんだろう。とりあえず黙って見守る姿勢を取ることにした。


 ガッチガチに固まっている天使を見つめ、ほほほ、と穏やかに微笑むディルク。


「少し仰々しい出迎えをしてしまいましたかな。いやはや、申し訳ありませぬ」

「いッ、いえいえそんな……! 私が庶民なせいなので、こちらこそ大変申し訳なく……!」

「そのようなことはどうか、お気になさらないでくださいませ。我々使用人は皆、貴女様のご到着を心待ちにしておりました。出会えて本当に感激しているのです」

「え……?」


 アイラちゃんが不思議そうな表情を浮かべると、ディルクはますます笑みを深くさせながらこう言った。


「当家のお嬢様……ウィルヘルミナ様が、夏季休暇に入ってから、ご家族や使用人の皆にローズマリー様のお話をしておりましてな。それがまた、熱心なご様子で」

「ちょ、ディ、ディルクさーーんッ?! それは本人には言っちゃダメなやつ……!!」

「おや、何故です? 『私の大好きなお友達が家に来てくれることになったの』『来た時はいっぱいおもてなししてあげたいんだ! ご協力をお願いします!』と、意気揚々と皆に言って回っていたではないですか」

「わーーッ!! ストップストップ!! 恥ずかしい!!」


 ────いや、推しへ捧げる愛に恥も何もないんだけど。私の““愛””は胸を張って言えるものではあるんだけども!!

 でもなんか本人の前で暴露されるとちょっと恥ずかしいものがあるやん?!?!


 人は事実を言われると困る生き物である……。


「……ウィルヘルミナ様が……」


 アイラちゃんのそんな小さい声が聞こえてきたが、彼女がどんな気持ちでその話を聞いていたのかは、生憎と私からは分からなかった。



「まぁまぁ。こんなとこで話をするより、とりあえず家の中に入って皆で夕飯でも食べようよ」

「あ、そ、そうだった……」


 ぽん、と後ろからヴィクトールに肩を叩かれ我に返る。


「アイラちゃん、じゃあひとまず屋敷の中を案内するね。荷物は部屋に持っていってくれると思うから、お任せして大丈夫だよ」

「え、いいんですか……? って、あ」

「お荷物はお部屋に運んでおきますね。ローズマリー様は、お嬢様方と共に食堂にてお待ちくださいませ」


 使用人の一人がアイラちゃんの鞄を持ち上げてニコリと微笑む。

 それに何となくの感じで頷いたアイラちゃんは、それぞれの仕事場に戻っていく使用人達を見つめながら、どこか呆けたような声色で呟いた。


「すごいなぁ……」


 うん、分かるよその気持ち。

 私も昔からこの状態だったからさすがに慣れたけど、昔は君と似たような感情になっていたものだった。懐かしいでござる。



 *



「あ、アイラちゃんおかえりー! お風呂どうだった?」

「なんか……、色々とすごかったです」


 お風呂上がりの推し、ちょっと可愛すぎるな……。おじさん冷静を保てないよ……。


 と、表側では平然を装ってはいるものの、お風呂上がりで茹だった頬をしている推しが可愛いオブザイヤー」の衝撃にまた心の中はお祭りワッショイだった。

 マジでゲームでは中々お目にかかれないシーンをこの世界は見せてくれる。神。ありがとうワールド。


「実家ではお湯を使えることも中々無かったので、とっても気持ちよくて。うっかり寝ちゃいそうなくらいでした」

「それはよかった!」

「誰かに身体を洗っていただくなんて、恐れ多くて断ったのですが……」

「あー、だよね。でも多分うちの使用人の人達、友達が来た! ってテンション上がっちゃってる状態だから……。いつもより嬉しそうにやってくれてた気がする」

「確かに、皆様すごく笑顔でした」


 というか、アイラちゃんが死んでも嫌! ってレベルで断った場合以外はぜひぜひお世話してあげてくれと言っていたので、多分皆さん意気揚々と励んでたと思う。

 ごめんよアイラちゃん。単純に私が磨かれる君を見たかっただけなんだ。

 案の定いつもより美少女っぷりが上がっているしね!! 見よこのたまご肌!! 素晴らしい!!


「そういえば……、ここがウィルヘルミナ様のお部屋なんですね」


 アイラちゃんがこちらに歩いてきながら言った。「そうだよ〜」と軽い感じで返す私。


「とても綺麗でかわいらしいです」

「ありがと〜。でも別に私の趣味でインテリアを動かしてるわけじゃないから、これは使用人さん達が整えてくれている結果なのよね……」

「でも、なんだかウィルヘルミナ様って感じがします。居ると心地が良いといいますか」

「ま? 嬉しい……ありがとう。

って、何故そんな離れた椅子にお座りに?! こっちおいでよ!」


 ちなみに私が今居るのはベッドの上なのだが(もう完全に気を抜いている状態である)そこから大分離れた机の椅子に座ったアイラちゃんに慌てて手招きをする。


「でも、そこはウィルヘルミナ様のベッドですし……」

「全然気にしないで大丈夫だから! 一緒にこうやって寝転がろうよ〜! ……ま、まさか、私が普段使ってる布団だから嫌とか……?! ちゃ、ちゃんと洗濯してるから汚くないよよよ?!」


 若干青ざめながら話すと、今度はアイラちゃんが慌てて手やら首やらを横に振った。


「いやいやそういうのじゃないですよ! 私が座ったりしたら悪いかなと思って……!

っでも、そう言っていただけるのなら失礼します!」

「おおっ!」


 意を決して私の布団に飛び込んできた天使、カワイイ。思わず感動の声を上げてしまう。

 そしてそのまま寝転んでみて、アイラちゃんはハッ! と何かに気が付いたような顔をした。


「布団の質が違いすぎる……! こ、これはすごい……!」

「じゃあアイラちゃん家のお布団全部これに変える? お金出しますよ!」

「さすがにそれは色んな意味で悪いのでいいです……」


 ちぇっ。残念。



「ねぇねぇ、アイラちゃん。折角今はこうして二人っきりなんだしさ……、前に約束したみたいに、敬語とか外して話そうよ」

「わ、わかりまし……あっ、わ、わかった! ウィラちゃん!」

「ふふ、やっぱりこっちの方が仲良しっぽくて嬉しいな」


 二人してごろごろとベッドの上で横になる。

 私もアイラちゃんも寝間着で、他にはだーれも部屋の中に居なくて。


 まさにこれが! 女子のパジャマパーティーですよねーーっ!!


「なんだか夢みたい」

「え?」

「ウィラちゃんのお家に呼んでもらっただけじゃなく、こんな風にふわふわの布団の上で寝転がりながらお話できるなんて」

「私も同じ気持ちだよ。学校でしか会えないアイラちゃんとこうして夜まで一緒に居れるなんて、嬉しすぎてどうにかなりそう」

「あはは、何それ」


 クスクス笑う目の前のアイラちゃんは、本当に等身大の女の子で。どこにでも居るような、普通の子供だった。

 推しと二人っきりのパジャマパーティー! とか最初は興奮もしてたけど、こうして実際に触れあえば、前世の私や、私の友達らと何ら変わりないただの一人の女の子なのだと理解できる。

 それが、何となく嬉しかったり。


 前の時を思い出して、少し泣きそうにもなったり。


(……いやいや、感傷的になるのはよしとこう。それより)


 ナイーブになりかけた心に蓋をして、当初の目的であったアレについて話を切り出そうと、心なしか姿勢を整えた。


「……アイラちゃんはさ」

「?」

「好きな人とかいたりする?」


 流れブッた切ったなと思われるかもしれないが、これが女子会のテッパンなので許してほしい。というか、お助けキャラとしての役割を今の所何も果たせていない為、無理矢理にでもこうして自分から恋愛話を振るしかないのである。

 だってアイラちゃん全然恋愛のこと聞いてこないんだもの!! ちゃんとイベント回収してはるんですか?!


「好きな人……、それは、恋愛対象でってことだよね」

「そうそう。良いなってちょっと思ってる人とかでもいいよ!」

「んー……」


 途端に難しい顔をするヒロイン。好きな人を聞かれて反応がそれでいいのかヒロイン。


 暫しの沈黙が流れる。


 アイラちゃんは長ーいこと悩んでいた。お助けキャラの側としては一抹の心配が過るが、今は黙して待つ他なし。



「……居ないかな?」


(ああん、何となく分かってたけどやっぱりぃ……)


 涙出た。


「い、いないかぁー……。……か、カッコイイと思ってる人とかは……」

「かっこいい人なら学園にたくさん居るけど、でもそれって、単なる客観的な感想だし……。あの人整った顔をしてるなー、と思うだけで、その……トキメキ? みたいなのは、今の所なったことがないのよ」

「あらまぁ……」


 近所のおばちゃんみたいな感想出ちゃった。


 ……これは、これはどうなんだ? ゲーム的に。


(いや〜〜、いつヒロインが自分の気持ちに気付くかとかって、それぞれのルートによって違ってたからな〜〜!)


 だから一概に「この時期くらいから!」とかは言えないのである。でも、攻略対象も出揃ったことだし。そろそろ乙女ゲーム的なトキメキがやってこないと、こちらとしても困る。めちゃくちゃに困るし悲しいよオタクとしては。


 私の微妙な反応に気が付いてしまったのかは分からないが、アイラちゃんはちょっとだけ申し訳なさそうな顔をしつつ、こんな台詞を放ってきた。


「私にとってはウィラちゃんが一番だから、男の人とかにはあんまり興味ないのかも」

「えっ」


 ビシリと石化する私。


「あ、恋愛対象としてってことじゃないよ? 勿論友情の範囲内だけど……、何だろう、前にウィラちゃんが私のこと大好き、愛してるって口にしてくれた時があったじゃない?」

「う、うん」

「あの時は驚いたけど、でも、一緒に時間を過ごす内、なんとなく分かってきたの。「私もウィラちゃんに対して同じような気持ちを持ってるなぁ」って。

だから、好きな人って言われて、まずあなたの顔が浮かんじゃった。聞きたいのはそういうことじゃないって分かってるんだけどね」


 …………この、気持ちを。

 言葉にする方法を、どなたか教えてください。


 あまりの嬉しさと眩しさに目を見開いた後、私の頭から魂がスゥーーーーッ…………と抜けていき────。



 ────ハッ!!



(いかんいかん!! 今うっかり昇天しそうになってもうた!! あぶねえ!!)


 慌てて戻ってきました。

 推しからの愛を間近で受けるというあまりのことに耐えきれず三途の川渡りそうになってたよ。自力で戻ってこられて助かった……、危なかったぜ……。


「……私もアイラちゃんがすき……」

「えっウィラちゃん泣いてる?!」

「ないてないよ……」

「でもちょっと泣きそうになってるよね?!」


 ひとまず言えたのはこれだけである。


 もうなんかもう、好きな人とかどうでもよくなってきたな!! もう私とアイラちゃんのエンディングでよくないですか?! 良くないよ何言ってんだ!!


 でも、ここまで言われたら今日は、もう攻略対象がどうのとかヒロインがどうのとか言うのは要らないような気がした。

 今はただ、この子がくれたあたたかな心を噛み締めていたい。



 その夜は、二人で色んなことを語り合った。

 普段学校では言えないことだってたくさん言ったし、敬語とか敬称が外れた分、より私と彼女の距離が近くなったのも感じた。


 そうこうしている内にお互い眠くなってきて、アイラちゃんの桃色の瞳も眠たげに閉じたり開いたりされている。


「そろそろ寝よっか」

「うん……。私も、自分のへやにかえらなきゃ……」

「アイラちゃんが良ければ、このままここで寝ていかない?」

「え、……いいの?」

「眠い中戻るのも面倒でしょ? それに、これなら夜も時間を気にせず、二人で話し続けられるし」

「……じゃあ、えへへ、お言葉に甘えてそうしよっかな……」

「やった〜……、……ふぁあ」

「あはは、おっきい欠伸かわいい。ふぁ……」

「あ、移った」


 推しの欠伸摂取できて嬉しいですね。


 なんてことを思いつつ、意識はどんどん夢の世界へと旅立っていって。

 アイラちゃんの存在を横に感じながら穏やかに眠ることができるなんて、幸せそのものだなぁと噛み締めつつ、いつしか二人で眠りについたのだった。



投稿遅くなってごめんなさいです〜!

多分忙しかったりする時はちょこちょこ投稿遅れちゃうとおもいますが、申し訳ありませんが何卒ご容赦を……。


女子二人の仲が良すぎてもうこの二人でいいんじゃないかなと思えてきちゃった。これは百合話じゃないんですよ!

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