突撃! 推しのお宅訪問!
「ウィルヘルミナ様!」
ドアの方からぱたぱたと駆け寄ってきたアイラちゃんが、私の顔を見てぱぁっ! と表情を明るくさせた。
その嬉しそうな笑顔に目を押さえて天を仰ぎそうになる。
久々の推しの輝き、摂取できる栄養が満点過ぎてヤバイ。
ていうか、し、私服!! 私服っ!!
ゲームでは中々お目にかかれなかった推しの私服ぅぅぅ!! かわいい!! かわいいよぉぉぉお!!
「えっ、あ、会長とユーリ様も……?! わ、わざわざすみません、うちまで来ていただいて!」
「いえいえ、私達はウィラの付き添いで来たようなものだし、気にしないで。ね、ユーリ」
「ええ。御者が居るとはいえ、女性だけの旅は危険もありますし。勝手についてきただけなので大丈夫ですよ」
おいお前らそこは「アイラの実家に挨拶をしたくて……」とか言う所だろうがよ!! 攻略対象としての自覚あんのか、あァン?!
心の中ではそんな感じにキレているものの、推しの家の前で怒鳴り散らすわけにもいかないのでグッと堪えておいた。
……いやね、まだ、まだその時じゃないだけかもしんないし。その内二人とも勝手にここに来て勝手に「娘さんを僕にください」って言いに行く程のことをしてくれるかもしれんし。期待を捨ててはならぬ。
「そうですか……。あの、ウィルヘルミナ様も、今日は迎えに来てくれて本当にありがとうございます」
ふわりと綻んだ笑みで私にお礼を言ってくれるアイラちゃん。全然ええんやでそんなこと。お姫様は馬車で迎えに行くのが鉄板よ。
「いえいえ、私は乗せてきてもらっただけだから全然! お礼を言うなら、ここまで来てくれたうちの御者さんに言ってほしいな! ……そういえば、この子達はアイラちゃん家の弟さんと妹さん?」
「あ、そうです。ごめんなさい、弟達が騒いじゃって……」
「全然大丈夫だよ……おわっ」
「おねーちゃんだぁれ? みたことないカッコしてる!」
「こ、こら、テオ! ウィルヘルミナ様から離れなさい!」
テオと呼ばれた男の子が勢い良くタックルしてくる。ちょっとよろめいたが、小さい子のアタックなんてさして問題にもならねえぜ。
それを見たアイラちゃんがさっきみたいにまた注意をしているが、テオくんにつられて他の子達も私の服をわらわら掴んできた。
「アイラおねえちゃんのがっこうのおともだちですか」
「そだよ〜」
「うしろのひとたちだれ〜?」
「しってる! ねえちゃんのかれしだろ!!」
「え〜でもふたりいるよ? どっちもそうなの?」
「ねえねえ、うちにはいろーよ! あそぼー!!」
「あらら、みんな興味津々」
「ちょっと皆、やめなさいってば……」
完全にアイラちゃんは困り果てている。
さっきから思ってたけど。
普段学校では見せない「お姉ちゃん節」を思いっきり見せてくれる天使って最高やない?
攻略対象達はみんな年上か同い年だったから、こんな風に小さい子を注意したり面倒見たりする推しを見れるのはここだけなのではなかろうか。
なんて貴重な一瞬なのだろう!!
なので、私はにっこりと微笑んで彼女に言った。
「アイラちゃんの親御さんにも挨拶していきたいし、ちょっとだけお家に上がらせていただいても大丈夫かな?」
「それは構いませんが……、あの、皆さん、お時間などは大丈夫ですか……?」
「大丈夫大丈夫! ですよね、兄様方!」
くるりと後ろを振り返って尋ねれば、「OK」の意味を込めた笑みで頷かれる。
ということで、初! 推しの家に家庭訪問できることになりました!! やったね!!
*
「にーちゃん、めっちゃきらきらしてんな! なんで!?」
「キラキラ……。僕、発光とかしてるんですかね。身に覚えがないんですけど」
「ハッコーってなに?!」
「えーっと……、……なんて説明したら伝わるだろうか。ううん」
「おめめがまっかー」
「そうだね。真っ赤だねぇ」
「ふしぎー。でも、きれいですき」
「ふふ、ありがとう。君もとてもかわいい女の子だよ」
ちっさい子と戯れるイケメン面白いな。
あれから家の中に通してもらい、机に座って貰ったお茶を各自飲みつつ、ローズマリー家のやんちゃちゃん達と遊んでいた。
正直一方的にきゃあきゃあ騒がれているのを何とか捌いている感じだが。
ちなみに、アイラちゃんは持ってくる荷物の整理とかをしに別室に行ってるので、今ここには居ません。
「アイラから、貴族の方の家に泊まりに行くと聞いた時は、大変驚きましたが……。まさかうちまで迎えに来てくださるなんて」
ありがとうございます、と深々頭を下げたのは、アイラちゃんのお母さんのアリーナさんである。
アイラちゃんよりも少しだけ落ち着いた感じのピンク色、かつロングストレートを一つにまとめている。目も緑なので、彼女の持つ色彩は主にこの方から受け継いだのかもしれない。
「いえ、こちらこそ家に上がらせてもらってすみません」
「そんな、元はといえばうちの子達がわがままを言ったから……」
「エミ、わがままなんて言ってないもん! いったのはテオ!」
「なんだとぉ!?」
「喧嘩しない!」
アリーナさん、めっちゃおっとりした優しげなお母さんなのに、怒る時の声は鋭いんだよな。こんだけのお子さんを産んで育てているだけありますわ。
なんて思っていると、アリーナさんが口に手を当てて「すみません、騒がしくて……」と謝ってきた。気にしないでくれと首を横に振りながら返す。
「アイラちゃんの弟さんや妹さん達がみんなお元気なのがわかって、むしろとっても嬉しいです」
「まぁ……。お話には聞いておりましたが、アイラと随分仲良くしてくださっているのですね」
「それはもう!」
来たぜこの流れ!
身を乗り出しそうなくらいの勢いで私はアリーナさんに話し出した。
「初めて出会った時から、アイラちゃんは本当にかわいくて優しくてすごくいい子で……。すぐに大好きになりました、私! そんな彼女を産み育て上げてくださったお母様には、感謝してもしきれません!! 本当にありがとうございます!!」
「そ、そうですか……?」
ぱちくり、と目を丸くして、困惑したように呟くアリーナさん。
引かれても別に構わない。私はここに来る時、ぜっったい、推しの親御さんに心からのお礼を申し上げたいと思っていたのだ!!
アイラ・ローズマリーという主人公”を作り出したのは、勿論前世のゲーム会社。でも、彼女をこの世界で実際に産んで育てたのは、このアリーナさんなのである。
私の愛をこの世に産み落としてくださった方。あの子の人格形成に携わった全ての方々。みんなに私は「ありがとうございますーーっ!!」と感謝の気持ちを叫びたい。
すると、私とアリーナさんの会話を聞いていたヴィクトールが、くすくすと笑みを零しながら言った。
「聞くと混乱してしまうこともあると思いますが……、彼女の、アイラさんに対する気持ちは本当のものですよ。ウィラはアイラさんと出会って、昔よりも断然楽しそうに、イキイキとするようになりました。彼女と一緒に居られて嬉しいと、いつも言っています」
「……そうなのですね……」
「僕達が少し嫉妬してしまうくらい、ウィラはアイラ嬢をとてもとても愛しているんですよ。そしてアイラ嬢もまた、彼女と共に居る時が一番、幸せそうな表情で微笑んでいて……。他の人達が入れる隙間なんて、全く無いというか」
今度は私の目が丸くなる番だった。
いや、私もめちゃくちゃ周りに「アイラちゃんサイコー!」って主張してるなってのは自覚してたけど。他の人から見るとそうなんだな、と改めて思うようなことがちらほらあった。
……アイラちゃん、私と居る時が一番幸せそうなんだって。
一番笑ってるんだって! へへ、嬉しいな……。思わず顔が緩んじゃいそう……。
「ねぇねぇ」
顔を両手でむにむに揉んでいたところに、幼い声が上がった。
「おねーちゃん、きぞくのがっこうでいやなきもちになってたりしない?」
「え?」
思わぬ問いに皆びっくりしてしまう。
いつの間にか子供達も一カ所に集まってきていて、少し心配そうな表情を浮かべながら、口々にこう尋ねてきたのだ。
「おねえちゃん、おーりつがくえん? に行くまで、ふあんそうなかおしてたの。だいじょうぶかなぁって、ずっと言ってた」
「うん。ともだちたくさんつくってねって言ったら、がんばるけど、できるかわかんないよって」
「しょーらいのためにがんばってベンキョーはするけど、もしかしたら、ひとりでずっと居なきゃならないかもって……。だからわたしたち、アイラおねえちゃんのこと、しんぱいだったの」
────私は、ふと、入学式の日の彼女を思い出していた。
笑顔で挨拶をしてくれた彼女。でも、少し怯えて震えているように見えた、あの時握った彼女の手。
……本当に、不安だったんだ。あの時のアイラちゃんは。
前世の感覚で言えば、ただの一般庶民の自分が、めちゃくちゃお金持ちの子しか居ないキラキラ高級学校に通うみたいな感じだもんな。私でもビビるわそりゃ。入学するまでずっと不安だなー行きたくないなー友達とか無理だわぼっちだわー、って暗い気持ちになるに違いない。
あの日、私の言った言葉に、泣きそうな顔で「ありがとう」と返したアイラちゃん。
どんな気持ちで、お礼を口にしたのだろう。
「大丈夫ですよ」
ユーリの優しい声が聞こえる。
「私達も勿論お姉さんのお友達ですが……、何より、この子がお姉さんの隣にいつも居てくれてますからね」
「うん。他の人に嫌なことを言われた時もあったけれど、このお姉さんがとっても怒って言い返してくれたからね。
君達のお姉さんは、毎日楽しそうに、学校で笑っているよ」
その言葉に、不覚にもちょっと泣きそうになった。
(私、少しはあの子の助けになれてるかな……)
そうだったら、嬉しい。
私は私の思うままにアイラちゃんを愛し続けてきたけれど。それが彼女にとっても嬉しい結果に繋がっているのなら、そんなに嬉しいことは無いと思う。
私も、弟妹ちゃん達に向き直って言った。
「アイラお姉ちゃんのことね、私達みんな大好きなんだよ。お姉ちゃんが優しくて、頑張り屋さんで、一生懸命な人だってこと、みんなは知ってるかな?」
「しってる!」
「おねーちゃん、ガミガミおこる時もあるけど、いっつもおれたちとあそんでくれる! やさしい!」
「だよね! 私もみんなのお姉ちゃんのこと大好きだし、親友だからよくわかるよ!」
「しんゆー? なにそれ」
「えーっと、友達よりもっともーっとすごいってこと!」
そう言えば、みんなが顔を火照らせながら「すごーい!」と次々叫び出す。
そのまま楽しげにそれぞれの友達の話や、最近あった面白いことなどを話し出したので、私も笑顔でうんうん頷きながら聞いていく。
一気に話し出すとわけわからんことなるけどね!!
その様を、アリーナさんや他二人が微笑ましげに眺めていたのは、残念ながら私の知るところではなかった。
*
「──じゃあ、行ってきます。みんな、お母さんの言うことよく聞いて、いい子にしてるのよ」
っぱお姉ちゃんな推しは最高だよなぁあ?!
アカン。普段見れない推しの一面に興奮が止まらない。私にもああやって言い聞かせてはくれないだろうか。
アイラお姉ちゃんの言葉に弟くん妹ちゃん達は口々にはーい! と返しているが、本当に分かって返事をしているのかは定かでない。お返事だけはめちゃくちゃ良い子供とか居るからね、うん。
そして、皆がうちの馬車に乗ろうとしていた所に、アイラちゃんのお母さんからお声がかかる。
「……皆さん、今日は貴重なお話を聞かせていただき、本当にありがとうございました」
「あ、いえいえ、そんな……」
「嬉しかったです。不安げに家を出ていったあの子が、学校で毎日楽しく過ごせていることが分かって」
アリーナさんの緑の目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「これからも、アイラのことを、どうか、宜しくお願いいたします」
「いいご家族ですね」
馬車の中で4人が揺られる中、ユーリがアイラちゃんに言った。
アイラちゃんも、それに微笑みながら返す。
「はい。みんなみんな、私の自慢の家族です」
「お父さんは残念ながら仕事で居ませんでしたけど」と茶目っ気ありつつ付け足されたので、他三人はふふっと笑いを漏らすしかなかった。




