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夏休みの予定はいかがですか

「うわぁ、人がいっぱい……」

「ここから見えるかなぁ」

「うーん……もう少し先に行ってみましょうか」

「そだね。っす、いませ〜ん……! ちょ、っと通してくださ〜い……!」


 本日、学期末テストの順位表が発表される日です。



 教室を出る頃にはすっかり順位表が貼られている掲示板の前は人だかりが出来ており、現在頑張ってアイラちゃんと二人で出来るだけ前に進行している状態。

 人の波を掻き分け、何とか見える位置まで移動してきた。


「はーっ! つかれた……。アイラちゃん、大丈夫?」

「はい……、私は全然。ウィルヘルミナ様こそ、お加減は大丈夫ですか?」

「大丈夫大丈夫!」


 人混みはあまり好きな方ではないが、このくらいならまだ余裕である。潰されそうになったのはここだけの話だが。

 そうして二人、貼り出されている順位表を見上げる。


 1位、ユーリ・アルトナー

 2位、アイラ・ローズマリー

 3位、ウィルヘルミナ・ハーカー


「っぶはぁ〜〜! よかった……成績維持できてて」


 思わず安堵の息を漏らす。

 生徒会に居続けるためにも、成績はなるべく上に上がれるよう頑張らなくてはならない。だからこそ、テスト期間中はアイラちゃんと一緒に猛勉強したのである。

 よかった、その努力が報われて。


「私も安心しました……。やっぱりお金を援助いただいている以上、勉強を怠るわけにはいきませんもんね」


 隣ではアイラちゃんも胸に手を当て安堵している。

 うんうん。君はとっても頑張り屋さんだものね。この順位は当然のことだよ。


(……あと……)


 もう一度ちらりと順位表を眺めると、目に映るのは堂々の第一位であるユーリの名前。


 うん。やっぱバケモンだなこいつ。


(そういや、ユーリとヴィクトールは3年間首席を維持してたんだっけ……)


 私が見ているのは1年生の紙だから名前は無いけど、きっと3年の順位表を見たら我が義兄の名が輝かしく記載されていることであろう。さすが生徒会長。


 改めて考えるとすごすぎる。あんだけ頑張っても私は3位なのに、この人らは何故そんなにも順位が上で、そしてそれを維持できているのか。

 頭の中がどうなってるのか一回開いて見てみたいレベル。



「ウィラ」

「! 兄様」


 名を呼ばれて振り返ると、そこには何故かヴィクトールが立っていた。

 何故ここに。ここは一年の廊下だぞ。


 そして案の定、憧れの生徒会長様がご降臨なさったことにより、周りの女生徒達はきゃあきゃあと黄色い声を上げている。

 心なしか話しかけられた私への怨嗟の声も聞こえるような気がするぞ。違うんです私はただ身内なだけなんです!! 見逃してくれよ!!


「兄様、一年の階にいらっしゃるなんて珍しいですね」

「まぁね。折角入学してから初めての学期末テストが行われたんだから、私の妹の頑張り具合はいかがなものかなと思って見に来たんだ」

「……ご自身の順位はまだ見ておられないので?」

「後で見るよ。多分いつもと変わらないだろうし」


 キィーーッ!! お聞きしました皆さん?! 「いつもと変わらないだろうし」ですってよ!! お、恐ろしい子!!


 心の中でハンカチを口に噛んで引っ張っていると、彼は順位表を眺めてから「わぁ」と感嘆した声を上げる。


「3位か。中々の順位だね。ふふ、やっぱり私の妹は優秀だと思ったよ」

「いえ、私よりアイラちゃんやユーリ様の方がよほど……」

「アイラはそれを踏まえた上での奨学生だし、ユーリが昔から何でも要領よくこなせる性格なのは君も知っているだろう? 私は他の人の順位なんて特に気にしていないよ。大切なのは本人がどれくらい頑張って勉強したかだ」

「……まぁ、それはそうかもしれませんが……」

「とりあえず、今回もよく頑張ったかわいい妹は労わないとね。えらいえらい」


 なでなでと優しく頭を撫でられた。

 ギョッとして周りを確認したが既に遅し。

 見てる! みんな見てるよこっち!!


「にっ兄様!! 周りの方々が見ていらっしゃるので、それはちょっと……!!」

「ええ? 兄が妹の頭を撫でるのはそんなにおかしいことかな」

「小さい時とかなら分からなくもないですけどね?! わ、私ももう大きくなりましたし、兄様にそんな褒められ方をする年齢ではないですよ!」

「そうだねえ。でも私がやりたいんだ。兄様の我儘を聞いてはくれないかい?」


 それは私ではなく周りの妬ましそうに眺めている女生徒さん達にお願いしてくださいませんかねぇ?!


 というか、というか!!

 私はどうでもいいから、アイラちゃんの頭を撫でてほしいよ!! 推しカプの頭なでなでシチュとかめちゃくちゃ王道で、だからこそ超欲するものなんです!!


 しかしここで「アイラちゃんの頭をよしよししてあげてください」と頼んでもみんな「何で?」ってなるし、逆に人の目があるからこそアイラちゃんへのヘイトに繋がってしまうかもしれない。

 ということはつまり、私がたった今、彼女のための生贄となっている……??


(そうか、そうだったんだな……)


 よく分からない気付きを得てしまい、とりあえずうんうんと心の中で頷いた。

 でも頭なでなでシチュエーションはマジで欲しいので後で人の居ないところでやってくれ。頼む。邪魔にならない所で見とくから私は。



 …………って。


「いつまでやってんですか!!」

「おっと。もう制限時間が来てしまったか、残念」


 何が?!?!

 いい加減ここに居るのも気まずいぐらいに撫でてたね私のこと!! なんかほっぺたとか耳とかまでやってなかった?! なんか感触に違和感感じたからふと我に返ってみたらこれだよ全く!!


 そして相変わらず周囲の目も順位表に行ったり私達の方に来たりと忙しい。

 ……気まずいからさっさと退散しよう。


「アイラちゃん、ちょっと離れよ」

「え? もういいんですか?」


 大天使よ、何の事を言っているのですか。まさかあの兄妹のスキンシップを指しておられるのですか。

 私は公衆の面前で義兄に小さい子扱いされて恥ずかしく思わないほど面の皮は厚くなくてよ。


「それじゃあ失礼します、兄様」

「おや、機嫌を損ねてしまったかな。ごめんね?」


 クスクス笑っている義兄が憎いでござる。

 そして周りの女子生徒諸君。お願いだからこの顔と台詞に騙されないで。そして私を憎々しげに睨むその目をやめて。


「もー……、違いますよ……。また後で」

「はいはい。じゃあね、ウィラ」


 ひらひらと振られる手に適当に返事をして、アイラちゃんの手を引き人混みの中から出た。



「ウィルヘルミナ様、生徒会長と相変わらず仲がいいんですね」


 にっこりと微笑みながらアイラちゃんに言われ、その瞬間勢い良く首を横に振った。

 私の反応にきょとんとするアイラちゃん。


「いやいや、あれはそういうのじゃないから。私のことからかってるだけだから、仲良しとかじゃないんだよ?! 決して!」

「そうなんですか? 私から見たら、生徒会長はすごくウィルヘルミナ様を可愛がっておられるように見えましたけど……」


 天使の純粋なるフィルターを通したらそう見えるだろうね。

 でも違います。なんてったって彼は重度の女性不信キャラ。

 昔あった事件である意味トラウマを乗り越えたっぽい所はあるけど、だからといって私を過度に可愛がっているとか、そういうのは無いと思うんだ。


 でもハタから見れば私達は仲良し兄妹に見えるんだろうなぁ……、と、つい遠い目になってしまう。


 いやいや、違う違う。そんな話はどうでもよい。


「そ、それよりアイラちゃん! 夏期休暇の予定はどんな感じになってるの?」


 慌てて話題を切り替えると、アイラちゃんは目を丸くして「夏期休暇中ですか?」と聞き返してくる。

 そう、テストが無事終わった今! 私がしたかったのはこの話題なのです!


「そうですね……、私は多分、実家に帰ると思います」

「そ、それって休みの最中ずーっと家のお手伝いで忙しいとか、そういったことってあったりするかな……?」

「いえ、やることと言ったら家で弟達の面倒を見たり勉強したりするくらいなので、忙しいということはありませんが……。どうしてですか?」


 小首を傾げるあざと可愛さが今日も破裂。絶好調だね私の推しィ!!


「あ、あのね、そしたら……、アイラちゃんがよければ、なんだけど」

「はい」

「休み中、どこかの機会で大丈夫だから、私の家に泊まりに来ない……?!」

「えっ」


 驚く桃色の瞳と目が合う。

 これでも結構緊張しております。今の私。


 だって、夏休みって言ったら泊まりでの遊び! 夜のパジャマパーティー! でしょ?!

 私は夏期休暇のことを聞いてからアイラちゃんとコレをやりたくてやりたくてしょうがなかったんだ!!


「うちは自然も豊かだしこの季節も涼しいし、結構快適に過ごせると思うんだ! 勿論迎えの馬車も用意するから、もし迷惑じゃなかったら……」

「そんな、迷惑だなんてこと絶対にあり得ません! とっても嬉しいお誘いです!」

「ほ、ほんと?! じゃあ……」

「はい、良ければ是非、ウィルヘルミナ様のお家にお邪魔させてください!」


 やった〜〜!! 推しとのお泊り会確保〜〜〜〜!!

 嬉しさを隠さないままアイラちゃんの手を握りぴょんぴょん跳ねてしまう。そして一緒に跳ねてくれる優しい推し。ありがとう。跳ねる姿もかわいいよ本当。


「でも私、貴族の方のお屋敷に呼ばれるなんて初めてで……。大したお土産も持っていけないと思うのですが……」

「全然そんなこと気にしなくて大丈夫だよ〜! 来てくれるだけですっごく嬉しいんだから、むしろお土産とか要らない要らない!」

「い、いえ! そんなわけには……! あと迎えの馬車も恐れ多いです、ちゃんと自分でお金を払って向かいます!」

「いやいや! せっかくだし馬車でゆっくり話でもしながら一緒に行こうよ! 遠慮せずに使って!!」


 毎回恒例、謙虚な推しとの遠慮しないで戦争である。

 私の家、というか領地は王都に隣接している広大なアルトナー公爵領と並ぶような位置にある。1日くらいで着くので、私が彼女を迎えに行くのが一番手っ取り早いし、何より推しにわざわざお金などを使わせずとも良くなるのだ。


 私の言葉に、アイラちゃんがおずおずと「そう、ですか……?」と言う。


「わざわざ馬車を出していただくなんて、申し訳ないです……」

「大丈夫だよ。こっちは全然負担じゃないから、気にしないで」


 不安そうな声に笑ってそう返せば、アイラちゃんが少しの間の後、こくん、と小さく頷いた。

 よし! これで馬車の旅も推しと二人で楽しくなるね!


「じゃあ早速日程決めようか! いつがいいかな〜……」

「そうですね。ウィルヘルミナ様はいつ頃がご都合よろしいですか?」

「いつでもいいよ!」


 きゃっきゃきゃっきゃと楽しく騒ぎながらお泊りの予定を話していく。

 ああ、友達ってこういう感じだよね……と、前世の感覚も少し思い出し、殊更嬉しくなった。


(夏休み、楽しみだなぁ!)

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