俺様王子との街歩き※従者付き
「おい、あれは何だ」
「本屋です」
「あそこは何だ」
「鍛冶屋です」
「あの石像は誰だ?!」
「この国を建国したと言われている初代国王ディードリッヒ一世です」
何で私、こんなトコで観光地のガイド人してんだろう。
「ふむ、なるほど……。やはり、余も国王に即位した暁には、余を象った像を作らせるべきだな」
そして勝手に自分モチーフの像建設をキリッとした顔で決めているサーシャ。
頭痛くなってきた。
「そうですか……、それはよいかと……」
どうでも。
しかし私の思惑とは裏腹に、「貴様もそう思うか?!」と楽しげにこちらに顔を向けてきた。
「何だ、貴様も中々話が分かるではないかウィリー!」
「ウィルヘルミナです」
誰やねんウィリー。
「……申し訳ありません、ウィルヘルミナ様」
こっそりと耳打ちしてくる人物が居た。サーシャの侍従、カリュさんである。
身長がとても高くいらっしゃるためしゃがむのが大変そうだ。すんません。
「殿下のお相手をさせてしまい……」
「ああ、いえいえとんでもない……」
「殿下はとても自由で大らかな御方です。それはよいのですが、なんというか……、逆に自由すぎて言うことを聞かな、いえ、大変情けないことですが私では止められないことも多く……」
言うこと聞かねえって言おうとしたね今。正論だけど。
沈んだ顔をするカリュさんに慌てて「だ、大丈夫ですよ!」と返した。一応言っておくと全く大丈夫ではないが、ここで大迷惑とも言えるわけがなく。
私の返答に、心なしか少しほっとした様子でカリュさんが言う。
「殿下も少し街で遊べば満足するとは思いますので……。それまで大変恐縮なのですが、お付き合いいただけると助かります」
「こんなこと言うのもアレですけど、幼い子供ですか殿下は」
「いいえそんな、あの方は大変素晴らしく尊大かつ自由で」
「さっきから自由ばっかり言ってる……」
……まぁ、さすがにここでサーシャを置いていくわけにはいかない。仮にも生徒会に所属する身であるし、何より侍従付きとはいえ彼らと共に学園を出てきてしまったのだ。責任は重い。
そう、たとえ強引かつ勝手に課せられた責任だとしても!
「おいウィルへー」
「ウィルヘルミナです……」
「別にどうでもよかろう呼び名など」
だからよ。
私が大きなため息をついたのが気に食わなかったのか、眉を顰めて「何だ」と言ってくるサーシャ。
「……あのですね、殿下」
「街中で殿下はやめろ。一応お忍びのようなものなのだ、サーシャと呼べ」
「……ではサーシャ様。先程「呼び名などどうでもいい」と仰られましたね?」
「そうだが」
それがどうしたと言わんばかりにふんぞり返っていらっしゃる。
いや、問題大アリだろ。普通に考えて。
「私自身はまだよろしいです。あなた様に正しく呼ばれずとも、まぁ……最悪気にはしません」
「うむ、よい心がけだ」
最悪って言うてるのにその返答は何だぁ……。この王族野郎め……。
「ですが、……仮に私の名前を知っている他の方々が、そのようなよく分からない適当な呼び名でサーシャ様が呼んでいるのを知ったら、どう思われると思いますか?」
「はぁ? 何だそれは。どういう意図の質問なのだ?」
サーシャの頭の上にハテナが浮かんだ。
「両国の親交を更に深めるため、そして何より、サーシャ様が他国に学びに行くことで見聞を広め、王となった時にその経験を活かす。そういった理由で本国へ留学にいらっしゃったのでしょう?」
「……まぁ、それはそうだが」
「では、自国の令嬢の名前を、明らかに違ったおかしな形で呼びまくる。そんなことをしてしまうと……、サーシャ様が留学先で勉強を怠るような、“よくない行いをするダメな王子”だと思われる可能性があるんですよ?!」
「んなっっ?!」
ビシャーーーーンッッ!! と、サーシャに雷が落ちたようだった。
驚愕の表情で口をあんぐり開けながら私を見つめるサーシャ。
「なっ……き、貴様、不敬だぞ?! 余を誰と心得ておる!!」
「申し訳ありません。ですが我々生徒会は、サーシャ様の留学中、御身をサポートする役目を担っております。ならばサーシャ様が学園内で快適に過ごせるよう、心を配るのが私達の仕事」
「……」
「──たとえ取るに足らぬ一人の人間の名前だとしても! 声に出してしまった以上、いつどこで誰が聞いているのか分からないものなのですよ!! 学園内で「うちの国の言葉に関する勉強をまるでしておられない」なんて噂が少しでも流れた場合、どうするのですか、あなたは!!」
「うぐっ」
苦々しい顔をする辺り、周りの奴らにバカとは思われたくないらしい。そりゃ王子としてのプライドが許さんだろうな。
「あなたが王となり、祖国をより良く豊かにし、近隣諸国との関係性もよいものに保ちたいのであれば。「人の名を間違えずきちんと呼ぶ」という行為は、何においてもまず重要で、大切なものではないでしょうか。そういった「他人に対する敬意」をきちんと改めて認識し、意識することは、必ずあなたの王としての人生に良きものを与えると、私は考えております」
「…………」
そう。私がこんな説教するのもアレだが、人の名前をふざけて呼んだりわざと間違えたりするって、とっても失礼なことだと思うんだよ!
私自身はまぁまだいい。訂正しつつも許しはしよう。身分差の問題だ。
でも、もしこれが外交の場だったら? まぁまず名前を呼び間違えるような奴はほっぽり出されるわな。
そうでなくても、学園は大事な留学先で、王になるための教養をより深めていく所だ。他の生徒にそんな呼び方を知られてしまったら、「サーシャ殿下は留学しに来たのにこの国の人の名前もろくに覚えられてないのか」なんて怪しまれるかもしれないじゃん?!
それはどう考えても良くないだろう!
しかもこれで成績よかったら「じゃあ他人の名前をふざけて変な風に呼びつけるような王子なんだな」って話になる。
もうどう転んでも良くないやんけ。
黙り込んだサーシャ。カリュさんも無表情だが、どことなく困った雰囲気でそわそわしているような気がする。
「……不敬なのは百も承知でございます。
ただサーシャ様には、「人の呼び名などどうでもよい」と考えるような、そんな王にはなっていただきたくないのです。御身に対し謂れのない噂を流されるのも、好ましくありません。私のことはどうとでも処罰してください。ですがこの話は、どうか少しでも心に置いていただければ」
腰を折り、頭を深く下げて言った。
まぁ、結論。重要なのはそこだよ。
名前なんていう人間にとってクソ重要なものを「どうでもいい」と考える王様なんて、私は嫌だし周りも嫌だろうと思う。
だって、その人自身を疎かにしているような印象を受けるじゃんか。難しくて覚えられない、必死にちゃんと呼ぼうとしてる、とか、そういう姿勢が見られているのならまだしも。明らかにサーシャは面白がってるか面倒臭がってるだけだし。
「…………」
沈黙が訪れる中、思った。
……今更も今更な話なんだけど。
私、今日で首と胴体が離れるかもしれんな。
(私の推し活人生もこれまでか……)
いやぁ、短い人生でしたねホント。あんなイベントやこんなスチルも眺めたかったのになぁ。もっともっとアイラちゃんのヒロイン街道を間近で応援したかったのに……。
ていうか前世より早く死んどる! 悲しみ!!
「サーシャ様……」
「……よい。カリュ、分かっておる」
サーシャの声が聞こえてきてちょっとビクッとしたよ。
元来ビビリな性格だからいつ首チョンパされるか分からなくて怖すぎるんじゃあ。
「……ウィルヘルミナ」
「!!」
あれ、今。私の名前、ちゃんと呼んでくれた?
慌ててバッと顔を上げる。あっやべ、まだ上げていいとか言われてないのに。
だがそれも特に怒られず。逆に何だか、彼は叱られた子供のような渋い顔をしていた。
「そなたの話は、もっともだ」
「へ……」
まさかそんな台詞を返されるとは思わず呆気に取られてしまう。
「訂正しよう。「呼び名などどうでもよい」……これは、余の誤りであった。許せ」
「…………ええええッ?!」
ゆ、許しを乞われた?!?! なぜ?!?!
逆に許しを乞うて地面に這いつくばるのは私だと思ったのですけど?!?!
「面倒臭くてそなたの名を適当に呼んでいたのも、良くなかった。そなたの言う通り、たとえ他国であろうが……いや、他国だからこそ。まず最初に直面するのは、話をする相手の名だ。これは人との関係において、何より大事なもの。それを軽んじるような王になってはならぬ。そなたにたった今、気付かされた」
「……サーシャ、様」
「そなたの忠言、有難く受け取ろう。すまなかったな」
申し訳なさそうに話す彼を見て、私は震える声で言う。
「あ、……ああ、あの……」
「ん? 何だ、どうかしたか」
「じゃあわたし……、首を落とされたり、酷い罰を受けたりは……、しないってこと、ですかね……?」
その言葉に、サーシャは目を丸くしてから「フハハハハ!!」とおかしそうに大笑いし始めた。
「余はそのような狭量な男ではない! そなたの言い分が正しかったというのに、罰など与えるわけがなかろう!!」
「……そ、そう、ですか……、っはぁあ〜〜……!!」
そこでようやっと、張り詰めていた息をゆっくり吐き出した。
思わず崩れ落ちそうになる身体をカリュさんが咄嗟に支えてくれる。おおう、素晴らしき従者精神! でもごめんなさい!
「大丈夫か?」
クククと笑いながら頭を撫でてくるサーシャ。
……何だろう。こう言っちゃなんだが、既に王者としての風格出てないか? え、もうなんか成長してらっしゃいません??
これからアイラちゃんと親しくなって王子として逞しくなっていくってストーリーでは……??
「だ、大丈夫です、ただ……」
「ただ?」
「その、……サーシャ様って、結構お優しいのだなと……」
「当然だろう。余は寛大である」
ふん、と満足そうに微笑む姿がなんか可愛い。
「それに、そなたの言葉は全て余のことをよく考えて綴られたものだった。そのようなものを、無下になどするものか」
「……おおお……光栄にございます」
「フフン」
ついにフフンとか言い出したよこの人。




