最後の攻略対象
パレードが開かれている。
何を言っているのか分からないと思うのでもう一度言う。パレードが、現在進行形で開催されている。
校舎の辺りは人だかりでいっぱいだ。当然である。だって校舎に続く道でその凱旋みたいなパレードが開かれてんだもん。
私も寮の部屋から出て「よっしゃ今日も学校行くか!!」って歩いてたら、いきなり太鼓の音みたいなのが聞こえてきて仰天したもんな。
「おい、何だあれ?」
「隣国の王太子だよ。今日から本格的にうちの学校に通うっていう……」
ひそひそとそんな言葉が囁かれ、私はそれまであった疑いを確信へと変えた。
(……3人目の攻略対象、キターーーーッッ!!)
人々の目がパレードに釘付けになっているのを良いことにグッ!! と心からのガッツポーズをする私。
これで! これでようやく!! 舞台の役者が全員揃うぞ!!
なんとか人を掻き分けてそのパレードの中心が見える場所に移動する。
そして視界に入ったのは、象。
象です。
(校舎の近くで象歩いてるの見たら視界がバグッたんじゃないかと思う……)
実情を知っていてよかったと思いました。まる。
とりあえず象は置いといて。
その象の上にある椅子みたいなのに座ってる人物を見つけ、目をカッ開いた。
よし。合ってる。
間違いなく、────隣国の王太子、サーシャ・アスマン・タマルフォン、その人だ!!
*
「ふむ。うちの動物達を入れている小屋のように狭い部屋だな」
分かっちゃいたけど開幕突然の超失礼発言来ましたァ!! ありがとうございます!! それでこそ王子!!
「それで? そなたらが余の在学中をサポートをする者共か?」
所謂ウルフカットみたいな、カッコよく言えば獅子を思わせる感じの黒い髪。鋭い金の目。そして、うちの国には無い褐色の肌。
まさにゲームで見た通りのサーシャその人である。
さすがにもう攻略対象が目の前に居ることにはある程度慣れたつもりだが、ここ最近で一番身分の高い人がやってきてしまったのでまーたキラキラを過剰摂取させられることになった。何だろう。ユーリともヴィクトールとも種類の違うこの輝き。
「左様でございます、殿下。
ここは生徒会執行部という、学園における様々な行事や仕事を受け持っている組織になります」
「ふむ、生徒会か……。聞き慣れぬ名だ。なぁカリュ」
「そうですね。宮殿にはそのような組織はありませんでしたし」
(おっ)
ここで私の乙女ゲームセンサー発動。
白髪に青い目、そしてサーシャの傍に常に侍っている褐色の御仁。
さっき彼が名を口にしたように、カリュさんというサーシャ付きの従者さんだ。
こちらも乙女ゲーム内と変わらずのようである。身長が180越えとかなり高い。そしてイケメン。
なんだけど、何故かこの人も先生と同じく、攻略対象ではないらしい。不思議ですね。
(追加シナリオとか、別の媒体に移植した時に攻略対象が増えるとか、あのまま生きてりゃそういうのもあったのかなー)
ぼんやりと前世に思いを馳せる。
私がやっていたのはこの乙女ゲームの第一弾だったが、死んだ後にDLCだの移植版だの続編だの、まぁそんな感じで攻略対象が増えることは容易にあり得るだろう。そうなれば、このカリュさんは真っ先に新たなる攻略対象にのぼり出ていたに違いない。
そのくらいスペックが高い人なのだ。
(何でカリュさんとか先生はイケメンなのに、私は普通顔なんだろうな……)
ちょっと悲しくなった。
いや、分かるけどね。乙女ゲームなんだから出てくる男キャラは皆顔がいいのが当然だろうし、逆に女キャラは主人公ちゃんを引き立たせるためなんだから普通の顔にしたってのは、理屈としては大いに理解できるが。
それでもなんかちょっとずるいと思うのは私だけだろうか。まぁいいんですけどね?! 別に!!
「まぁよい。それよりも、これから余をサポートしていく役割を持っているのだ。順番に名を名乗っていけ」
ふん、と腕を組み尊大に仰ったサーシャ様。
あ、ここでちょっと彼のキャラ設定とかを説明しておきますね。
今まで見てもらってたら分かると思うんだけど、まぁ簡単に言えばよくある俺様系です。王子なので。王子様なので全員余に従うがいいフハハハー系です。
これまで優しい雰囲気の人達が多かったから、こういうのに飢えていた人にとってはサーシャは絶好のキャラであろう。
次に。
サーシャの故郷タマルフォン王国は砂漠の国である。
隣国とは言っても、私が住んでいる国が中々に広いこともあり、海を挟んだ向こう側から彼らはやってきた。
イメージとしては……何だろう、エジプトとかインドとか、そんな感じかな。
とにかく、彼らの国は気温も高く砂漠地帯が多いため、美しい水を象徴する物は昔から好まれてきたそうだ。国が万年水不足とかそういうんじゃないけど。
とにかくなんか、「俺様系の偉そうな王子様が従者と共に砂漠の国からやってきた」ってことだけ分かればいいと思います。
さて。自己紹介しろと王子様から言われたらそれに従うっきゃない。
なのでみんな順に自己紹介していく。
「ヴィクトール・ハーカーと申します。この生徒会執行部の長をやらせていただいております」
「ほう。つまり、この組織を運営しているのはそなたか」
「まぁ、そうですね……。顧問の先生もいらっしゃいますが、実質上としての判断をしているのは私でもあります」
「ああ、余達をここへ連れてきた、あのやる気のなさそうな教師だな」
相変わらずの先生クオリティに最早安心感すら覚えるな。
会長のヴィクトールから始まり、二年のハンス先輩やギーゼラ先輩、そして私達一年へと続いていった。
ユーリも私も紹介を終え、その次に言葉を発したのはアイラちゃん。
「あ、アイラ・ローズマリーと申します」
尊大な雰囲気の王子様が前に居るせいか緊張気味のアイラちゃんだが、やはりその美しさは世界一。いや、この世の中一番。
早速サーシャの琴線に触れたらしい。
「……アイラか。美しい娘だな。いいぞ、余は美しい物が大好きだ」
「え……、っ……?!」
くい、とアイラちゃんの顎がサーシャの手に取られる。
「余のハレムに加わる栄誉を授けよう」
キターーーーッッ!! 初回イベントですこれ!! 皆さん刮目して見てッッ!!
何を隠そう、これはゲームでも実際に行われていた初邂逅イベントなのである。
生徒会の中でもとびきりの可憐さを見せるアイラちゃんにサーシャは興味を示す。そして、さっき本人が言ったように自分のハレム、いわゆる王様の後宮みたいな所に加われといきなり口説いてくるのだ!! 初対面で!!
これぞサーシャクオリティ。ありがとう。ゲーム通りの展開が間近で見れて今めちゃくちゃ喜んでます私。
ちなみにハレムに加える言うてますけど、正確には彼はまだ王になったわけではないので、ハレム候補みたいな意味合いですね。
でも皆さん、お分かりでしょう? これは乙女ゲーム。
そう! 勿論、サーシャエンディングの時は「そなたただ一人を我が妃として迎える」ってなります!! よかった!!
サーシャのルートって謂わば女好きというか、「王になる者なら美女でも何でも手に入る」みたいな傲岸不遜プリンスを一途に惚れさせる的な話だからね。まぁアイラちゃん以上に美しくかわいい人なんてこの世に存在しませんが。
「あ、……あの……」
当然困り果てるアイラちゃん。そりゃそうだ。
本気なのか冗談なのかも分かんない展開だしなこれ。
そして、桃色の瞳がちらりと私の方向を見る。
(…………えっ、もしかして、助け求められてる?)
もしかしなくてもそうである。
え、ここ私なんか発言してたっけ。ダメだ思い出せん。この後誰かが「それはご遠慮ください」みたいなこと言ってアイラちゃんを助けてくれた気がするんだが。
ええ、わ、私喋った方がいいの? でもアイラちゃん、明らかに私に「どうしよう……」って救いの目向けてきてるよね。えっと、ええーーっと。
「で、殿下、その……」
「ん? 何だ貴様。誰だ?」
ついさっき自己紹介したのに即座に忘れるサーシャやべえ。さすがのクオリティすぎて拍手したくなるわ。
「ウィルヘルミナ・ハーカーと申します。あの……、まだ知り合ったばかりですし、彼女も突然のお話に戸惑っていると思いますので……」
「ふん、余は貴様のような華のない女には興味がない。黙っておれ」
ですよね知ってましたーー!!
失礼極まりないが、当然の摂理なので文句は無い。アイラちゃんを口説いてる最中なんだからそう思って当然だわな。道端に咲いた小さく汚い野花より大輪のバラの方が貰って嬉しいに決まっている。
ごめんよアイラちゃん……。私には君を救うことはできないらしい。頑張って攻略対象達から助けられるのを待っていてくれ。
「ウィラ、気にしちゃ駄目ですよあんなの」
「へっ?」
「僕はあなたのこと、とても可愛らしく素敵な女の子だと思ってますからね」
すると、何故かユーリが背後から私に囁きかけてきた上、腕を自分の方へと引っ張ってくる。
……いや、何だそのよく分からんフォローは。
「いや私のことはどうでもいいんですよ。それよりアイラちゃんが困ってるんです。早く助けてあげてください」
「……まぁ、そう言うとは思いましたけどね……。
大丈夫ですよ。あなたのお義兄様などがそろそろ助けに入ってくれる頃でしょう」
「うぇっ」
腹に急に腕を回すな! 今若干吐きそうになりましたよ私!!
という感じで何故か私がユーリに後ろから抱っこされているような形になり「?」の表情を浮かべていると、彼の言う通りヴィクトールが前に出てきてくれた。
「申し訳ありません、殿下。彼女はとても優秀で魅力的な女性ですが……、私の妹も言っていた通り、何分、まだ我々は出会ったばかりです。突然言われてしまうと、アイラも心の準備が出来ていないと思われますので、そのお話はまた後日、ということにしていただけませんでしょうか?」
いつもの胡散臭い(言うと怒られること確実である)笑顔で申し訳なさそうに言うヴィクトール。
それに「ふむ」と少し考えた後、アイラちゃんの顔からサーシャが手を離した。
「まぁよい。余の誘いとなれば、心の準備が必要なのも当然のこと。今は置いておいてやろう」
「寛大なお心遣い、感謝致します。殿下」
「そのような堅苦しい言葉遣いはよせ。余は偉大なる王子だが、今は他国の勉学をしにここへ来ている身。そなた達と同じ一生徒として扱うがいい」
「ありがとうございます」
……ふぅ。
なんか、何もしてないけどちょっと張り詰めてた空気が無くなった気がするので息をつく。
でもさすがサーシャ。さすが最後の攻略対象。
思った通りの展開である!
(これからガンガンアイラちゃんにアプローチしに行ってくれること間違い無しだね……!!)
より一層学校生活が潤いそうである。ウフフ。
「なんだか楽しそうですね。どうしました?」
「いえ別に何でもないです。それよりユーリ様、いい加減この意味不明な体勢をやめませんか?」
「嫌です」
何でだよ!!




