決勝戦
さて引き続きのボート大会日和だ。
午前の試合は終了。今はお昼時である。
この時ばかりはこの湖の辺りでピクニックのように昼食を食べる人も結構居て、私達もその内の一組だった。
先輩方も交えた生徒会メンバー総出でご飯を食べている。
気分は運動会のお昼です。
「やっぱり、一年で勝ち残ったのはユーリのチームか」
分かりきっていたとでもいうかのようにヴィクトールが話した。
それを聞いたユーリは「勿論です」と答える。
「ウィラに勝利を捧げると約束しましたからね。負けてはいられません」
どうやらよほど闘志に燃えているようだ。普段優雅な彼にも、男臭い所はあったらしい。
私の名前を出してはいるものの、この気合の入りよう。分かってますよ私は。そのやる気の元はアイラちゃんだということを!
しかしそんな野暮なことは口にすまい。今のユーリはあくまで「婚約者のため」として働いているのだから。
ふっふっふ、おばさん(※前世大学生)は若人の恋を応援しているよ。頑張っておくれ。
「そうかい。でも……、残念だけど、私も君と同じなんだ」
おおっと! ここでヴィクトールの反撃!
「君と同じ」という言葉を使うことにより、暗に「同じ女を狙う仲」だということを示唆している!! それにユーリが気が付かないわけもなく!!
「悪いが、優勝はこちらが貰う」
「勿論、受けて立ちます」
はい二人の視線に雷が走りましたーーっ!! ひゃっふう、いいねいいねやってるねぇ!! それでこそ乙女ゲームの攻略対象だよお!!
しかし、渦中の人物は何一つ気付かず。笑顔で自作のパンを食べている。
そんな君がSU・KI。
という感じでハァハァ興奮していた私の耳に、小さく。
「……僕は早めに負けてしまったから、決勝戦にも出られないけどね……」
と、重く切なげなハンス先輩の声が聞こえてきたのであった。
そういや先輩のチーム、ナチュラルに負けてましたね。ご愁傷様です。
*
「さー、よーやく決勝戦だ。みんなオシゴトおつかれい」
お疲れって、まだ終わってないんですが。
あとギーゼラ先輩の記入した紙を見ながら「あーそうそうそんな感じ。多分だけど」ってめちゃくちゃ適当に答えてあとは寝てましたよね先生。
というツッコミは置いておいて。
決勝戦である。
あれから残っていた三年生のチームも試合を終了させ、いよいよ総学年の対決だ。
スタート地点ではユーリとヴィクトール、それぞれ二人の居るチームがボートの上でスタンバイしている。
「きゃ〜!! 頑張ってください会長〜!!」
「ユーリ様、あなたなら勝てます〜!!」
他の選手およびチームも居るというのに、この特定人物への多き声援っぷり。それでこそ乙女ゲームの男達だよ。
「……ねえねえ、アイラちゃん。アイラちゃんはどっちに勝ってほしい?」
内緒話でもするかのようにこそっと聞いてみる。
間にギーゼラ先輩居るから内緒話じゃないけど。
私の質問に、アイラちゃんはきょとんと目を丸くした後。
「そうですね……。私は、ウィルヘルミナ様の応援する方を応援します」
「うぇっ?」
予想外の答えにガクッと肩が落ちた。
え、それは……、どういう感じの返答なんだ天使よ……?!
ゲームでは好感度の高い方が最終的に勝ってアイラちゃんの所へ「勝ちましたぜ」みたいなコメントをしにやって来るから、お助けキャラとして好感度のチェックに勤しもうという気持ちもありつつ尋ねたというのに。
私の応援する方って、どういうこっちゃ。
「私は勿論会長を応援いたしますわ! ウィルヘルミナさん、あなたはどちらを?!」
うんそうだよね。先輩はそう言うよね。
ていうか、朝も思ったが。
何で私の応援する人物をみんな気にしてくるんだ。
「……私はまぁ……、ええっと、どちらでもいいかなーと……」
「どちらでもよい?! 乙女としてそれはいただけませんわよウィルヘルミナさん?!」
ギーゼラ先輩、なんか普段よりキャラ崩壊してない? いつものおっとり大和撫子どこ行った。
「なら、私もそんな感じで。ウィルヘルミナ様とおそろいの応援をします」
ふふ、とアイラちゃんが少し照れたように笑う。
はい。かわいい。
その一言に尽きる。
(……天使がかわいいから、まぁそれでいっか〜〜!!!!)
ヒロインとしてその答えはどうなのかと思わなくもないけど、やっぱ天使の照れた笑顔の前ではどうでもいい事象でしたねってことで。
「それでは今年のボートレース、決勝戦を始めます!」
その声にハッとし、慌てて湖の方向へと目を向けた。
いかんいかん。採点係のこともあるし、さすがにそっちに集中せねば。
「────スタート!!」
一斉にボートがスタート地点から出発する。
始まった、と思う暇もなく、並んでいたはずのボート達はあっという間に優劣をつけられていた。勿論、件の二チームに。
「わぁ、さっきよりも速いですよ、二つとも! すごいですね!」
「ほんとだ。……ていうかなんか、心配になるくらい頑張って漕いでるな……」
明日絶対筋肉痛になると思う。南無三。
でもそうだよな。愛しい天使の前で手なんか抜かせられないもんな。
私だってもしアイラちゃんが笑顔で応援しててくれるなら、死ぬ気でボート漕ぐよ……。君達のてえてえ気持ち、お助けキャラはちゃんと見届けてるぜ。
ボートの姿はいつしか見えなくなり、後はゴールへの帰りを待つだけとなる。
そうなるとやはり少しはドキドキしてきてしまうというものだ。最初に帰ってくる姿が見えるのは、果たして誰のチームなのやら。
前世でもスポーツ番組なんか全然興味なかったし、こういった運動系には縁もゆかりも無かったため、こういう緊迫したドキドキ感は中々感じられるものではない。
誰が勝っても別に構わない気持ちは相変わらずだが、「勝負の空気にテンションが上がらない」わけでは無かったようである。結果はどうあれ、この大盛り上がりの決勝戦に対し自分の心もそれなりに反応してしまっていた。
「あっ!」
誰かが叫んだ。湖の向こうをじっと凝視する。
ボートの影が、二つ見えた。
「ウィルヘルミナ様! 会長とユーリ様ですよ!」
興奮した様子の天使ボイスが聞こえてきた。うんうんと私も頷き、そちらから目を離さぬようにする。
アイラちゃんの言う通り、二人の乗ったボートだ。速度は同等といったところか。
つまり、拮抗状態ということになる。
ていうか、他のボートはまだ見えてきてないのにこの二人のとこだけ先に来てるし、やっぱ速すぎやろ。
「うわぁめちゃくちゃ競い合ってる」
「お二人とも、目が少し血走っていらっしゃるような……」
「あんなに真剣なお顔でオールを動かす会長なんて、初めて見ましたわ! レア過ぎてドキドキが止まりません!」
もしかしたらギーゼラ先輩にはこの時のみユーリの姿が見えない仕様になっているのかもしれない。恋は盲目ってな。
とまぁそういう感じで、普段見られないレベルの真剣さと必死さで船を動かしていた二人なのだが。
ゴール地点に近づくにつれ、お互いを妨害するようなぶつかり合いを見せてきた。隙あらばガツンガツンやっとる。
「あれってルール的にはいいんでしたっけ……」
「まぁ、怪我しない程度にはOKだな。どうしても勝負ってなるとぶつかっちまう所もあるし」
「先生起きてたんですか?!」
「失礼な! 決勝戦はさすがに起きてるわ!!」
決勝戦以外は寝てもいいみたいな言い方するな。
「ッ……!!」
「く……っ!!」
気付けば互いを睨み合っている婚約者(仮)と義兄。
うわー、裏ではこんなに睨み合いながらやってたのか二人とも。ゲームでは見られなかった面が分かってオタク的にも大喜びですねぇ?!
「がっ、……頑張れーーっ!!」
誰に向けたか分からない声援を叫ぶ。まぁ、多分どっちにもだと思う。
そして、ゴール直前。
本当の本当に、僅差で、一つのボートの先がゴール地点へと辿り着いた。
「……ゴーーーールッッ!!
一位は三年生!! 生徒会長、ヴィクトール・ハーカーがリーダーを務めるチームの優勝〜〜っ!!」
────わぁあッ!! と、一気に歓声が上がる。
私達もきっちり見ていた。ヴィクトールが居るボートの先が、ユーリ達のチームよりほんの少し先にゴールへと辿り着いたところを。
「きゃあ〜〜ッ!! かっ会長〜!! おめでとうございます〜〜!!」
ぴょんぴょんとギーゼラ先輩が跳ねている。最早席から立って。
周りからも「会長ーーッ!!」「素敵でした〜っ!!」と大歓声が響き渡っており、「学校の人気者が勝つとこうなるんだなぁ」ってことがよく分かりました。
二位は勿論、一年のユーリのチーム。
ボートの上ではぁはぁとみんな息を整えている。お、お疲れみんな!! 初めてとは思えないオールさばきだったよ!! そんなに練習してたの?!
「ウィラっ!」
「え」
呼ばれた方を振り向けば、先述した彼らと同じように息を切らせながらやってくる人が見えた。
ヴィクトール生徒会長様である。
「あれっ兄様、何故こちらに……」
「やったよ! 君の兄様が勝った!」
「ってわぎゃぁぁあッ?!」
一瞬アイラちゃんの所へ来たのかと思ったし、それなら何で私の名前呼んだのかとも考えていたら、突然義兄にひょいっ! と持ち上げられて渾身の叫びを上げた。
ちょいちょいちょい?!?! 急に何してんだこの人?!?!
「ちょっ?! に、兄様?! いきなり何を」
「あはははっ! あんなに必死に漕いだのは今年が初めてだよ! 君のおかげだ、ありがとうっ!」
「はい?! 何で私……、いやまぁとりあえずそこは置いておいて。それより早く下ろしてください!! 皆さん見てますから!!」
めちゃくちゃ笑顔で抱っこしてらっしゃるんですけど。
家でもこんなに満面の笑み中々見られなかったんですが。もしかしてこの方、優勝してハイになっちゃってるんじゃ。
必死に下ろしてほしい旨を伝える私に、彼はむっと拗ねたような表情でこちらを見上げる。
「ええ? やだ。こんなにも頑張って勝った兄様におめでとうを言ってくれないのかい?」
「いや言いますけど。言わせてもらいはしますけど!! まずはこの体勢をやめてからにしませんか?!」
「テンションが上がってるから下ろしたくない」
は〜〜〜〜?! 何言ってんじゃいコイツは子供か?!
と、無理矢理下りようと抵抗することは出来たものの。
普段大人びている義兄がこんなにも子供のように笑って喜ぶ姿を見てしまうと、なんだかそれも少し憚られてしまうような気がして、結局やめてしまった。
はぁ、と、小さいため息をついて。
「……優勝、おめでとうございます。兄様」
「!」
「全部の試合通してすごかったですね。さすが、私の尊敬する兄様です。お疲れさまでした」
乱れてしまった綺麗な黒髪を直すように撫でる。
……まぁ、今のこの状況はさておき。勝者はぜひ労わなければならないだろう。
「……………」
「……? 兄様、顔が真っ赤です! あんなに動いたんだから、そりゃ疲れますよね?! 汗もかいてらっしゃいますし、早く医務室に行ってください!」
「…………うん…………」
「あれっ?! 聞いてます?!」
やばい。顔めちゃくちゃ赤くなってるし、熱中症かもしれんのに全然下ろそうとしてくれない。燃え尽きたせいで全てのやる気を失っているのかもしや。
ていうかそろそろ周りの視線も痛くなってきたから下ろしてくれ切実に。
「あー……、ヴィクトール。気持ちはわかるがそろそろ下ろしてやれ。お前も腕疲れてるだろ」
やったぜ助け舟。ありがとう自堕落教師。
「…………はぃ」
そしてなんか気の抜けた返事をしながらそっと地面に下ろしてくれるヴィクトール。顔は相変わらずまっかっか。
大丈夫なのか本当に。はよ医務室行ってくれ。
「ウィルヘルミナ様、大丈夫でしたか?」
「あ、アイラちゃん。私は別に大丈夫だけども……」
一連の流れを見ていたらしいアイラちゃんが心配して尋ねてきてくれた。やさしい……。
ちなみに、明日から全校生徒に虐められルート直行かもしれないという心配はありますが、概ね大丈夫です。
その言葉を聞いた天使は少し気まずそうな表情で話を切り出す。
「あの……、もしお疲れでなければ、ユーリ様の所へ行ってさしあげてください」
「へ? 何で?」
「朝もああ仰っていましたし、婚約者であるウィルヘルミナ様からのお言葉を欲しいと思ってらっしゃると思うんです」
朝って、ああ、あれのことか。
確かにああやって言ってもらった分、言われた相手としてはお疲れ様でしたと返さねばならぬと思うが、……アイラちゃんが行った方が喜ぶのではあるまいか……??
ちら、とアイラちゃんの少し後ろを見る。
ユーリが同チームの男子生徒達と励まし合っていた。多分「おつかれ! 俺達よくやったよ!!」みたいなやつだろう。
……うーん、あの中に入っていくのは、確かにちょっと気まずいか。
「わかった。でも、アイラちゃんも後でユーリに何か言ってあげてほしいんだけど……いいかな?」
「はい! それは勿論!」
よし、言質は取った。
大天使の頼みである。この絶賛近づき難いシーンに突撃してやろうではないか!
「あの……」
「!」
おずおずと話しかけると、ユーリが目を見開いてこちらを振り向いた。
私の姿に何か気を遣わせてしまったのか、周りに居た男子生徒達は少し距離を置いて見守ってくれている。
「お疲れ様です、ユーリ様」
ユーリは眉を下げながら笑って、「ごめんなさい」と呟いた。
「あんなこと言っておきながら、負けてしまいました。……みっともない姿をお見せしてしまい、申し訳ないです」
その言葉にむ、となる私。
負けちゃって悲しい気持ちは大いに分かるが、あんなに頑張っていた自分を卑下することはあまりよろしくない。
「何言ってるんですか。全部の試合、とても頑張って漕いでいた所を見てましたよ。
みっともないなんて言わないでください」
「でも……」
「もう!」
少し俯きながら言い淀む彼の両頬に手を当て、ぐいっと引き寄せる。
触れた先から高い熱を感じた。
ぱちくり、と瞬きする彼の碧い瞳とまっすぐ視線を合わせて言う。
「こんなに熱中して頑張ったんですから、勝とうが負けていようが、まずは自分のことをちゃんと労ってあげなきゃダメですよ。真剣に勝負に挑んだあなたと、あなたのチームはとても格好良かったです。私が保証します」
「…………」
「ほんっとーに、お疲れ様でした! 素敵な試合を見せてくださって、ありがとうございます。……ていうか顔あつっ!! 兄様といいユーリ様といい、どんだけ熱意込めて漕いでたんですか!! 二人して風邪とか引かないでくださいよ?!」
無限のやる気により思春期の身体はめちゃくちゃ火照っていた。心配になるぐらいのそれに慌てて叫ぶ。
そんな様子を見たユーリは、私の手に自らの其れを乗せて、へにゃりと柔らかく崩れた笑みを浮かべた。
「……あなたは、どうしてこう……、いつも」
「はい? あの、というかユーリ様も早く救護室に行ってほしいんですけど」
「どうして、僕の心をいつも穏やかにしてくれるのでしょうね」
「いや何の話?? 悲しんでないならそれに越したことはないので、早く氷とか当ててもらいに行ってください本気で風邪引きますよ」
ヴィクトールに引き続き、この人も他人から引き剥がされるまで全然私の話聞いてくれなかったわ。
あと何でみんな汗かいてる筈なのにいい匂いがするの?? これがイケメン特権ってやつか??
────以上! 今年のボートレース大会でした! ちゃんちゃん。
ちなみにその後、ユーリとヴィクトールは別に体調を崩したりすることもなく元気に過ごしていた。思春期男子の体力ってすげえんだなぁ。




