お助けキャラは推しのために叫ぶ
「?!」
私の叫びに驚いたモブ貴族令嬢が手を止める。
私は全力ダッシュのままアイラちゃんの前に立ち塞がった。はーはーと息が乱れる。運動しろ惰弱。
「今この子のこと、殴ろうとしてましたよね?! やめてください!!」
「なっ、なによ、誰よあなた?!」
「げ、ゲルダ様! この方、アルトナー公爵家のユーリ様の……っ」
「あなたが散々罵倒してくれたアイラちゃんに、いつも仲良くしていただいている大のお友達ですが!! なにか?!」
もうこうなればヤケである。徹底抗戦じゃボケ。
そこで取り巻きの令嬢が私のことをリーダー格令嬢に教えたらしい。
あと名前ゲルダって言うんですね。ゲームでは「名無し」だったから知らんかったよ。
「アイラちゃん、大丈夫?! ごめんね、来るのが遅くなって!」
「ウィルヘルミナ様……」
アイラちゃんが驚いたように私を見つめる。
……よくよく見たら、その綺麗な瞳がちょっと潤んでいて。
思わず出てきちゃったけど、よかった。この子の限界に到達する前に飛び出してこれて。
来る気配のない攻略対象達を待ってた時間があまりにも無駄に思えてくる。
「あ、あなたがユーリ様の婚約者……ッ?!」
その声に振り返れば、クッ、と悔しそうな瞳で私を睨むゲルダさん。
「まるで似合わないわ! 地味女のくせに生意気、」
「さっきから生意気生意気って、それしか言えないのかしらねぇ?!」
「ヒッ」
怒りのままに叫ぶと、彼女はびくりと身体を跳ねさせた。
おい何だそのいきなりの弱気な態度は。ヒッじゃないよ。アンタらさっきまで意気揚揚と私の天使を苛めてただろうが!! かかってこんかいオ゛ラァ!!
「私が誰の婚約者であろうと関係ないでしょう!! 問題なのは、あなた方がアイラちゃんを苛めていたことです!!」
「なっ、わ、私達はそんな……」
「苛めだなんて、ねぇ……?」
「ほぉ……、複数人で威圧しながら謂れのない罵声を浴びせたり、殴ろうとするのが苛めでないと……?」
というか、苛めじゃないだろこれ。もう犯罪の域だろうがよ。
こういった行為を苛めって言って軽く扱う風潮好きくない。
湧き上がるイライラを隠さぬまま睨みつけると、気まずそうな顔をして後ずさるダブルス取り巻き。
「そもそも、平民の人が特待生枠としてこの学園に学びに来るのは、国の決めたれっきとした決まりごとです。貴族だけじゃなくて、優秀な頭脳を持つ平民の方にも同じように良い教育を受けさせたいという国の、ひいては王家のご意向を否定する権利があなた達にあるとでも……?」
「ッ……」
ご令嬢方は言葉に詰まっている。
そりゃそうだ。この特待生制度は王立学園が出来た当初からあるものだもの。
そんな国の決めたことにおいそれと文句を言えるわけがない。
「平民がそんなに卑しいですか。そんなに貴族とは偉いものですか」
「…………ッ」
「ええそうでしょうね。貴族にとって平民は領主に税を納めるもの。自分達の下に居る人達。……その感覚は、貴族としては一般的なものかもしれません」
「……じゃ、じゃあッ」
「でも!!」
じゃあって何だ。
この状況でまさか味方が増えるとでも思ったのだろうか。テンプレお貴族様の考えることはよく分からんな。
「だからといって、平民というだけでよってたかって彼女を苛めたり、殴ったりするような行為が、良いものなわけないですよね? ……彼女だって、あなた方と同じ一人の人間ですよ」
「……そ、れは」
「アイラちゃんの言う通りです。私達生徒会は、身分の差などは関係なく、皆が学園のためになることを考えて団結しながら、共に活動を続けています。生徒会の人達に迷惑と高らかに宣言しておきながら、あなた達の話す道理は、私達の信条に著しく反している」
……そりゃあ、いくら「身分の差を気にせず」とは言ったって、こんだけ貴族の人間が集まってるんだから全く気にしないというのは無理だろう。暗黙の了解、というのも存在していると思う。
でも、そもそも王立学園自体がこんな制度入れてんだから、「極力みんながそういうこと気にせず平等に学園生活楽しめたらいいよね」って感じでうちは活動してんですよ。折角こうやって同じ場所で過ごしているんだから。
無駄に争ったって良いことなんかない。
その決まりごとに則って、アイラちゃんはちゃんと自分で勉強してこの学校に入学したし、いい成績取ったから生徒会に入ってんだ。じゃあ同じ組織に所属してる人と会話したり普通の対人関係として仲良くしたりすることの、何が悪いねん!!
「生徒会に選ばれる基準を知らないわけじゃないでしょう? よい成績を修めることができれば、平民だろうが貴族だろうが関係無く選ばれるんですよ。そして彼女は不正なく生徒会に選ばれ、とても頑張ってお仕事をしてくれています」
「……っ」
「それを知りもしないで……、アイラちゃんが普段どれだけ頑張って勉強して、この学園に通っているのかも考えずに、卑しいだの何だのと、勝手なことを言わないでください!! 私の大事な大事な友達に手を出したら、絶ッッ対、許しませんからね!!」
普段こんなに大きな声を出さないから喉がイタイ。
だがそれが何だ。推しを守る為なら喉が枯れるまで叫び続けるのがオタクってもんじゃい!!
つまり結論。
いい成績をとることも出来なかった、そこまで傾倒する生徒会に入れなかった奴が、頑張って努力した人間に偉そうな口叩くな、ってことです。
せめて自分の力で勝ち取ってから挑んでこいや。
私は推しと推しカプを見る為に死ぬ気で勉強したんやぞ。この心意気を少しは見習っていただきたい。
まぁそういうのが無くても私はアイラちゃんを傷付ける奴には全員噛み付くけどね。推しを悲しませる奴、絶対に許さん委員会会長。
一方、私の勢いに押されたのかうろうろと視線を彷徨わせるが、それでも引き下がれないのか弱々しく反論してくる彼女達。
「……で、でも、生徒会に居る男性の方々にチヤホヤされていい気になってるのは事実で……ッ」
「事実? あなた達の主観でしょうそれは!! 何がどういい気になってるのか詳しく教えていただけませんかねぇ、私がぜーーんぶ反論しますんで!!」
「……、……っ」
ついに言葉に詰まったリーダー格令嬢ことゲルダさんです。
喋らんのかい!! 根拠も言えずにただ「いい気になってる」だけで通すなんて馬鹿らしいとは思わんのか!!
「争いたいなら私とどうぞ。いくらでも相手になります。
さぁあなたの意見を言ってみてください」
「……わ、私は……」
「さっき散々アイラちゃんに好き勝手言ってたじゃないですか。私には言えないんですか? どうしてです?」
じりじりと詰め寄る。ゲルダさんの身分は詳しく知らないが、ここで何も言ってこれない辺り、私と同等かその下くらいだろう。
怯んでんじゃねえ。磯野! 俺とドロドロの言論バトルしようぜ!!
そんな感じで怒りの大噴火をかましていた所、突然取り巻きの令嬢二人が同時に顔を青くしながら上の方を見上げるのが見えた。
こんな所でまでダブルスかますなや。
…………ん? 上?
「────僕の婚約者に、なにか?」
ぽん、と肩に手を置かれる。
「……ゆ、ユーリ様……」
(…………え、今?)
タイミングおかしくね?
上を見上げてポカンとしていたら、更には。
「何の騒ぎかな、これは」
違う方向からお義兄様まで来とるやないかい。
…………いや。
いや、だから。
今ァァァァ?!




