図書室にて
わが校の図書室は大変広い。
図書室というよりも最早図書館の域である。
放課後。私は校内の探検がてら図書室へと足を運んでいた。
ゲームの中でもよく出てきていたこの場所。当然だ、だってアイラちゃんは大抵ここで勉強していたもの。
「うわ、本めちゃくちゃあるな……」
上を見上げながらゆっくりと散策する。
何だろう。なんか、前世の大学の図書室を思い出すわ。
(大学のレポートとか書くの楽しかったなー)
ぼんやりと“前”の記憶を手繰り寄せた。
講師から出される課題に沿って文献を読み漁り、レポートを書いたり。卒業論文も完全に趣味そのものの題を選んでいたり。
そんな感じでやっていた大学の勉強は、やっぱり楽しかった。ただ授業を受けて問題を解くだけが勉強じゃないってことを、大学に入って理解できた気がする。
「あ、これ授業で使えそう。この下のも気になるし……、へ〜、便利〜……」
図書室では静かに、がモットーなのに、こうやって独り言をブツブツ呟きながら知らない本を探していくのが好きなせいでついつい口から漏れ出てしまう。
いざゲームの中の図書室を実際に訪れてみれば、参考書。歴史書。果ては物語系まで色々。なるほどこれなら3年間退屈もしなさそうだ。
「その内色々借りたいなぁ」
結論。やっぱ図書室って神。
原作のウィルヘルミナもそりゃ大層喜んでいたことであろう。
さて、図書室とはいえば。本の他によく見かけるのは、図書室で勉強をしている生徒だろう。
主人公のアイラも例外ではない。彼女はよくここで放課後勉強をしている。
「おっ」
図書室なので小声で歓喜の声を上げました。
(やっぱ居た! アイラちゃんだ!!)
真剣に教科書に目を通しながらノートに何やら色々書き込む君の眼差しが素敵すぎる。
まるで1枚の絵画のようである。
ところで絵画で思い出したんだけど。
こんな世界に転生しちゃうとアイラちゃんと攻略対象達のファンアートがそもそも見れなくなるんだよね。これ、オタクにとっては耐えられない状況ですよ皆さん。異世界に転生する時は気をつけて。
まぁ、一応考えました。自分で生み出すこと。
ただ私の絵は小学生レベルのそれ。小説も然り。
やり続ければきっと上達するだろうが、それまでの道のりが長すぎるし。というか何より。
オタクは他人からの供給が無いと死んでしまう生き物なんですよ!!
自分でいくら生み出しても、自分の作るものと人様の作るものでは得られる栄養が異なるんです。いくら公式の世界に生まれ変われたといっても、それとこれとは話が別なんです。
つまり何が言いたいかというと公式も見たいし人の描いたファンアートも見たい。ご、強欲。
はい。自身の悲しみを語るのはこのくらいにして。
「アイラちゃん」
邪魔しちゃ悪いかなと思いつつも、やっぱり推しに近づきたい欲が抑えきれなくて話しかけちゃいました。
顔を上げたアイラちゃんが「!」って感じで顔をパッと明るくする。
か……、
カワイーーーーッッ?!
「ウィルヘルミナ様」
嬉しそうにはにかむ笑顔に爆破された。ちゅどーんッ!! って脳内で爆弾が爆発した。
かわいい。
放課後の推しもかわいい。
しんどい。たすけて。いや助けないで。
「前、座っていいかな?」
「はいっ、勿論」
「ありがとう。じゃあ失礼します」
かわちいお返事が貰えたので喜んで前の席に座る。
「アイラちゃん、ここでよく勉強してるの?」
ゲームで散々見ていたので最早知っていることだが、今の私はアイラちゃんとまだまだ出会ったばかりの身。新鮮な情報を得るためにも、こういった質問は惜しまぬ!
私の問いにアイラちゃんは「はい、一応……」と答える。
「……私なんかがこの学校に入学できたのは、神様のくれた奇跡だと思うし……。だから、その奇跡を無駄にしないためにも、勉強には力を入れたいんです」
そんなこと無いよぉ!! と叫びたくなるのをぐっと我慢した。ここは静かなる図書室である。叫んだら最後、図書室を管理している方に出禁を食らってしまう。
でもでも!!
君が将来のため、そして家族のために頑張ったからこそ、君はここに居るんだ。神様のくれた奇跡なんかじゃない。君自身が君の力で掴み取ったものなんだよ!!!!
「そっか……。アイラちゃんは本当に偉くてすごいね」
「いえ、そんなこと……。特別な許可をいただいているのですから、当然のことです」
「でも、その当然の努力をちゃんと出来る人って、案外少ないんじゃないかなぁ」
「え?」
アイラちゃんが私を見つめる。
「人間って、やって当たり前だと思うことも、中々出来ない人が居たりするじゃない? 例えば、人にきちんと挨拶する、悪いことをしたらちゃんと謝るとか……。だから、自分に与えられた権利をきちんと理解して、その為に一生懸命こうして勉強して……。それが出来てる時点で、アイラちゃんはとっても偉いよ」
「ウィルヘルミナ様……」
「それに、アイラちゃんが頑張ってここへ入学してくれたからこそ、私はアイラちゃんに出会えた。それこそ、神様が私にくれた奇跡だと思う」
……神様のくれた奇跡。
それを言うなら、この世界に私が生まれ変わったこと自体がそうなのかも。と、話しながら頭ではそんなことを考えていた。
居るかも分からない神様がそう采配してくれたからこそ、私は今、画面の向こうに居た大好きな彼女と触れ合うことができてる。すごすぎて、未だに信じられない。
「……ありがとうございます……」
アイラちゃんはほんの少し、顔をくしゃりと歪ませながらお礼を言ってくれた。
「私にとっても、あなたに出会えたことは、奇跡です」
「えっ」
「こんなにも優しくて温かいウィルヘルミナ様と、お友達になれたのですから」
(……オ゛ッ……!、)
優しい優しい、そんな緩やかな微笑みを浮かべる推し。
そのあまりの輝きに断末魔を上げながら石化してしまった。
何秒固まっていたのかわからない。もしかしたら1分以上固まってた可能性もアリ。サラサラサラ……と私の命が砂になって消えていっている。
二次元の推しからこんな台詞言われたことあるオタクいる?? 居なくない??
(泣きそう……)
私と出会えたことが奇跡だってよ。奇跡だってよ!! ううっ、オタクは涙腺弱いんだから泣かせないで……頼みます……。
「あれ? ウィラ……と、アイラじゃないか」
「!」
目の前が若干潤んできたところで背後から声がかかり、慌ててそちらを振り向く。
「兄様?」
「そうだよ。君の兄様だよ」
綺麗な黒髪をさらりと靡かせ、にっこり笑ってよくわからない返答をしてくるヴィクトールが居た。
「あ、生徒会長っ。お疲れ様です」
「お疲れ様、アイラ。勉強中の所を邪魔してしまったかな」
「いいえ、そんなことはありません! 大丈夫です」
相変わらず良い子の推し〜〜!!
そして攻略対象と話すだけでもうなんか喜んじゃう俺。単純すぎる。
「よければ私もここに座っていいかい?」
ヴィクトールの言葉に二人でこくんと頷くと、「ありがとう」とこれまた綺麗な笑顔を浮かべて私の隣の席に座った。
…………私の隣の席に、座った。
(何で?!)
思わず頭抱えちゃったわ。
え、今立ってた場所、どっちかっていうとアイラちゃんの方に近かったよね?! それなのに何でこっちに来たお前?!?!
「ウィラはなにか本でも探してたの?」
「え、ま、まぁ……そうですね……」
近い。
近いよ顔が。急に距離を詰めてくるな。
「この図書室にはたくさんの本が集まってきてるからね。君も3年間、よく楽しむことができると思う。便利だし静かだから、私も大抵ここに居ることが多いんだ」
「へ、ぇー……、なるほどぉ……。…………あの、兄様」
「ん?」
「顔が近いです」
いやもうめちゃくちゃ近距離。私の髪とヴィクトールの髪が触れ合うレベルのそれ。
思わず彼と私と顔の間に手を差し込みながら言うと、「そう?」となんも分かってないですみたいな顔をしながら返事をする。
「嫌かい?」
「嫌とかじゃなくて、距離がおかしいですよねっていう……」
「嫌じゃないなら別に構わないだろう?」
オイコラ屁理屈をこねるんじゃねえ!!
そうして何故か意味不明な兄との攻防戦を広げている内に我が天使は勉強に戻ったらしい。問題集とにらめっこしながら難しい顔をしている。
多分邪魔しないようにとか気を遣ってくれたんだろうけど、全然必要ない優しさなんだよそれは。
「……えーと……、……?」
めちゃくちゃちっちゃく疑問の声を出していてきゃわゆい。
なんか分かんない問題でもあったのかな。
「アイラ、何か分からない所でもあったのかい?」
「えっ、あ、はい……。ちょっと、ここの辺りで躓いちゃって」
「ちょっと見せてごらん」
ヴィクトールが少し前のめりになって問題集を覗き込む。
そして何やらよく分からん難しい説明をアイラちゃんにし始めた。アイラちゃんも真剣にそれを聞いている。
うん。いい光景。
ベタだけど最高だよね、先輩とか頭良い人から勉強を教えてもらうシチュってさ。
近い場所で見てる聞いてる私としてはめちゃくちゃ素敵だよ。妄想も捗るよ。
それはそうなんだけど。
(そういうことするなら尚更アイラちゃんの隣座れや!!)
脳内の私がダァン!! って机をグーで叩いた。
(そういうシチュエーションは隣同士が鉄則だろうがよ!! というか、一緒の本覗き込むならこの位置しんどくないですか?!)
だがヴィクトールは今居る席から離れようとはしない。何でやねん。意味わからんよ。
ついでにヴィクトールの説明してくれてることも意味不明だから私も勉強に精を入れた方がいい気がしてきた。
「なるほど……! 会長のご説明、とても分かりやすいです!」
ヤバイ分かりやすいとか言うてる。このままじゃ私の成績がまずいことになりそう。
いやそんなことは置いておいて。後で考えるとして。
「んぐ、ぐ……ッ……!!」
力を入れ過ぎて力む声が漏れる。
おい。
おい、なんで、私の腰をそこまでして掴んでるんだ。この人は。
実は義兄が天使に説明してる時もこうなってて、人知れず頑張って剥がそうとしていたのだが、恐ろしいことに全く外れない頑強さで掴んでんだなこれが。
推しカプの会話を邪魔することは許されないので何も言わず、ただただ必死に腰にかかっている手を剥がすことに注力していたけれども。
全っ然、外れない。正気か? と疑うくらいに外れない。
多分私、今頭とか手とかに怒りマーク出てると思う。
「……っ、……くそっ……」
「そんな言葉をご令嬢が口にしちゃダメだよウィラ」
誰のせいじゃ!!!!
というツッコミも努めて飲み込み。
未だ外れる気配のない手をまさかの両手でぐぐぐっと押す私。
それを見て、ヴィクトールがくつくつと笑いを零す。
「頑張るねぇ」
飄々とした彼の様子に真面目に殺意が湧きました。
あと手は頑固として離れませんでした。マジでやめてくれ。




