婚約者様がお誘いにいらっしゃった
いつも通りのお昼の時間。
唐突に“彼”は、私の教室へとやってきた。
「ウィラ、こんにちは」
「んッ?!」
おぎゃぁぁぁぁあ?!
ヤバイ今何かが生まれたような叫び声を上げてしまった。ショックのあまり。
「ゆ、ゆゆっゆ、ユーリ様?!」
そう、私の教室に突如現れたのはユーリだった。
何故ここに。君はちょっと離れた所にあるAクラス在籍のはず。
驚きのあまり固まる私の反応に、ユーリはくすくすとおかしそうに笑う。
「あはは、どうしたんですかそんなに慌てて」
「だ、だだだって……!! ここに来るなんて思いもしなかったですし……!!」
「そうですかね? ここは僕の婚約者である君のクラスなんですから、僕が来たって何の問題もないと思うんですけど」
(あぎゃぼビャゲボボァ?!?!)
遂にクリーチャーの断末魔みたいな声になりました。
お゛ッ、おおおお前ぇぇえ?!
何で!! それを!! ここで言うんじゃぁぁぁぁ!!
「…………」
……おそるおそる、後ろを振り向く。
見なきゃよかった。
「ウィラ?」
ユーリがどうしました? という感じで呼びかけてくる。ご丁寧に首コテンの仕草付きで。
ハタから見れば人気者の男子の可愛らしい仕草にキャーッてなるんだろうけど、すまん、今は君がめちゃくちゃに恨めしいよ。
わからないのか、このクラス中から浴びている視線を!!
そもそもユーリの家は昔から王家とも繋がりがあり、貴族社会で言えばかなり上の位置に居る。
それにより元来生徒からは注目されやすいのに、今年入学してきた一人息子がこの、このウルトラロイヤルイケメンである。
そんな奴が違うクラスにやってきて、誰も見ないわけなかろう?!?!
しかも、教室を出る所で話しかけられた私はたった今このクラス中に「アルトナー公爵家の一人息子ユーリの婚約者」という無駄も無駄な情報を与えてしまった。
何故、何故与えたし……。
(ああ゛~~ほらもうヒソヒソしてるぅぅぅ)
当然、後ろからはヒソヒソ声が。
大方「何であんな地味で目立たない伯爵家の子が?」って所だろう。分かっちゃいるけど胃が痛い。キリキリいたします。
(……明日から私、苛められたりせんかな……)
ちなみに、ゲーム本編ではアイラが他貴族の女子から苛められたりするイベントがある。「平民のくせに生徒会なんかに入ってチヤホヤされて!」みたいなお約束のやつな。
こっちはまだ貴族vs平民だから分かるけど、私の場合どうなるんだろう。さすがに伯爵家だからそれより身分の低い子は来ないだろうけど、侯爵家のお嬢様とかから何か言われたりする可能性は大。
もっかい言うぞ。
何で、それを、ここで言った。
「……なぜ……」
「うん?」
「何でいきなり婚約者とか言ったんですか……」
気付いた時には恨み節が口から出ていた。
いや、完全に私怨なんだけど。ユーリは別に間違ったことしちゃいないんだが、それでも恨みます。
だって、ゲームではこんなシーン無かった筈なんだ。
そもそもユーリ的にはウィルヘルミナなんてわざわざ気にかける存在じゃなかったから、こうやってクラスに訪ねてくる描写も無かったし。ましてや自ら「婚約者」発言だなんて。
おかしいではないか!!
私怨たっぷりな私の質問に、ユーリはうーん、と顎に手を当ててから。
「まぁ……牽制、ですかね?」
「けんせい」
「ここはCクラスですし、あまり心配は無いと思いますが……、一応」
にこりと微笑む、その真意がわかりません。先生。
お前はなにを言ってるんだ。
牽制、けんせい。何に。誰に。whyが止まらない。
なんか最近出会った頃よりも更に話通じなくなってきた気するな。私が愛に狂うクリーチャーだからだろうか。人語は理解しているはずなんだけれども。
まぁいいや。とにかく今は彼が何をしに来たのか聞かなければ。
「と、ところで、何の御用でしょう……?」
尋ねると、「ああ、そうでした」と彼は思い出したように言う。
「お昼をあなたと一緒に食べたいなと思って、お誘いに来ました」
「お昼?」
「ほら、いつも食堂には来ていないでしょう? なので、この時間に教室へ来れば捕まえられるかなと」
捕まえるって、わたしゃ虫か。
木に蜂蜜とか砂糖水とか塗っといて後で捕まえに行くみたいなアレかな??
「食堂……ですか。私は行っても構いませんけど……」
ちらり、と隣を見る。そこには私の天使が所在なさげに立っておりました。
だっていっつもお昼の時間になったら「アイラちゃんご飯食べよー!」って声かけて教室出てたから、彼女がこのタイミングに遭遇してしまうのは自然の摂理といえる。
しかしお誘いしてくれた彼には申し訳ないが、私達は食堂へはあまり行きたくない理由があるのだ。
とりあえず三人で廊下に出てから、こっそり彼に耳打ちをする。
どうでもいい話なんだけど、背伸びをする私を見てすぐ腰を折ってくれるユーリくんは良い人なんやなぁ。
「あの、申し訳ないのですが……、食堂はちょっと、避けたいといいますか」
「おや、何故です?」
「アイラちゃん、貴族ばっかりの食堂で食べるのは少し落ち着かないみたいなんです」
「ああ、なるほど……」
ユーリが頷く。大体の事情を察してくれたようだ。さすが出来る子。
だが何故かパーッといつものロイヤルな笑顔で「それなら大丈夫ですよ」と言う。何が大丈夫なんだろうか。
「食事の場所は食堂ではありませんから。近くではありますが」
「どういうことです?」
「まぁ、とりあえずついてきて下さい。心配なさってる部分は大丈夫なので」
ほんとかよ。と思いつつも、一体どこへ連れて行かれるのか気になりはするし、何よりユーリ直々から昼食のお誘いが来たのだ。これを逃す手はあるまい!
私経由なのか非常に気に食わんが。
(いや、これはもしや……? ははーん、私を理由にしてアイラちゃんの警戒心を解こうとしているな?)
此奴め、それならば私に事情を話してくれれば喜んで協力するものを!
思わずによによしてしまう私。
ユーリはそんな私を見ながら、「今更ですけど……」と呟く。
「ウィラって、こうやって顔を近付けられたり、耳元で話しかけたりするのに、特に抵抗を示さないですよね」
「え? 急に何の話ですか?」
「それどころか全然、全く気にしていないというか……」
「?? はい??」
首を傾げつつ意味不明という文字を顔に書くが如しの顔をすると、ユーリが何だか重ーいため息をついた。
「……道のりはまだまだ遠いですね」
先生。またしても何を言ってるのかよく分からないので説明していただけませんかね。なんか一人で悩む感じで独り言言われても困るんですよこちらは。
そんなことを考えていると、視界の端に動く人影が見えた。
「えっと、ウィルヘルミナ様、では私はこれで……」
「えっ!! あ、アイラちゃん待っ」
私達の会話にどうやらお邪魔だと思ってしまったのか、そっとアイラちゃんがその場を離れようとしている。
あああ待って行かないで!! 私を置いていかないでーーーーッッ!!
「ああいえ、アイラ嬢も是非同行してください。あなた方は毎日一緒に昼食を食べているのでしょう?」
「え、でも、お邪魔では……?」
「そんなことはありません。場所も食堂とは違う所なのでご安心を」
ナイスファインプレー、ユーリ。
心の中で「GJ」と親指を立てる。
そうだそうだ。天使と同じ場で仲良くご飯を食べれるのだからお邪魔なんて言う男が居るはずもない。居るとしたらそれはアンチなので私がぶっ殺します。
「それではお二人とも、そろそろ行きましょうか」
「はい。アイラちゃん! いこいこ!」
「は、はい」
笑顔で話しかけると、ちょっと不安げにしながらもアイラちゃんが頷いてくれる。
そうして、私達は行き先も特に知らされぬまま、とりあえずユーリについていくことにしたのだった。




